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つむぎとうか

   
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Hot milk
カイトとリン。
家族で仲間で先輩後輩。

朝日の昇る前に目が醒めた。
ひたひた、音を立てないよう階段を降りてリビングのドアを開ける。家族の生活時間帯がばらばらなので、早朝や深夜は特に静かな行動を心がけなければいけない。
リンだって熟睡できたわけではないのだ。寝つきが浅く、温かい飲み物を求めて台所へ移動した。
薄暗いので電気を点ける。時計が示すのは五時。
マグカップを取り出すべく食器棚を開けると同時に、玄関でがちゃんと音がした。
「…あれ、誰かいる?」
「おかえり。朝帰りとか隅に置けないわねー」
ふざけて茶化すが、格好からして、仕事で詰めていたのは一目瞭然だ。こんなくたびれたスーツでデートとか言われても可笑しい。
「ホットミルク、カイ兄も要る?」

スケジュールカレンダーを見てみたら、帰宅予定は昨晩十時となっている。明け方まで持ち越した理由をカイトは、レコーディングが延びに延びたからだと疲れ気味に説明した。
「うまくいかなかったの?」
「逆。やけに喉の調子が良くて、マスターがノリノリになって、前倒し進行に突入しちゃって」
「スイッチ入ったら待ってくれないもんねぇ」
彼らのマスターは天才肌とでもいおうか、集中すると碌に休憩もとらず暴走するタイプだった。
それに対し、リン達はボーカロイド。疲れ知らずというのが売り文句ではあるが、精密な設計により、人間同様に感情も取得するし、倦怠感だって蓄積していくのだ。
いざとなると脳内麻薬が分泌されるヒトの方が強い生物だと、リンは常々思っている。
「組んだ相手が真面目な演奏者さんだったから、彼らもぐったりしてた」
「ともあれお疲れ。そうだよねー、カイ兄が朝帰りやらかすとか想像つかなかったもの」
「モテない男で悪かったな」
荷物を置いてソファーに肘をついたカイトを労うべく、リンは冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、ミルクパンになみなみと注いだ。八分目まで入れると、ちょうどマグカップ二杯分の量になる。
ガスのロックを解き、弱火でとろとろ熱していく。膜をつくらないよう時折かきまぜながら。
「先のぶんまでやったなら、しばらくはお休みできるの?」
「…どうかな。あの仕事の鬼の手にかかったら。量が増える一方かも」
ぼやいているが、本心では多忙を喜んでいるのだろう。仕事馬鹿なのだ、マスターもカイトも。
「あんまり無茶したらだめだよ?カイ兄が今よりよれよれになっちゃったら、レンと二人で全力で馬鹿にするから」
「その台詞、マスターに使う時には『自己管理できないひとはきらい』って、頬膨らまして言ってみな。女子群にはめろめろだからきっと効く」
リンは唇を尖らせた。―それって、甘やかされてるのとどこが違うの?
言葉に発するのを堪えて火を止めた。
「はい。飲んだら着替えて布団に直行すること!」
びしっと額に指を突きつけたら、ありがとうと頭をくしゃくしゃに撫でられた。
…寝癖が悪化したではないか。

「へぇ、甘くて美味しいな」
「ホットミルクにはお砂糖入れなきゃね」
湯気の立つマグカップを傾けながら、しばらく温かい飲み物でほっこりしていた。
(マスターにも。もうちょっとのんびりしてくださいって、次会ったらお願いしてみよう)
本来の家主である筈が、スタジオに寝泊りして数日間籠ってばかりの主人。放っておくと倒れるまで止まらないのは実証済みだ。意識のないマスターを運んで来たカイトとレンは大変そうだった。
“音楽”にそこまで精力を傾けられる理由を、この家に来て比較的日が短い、かつ年少のミクやリンレンは今ひとつ理解できない。
同じ後発ボカロでも、ルカは兄姉、マスターの姿勢をすんなり受け入れられたみたいだが。
「慌てて飲んだら火傷するよ、気をつけて」
自分こそ猫舌の兄が、ふうふう息を吐きながら注意するのが可笑しくて、笑みを漏らす。
こんなに近い存在なのに――
リンは時折恐くなることがある。
兄姉たちやマスターの真剣さに気圧されて。必死になれない自分はどこか可笑しいのではないかと。歌うことが存在意義のボーカロイドなのに。
「大丈夫だよ」
そんな不安、打ち明けたら軽蔑されるかと思っていたのに。兄はこともなげに片付けてくれた。
「どうして?私、歌うことが嫌になる時だってあるんだよ?仕事中でもワガママ放題だし」
「それも含めてボーカロイドなんだよ、俺たちは」
優しい目で言葉を繋ぐ。頼りないと仲間内ではさんざんにこき下ろされているカイトだが、弱った時に一番会いたくなる相手でもある。
「マスターやメイコみたく寝食を忘れるほど打ちこむのも、俺みたく弱音を吐きながらでも。ルカやミクは淡々と要求された事をこなしていくし、リンみたいに温度差があっても良いと思う。歌うことが本当に嫌なら、悩んだりしないだろう?」
それぞれにしか歌えない旋律があり、おなじように作っているつもりでも、完成品は全く別の物になる。
だから、“音楽”は面白いのだ。
マスターの受け売りに過ぎない言葉ではあるが、カイトも実感していることだった。
…自分やメイコが仕事に賭ける情熱は、ミクがヒットするまで見向きもされなかった反動からくるものなのかもしれない。
どん底時代を知っている自分たち、なんとなく肌で察知しているルカ、起動そてからずっと忙しい弟妹たち―どちらが良いなんて、一概には言えないから。

後輩たちには、これからも彼らにしか生み出せない音楽を創っていって欲しいとカイトは思う。
 
「徹夜明けなのにありがとう、カイ兄。悩みは消えたよ。疲れを取るためにもしっかり寝て」
歌手は体が資本。しばらく休んだら、また動き出せばいいから。
リンは口笛でも吹きそうな軽快さで兄を寝室に追いやった。朝一の仕事開始まで後三時間、家族全員の朝食を準備して驚かせるのも悪くない。
 
その前に、空になったカップを流し台に。
心があたたかい。この調子で臨めば、今日の仕事はうまくいく気がする。

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