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つむぎとうか

   
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Like a chocolate.
ふわっとした感じで読んでいただきたい観用少女パロ。
言時、雁桜、ケイ→ソラ→ディルグラ、金剣 になる予定。

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトにとって、ソラウは欠かせない存在なのである。

『良いものを買ってやろう』
 厳格な父が珍しく頬を緩めながら一人息子を伴ったのは、希少性の高い品物を扱う道具屋だった。
 当家の用達にしては狭くて安っぽい店だ、幼いケイネスが抱いた生意気な評はすぐに吹き飛んだ。
 こちらに、と案内された空間に並んでいたのは、一体一体が特別な輝きを放った人形たち。
 プランツ・ドールだ、と父は誇らしげに教えた。
『知識としては持っているだろう? 職人たちが魂をこめて作った、生きる人形だ』
 間近で眺めるとやはり美しいな、と溜め息を洩らす。
『高級品とはいっても、我がアーチボルトの財からしたらささやかな物だ。ただ……プランツは、人を“選ぶ”』
 私や先代では目を覚まさなかった、と悔しげに呟く。
『お前は先月十になったな、ケイネス。私も同じ年に父に引き合わされた。結果は残念だったが、この店には美味い茶葉もあるから懇意にしている』
 もしも少女を目覚めさせることが出来たら、無論、それはお前に与えよう――
 夢破れた父は、ほんの少しの期待を秘めて息子を見やった。

 神童とうたわれたケイネスでも、これは難題だとわかった。
 店主によれば波長の合う者にはプランツはわかりやすく懐くらしいが、ぐるりと見渡しても、人形たちはしんと双眸を閉ざしたままだ。
 やはり駄目か、とがっくり肩を落とす父。
 期待に応えられなかったのは初めてで、ケイネスは泣きそうに唇を噛みしめた。
 すると、店主が驚いたように叫んだ。
『ご覧なさい、あのプランツが坊ちゃんを気に入った様です!』
 慌てて示された方を向く。そこに居たのは鮮やかな赤い髪に琥珀の瞳を持つ、くっきりした顔立ちの少女だった。
 ただし極上と評される笑顔は浮かべていない。うるさいわね、そう言わんばかりに不機嫌そうにケイネスを凝視している。
 が、細かいことはこのさい気にしない。認識した瞬間、ケイネスはとらわれていたのだから。
(むすっとしていても、私を持ち主に選んでくれた! なんて嬉しいんだろう!)
 父もケイネス同様に歓喜していた。早速ありとあらゆる準備を整え、さながら姫君を遇するように屋敷に迎えた。
 ソラウと名付けられた少女は、当然だとばかりに全てを享受していた。

 それから十数年、ソラウの居ない生活など考えたくもない。
 アーチボルトの嗣子という肩書きは、二十の年に父かつての神童は天才と名を変え、弱音など吐くわけにはいかない。
 ソラウと過ごすひとときだけ、ケイネスは力を抜いて優しい気持ちになれるのである。



「それなのに、あの従者が来てから全てが台無しだ! まったく、何か私に恨みでもあるのかっ」
 額に青筋を浮かべる同僚を、時臣はまあまあ、と宥めた。“ソラウ”に関しては異常に沸点の低い男である。
「ディルムッド君は悪くないだろう? 多忙な君に頼まれて、君の代わりにミルクをあげただけなのだから」
 その後が問題なのだ。ソラウはすっかりディルムッドに懐いて、主人がいくら話しかけようと彼にしか見向きもしなくなってしまった。
 ……ディルムッド・オディナは、やたらと女性にモテる青年だが、相手が観用少女でも通用するらしい。
「ふん、十数年一緒だっただけの私なんかより、ちょっと世話しただけの奴の方がよほどプランツのことをわかっているのではないか!? 遠坂、アドバイスならあの従者に請うたらどうだ」
 いや、彼の場合はほとんど才能だし――という突っ込みは喉元で抑えた。時臣にさえ空気を読ませるケイネスの迫力勝ち、といったところか。
「いくら鬱陶しがっていても、首にしたりはしないんだよね、ケイネス。私は君の公正な所は尊敬しているよ」
「――仕方ないだろう!! 目立ったミスもないあの男を解雇した日には、女使用人が結託してストライキを起こすだろうから!!」
 怒鳴ってそっぽを向くのは彼なりの照れ隠しだ。耳元が赤いのまでは隠せず、時臣は微笑ましく見守るのだった。



 プランツを迎え入れた翌日。
 講師仲間であり、長年観用少女と暮らしてきたというケイネスに色々教えてもらおうとした時臣だったが、この調子で愚痴ばかりだ。下手に刺激するわけにはいかない。
 遠坂家のプランツは、表情こそ乏しいが家族全員に対して素直だ。そう伝えるとケイネスはますます拗ねそうだが。

 時臣と凛が連れ帰った少年人形は、家族で話し合った結果、“綺礼”と名付けられた。
 命名したのは凛だ。
『ねえお母様、この子の髪や目、真っ黒なのに透き通るみたいにきれいでしょ?』
 何度か「きれい」という形容を口にしたところ、人形はその単語に反応するようになった。ならば、と、時臣が漢字を考えたのである。
 プランツはまだまだ一般的ではなく、直接知っているのは他に一体だけだ。
 雁夜の宝物と言っても過言ではないサクラは、雁夜と凛には他愛なくじゃれついたりするが、他の者にはあまり近寄らない人見知り屋だ。一方、ソラウはあまり物怖じしないという。
 聞いた限り、どちらもかなり甘やかしているらしいのに。
(ひとくちに人形といっても、それぞれ性格が違うのだな)
 綺礼と暮らすにあたって、何の問題もなく、というわけにはいかないだろう。何せ相手は生きている人形だ。
 ――けれど、あまり気負い過ぎるのも良くないのかもしれない。人を育てるのにマニュアルなど存在しないのと同じように。
(最低限、あの金髪店主の忠告さえ破らなければ大丈夫だろう)
 己も妻も、もちろん凛も、既にあの少年を家族の一員と捉えているのだから。

 このときは予想だにしなかった。
 僅か数週間後に、不測の事態が訪れることを。


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