つむぎとうか
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a little pain
よくわからない何か
英雄色を好む、という言がある。
遠坂時臣が英霊の座より召還したのは、王の中の王、と呼びかけるのが相応しい存在だった。貴族の誇りを抱えた時臣を以てしても、である。
彼自身は妻がいれば充分というタイプだったけれど、俗物の頂点に在るともいえるギルガメッシュが性欲旺盛であるのは不思議でも何でもない。
アーチャーのクラスで限界した彼は、単独行動スキルを用いて遠坂邸に居ない夜も珍しくなかった。聖杯戦争に支障をきたさぬ程度なら、別にどこで何をしていようと気にならない。
サーヴァントが時臣をつまらないと評するように、マスターもギルガメッシュ個人に対しては特に思い入れなど持たずに接してきた。どのみち目的を果たせば別れを告げる道具だ。
せいぜい、束の間の現世を満喫すれば良い――
魔術師として、時臣はギルガメッシュのプライベートに踏み込むつもりはなく、まして嫌悪感を覚えるなど有り得ぬことだった。
ただし、時臣の領分を侵されたとなれば話は違う。
(この香りは何だ)
工房から休息のために台所へと移動しながら眉を顰める。魔術を学ぶ一環として磨いた嗅覚は、鋭く第三者の存在を知覚していた。
戦の火蓋が切られてから、遠坂邸に出入りする者は限られている。時臣と弟子である言峰綺礼と、それぞれのサーヴァントたち。
綺礼ならば不審に思わない。アーチャーもアサシンも、実体化していようとヒトのように体臭を纏うことはないと確認済みだ。
敵の闖入を疑おうにも、張り巡らした結界は未だ鉄壁のままだし、攻撃の意図など感じられない。
(ならば、一体誰が?)
廊下を、香りのする方へ歩く。だんだん強くなってゆくのは甘やかな匂い。たとえるなら花の蜜のようで、誘われるかのごとく一室の扉に手を掛けた。
そこは、使用頻度の高くない客用寝室のうちのひとつだった。
次の瞬間、開けなければ良かったと後悔した。
噎せるような香り。先刻は花のようだと思ったが、甘さは過ぎれば毒だ。
濃密に広がるそれは部屋の中央の寝台から発せられている。
正確に言えば、そこに横たわる裸体の女性から。
「そこで、何をなさっておいでか」
女性はばつが悪そうに俯いた。見知らぬ場所でしどけない姿を晒していることに羞恥を覚えているのだろう。話が通じそうな相手で助かった。
「すみません……」
「いえ、謝罪なさる必要はありませんよ。咎められるべきは貴女ではなく、」
「――我を諫めるとでも申すか」
不機嫌そうに口を開いたのは女性の傍らで悠然と瞑目していた英雄王だ。低い響きに女性が息を呑んだが、それくらいで怯む時臣ではない。
「その方をお庇いにならないのですか? 貴方が連れ込んだのでしょうに」
負けじと返す。自分でも意外なほどの冷たさが滲んだ。
「はっ、貴様が睨むのを止めれば済む話であろう」
指図されるなどこの男の最も厭う所であろうが、時臣とて苦言を呈することはある。
「王よ、恐れながら――遊興に耽るのはご存分に。ただ、屋敷ではお控えを」
ここは戦場だ、花を愛でるには似合わない。
「やはり貴様はどこまでも退屈な男だな、時臣」
深々とため息を吐かれたが、正直そうしたいのはこっちだ。
時臣には潔癖性のきらいがある。邸に入るのも家族の他には使用人や弟子といった身内しか許可しておらず、商談だって出来る限り外で打ち合わせるようつとめていたのに。
金色の英雄王は、家主の意向をあっさり覆す。
「風邪を引かぬように、どうぞお召し物を。貴女は何も知らず招かれたのでしょうが、当家の主は私です。申し訳ないが、速やかに立ち去っていただく」
辺りに散らばっていた衣服を差し出す。拾い上げると布に染みた香水の香りが鼻についた。
門まで送ると言ったのだが、女性は恐縮しながら辞退し部屋を出て行った。
「あのような視線をぶつけられれば、即座に逃げたくもなろう」
呆れたようにギルガメッシュが囁く。
「おや、可哀想なことをしました。鏡がないからわかりかねましてね」
敵でもない、初対面の女性を睨みつけるだなんて優雅じゃない。時臣は心の余裕を失っていた己を恥じたが、そもそも誰のせいだと思っているのか。
「おかげで興が削がれた。どう責任を取る」
滅茶苦茶だ。
「再び外出なさればよろしいのでは?」
時臣の提案をあっさり無視し、ギルガメッシュはぺらぺら捲し立てる。
「あの女はな、確かにそういう商売で生計を立てる者だが……病気の母を養うためだそうだ。話した感じ、色々考えておったぞ。他の道を選べなかったという点では、時臣、貴様も変わらぬな」
よくわからない比較をされて、先刻の女性の姿を思い浮かべてみる。といっても一瞬で目を逸らしたのだけれど。
おそらく、美人だった。己の茶色や、対峙するサーヴァントの金色ような生まれつきではないが、金髪は綺麗に染まっていたし、化粧も服装も派手すぎず目を惹くものだったような気がする。だが、そんな事情を抱えていたとは。
「まあ嘘だが」
呼吸するように前言撤回される。あんまりだ。
「からかって楽しいですか」
「まあ暇つぶしにはなる。無自覚か? 我の言葉に考え込んだお前の、表情変化は中々に見物であったぞ」
どうしてかはわからぬが機嫌が回復してきたらしい。貴様からお前呼びに転じている。
初めてギルガメッシュが柔らかく微笑むことを知った晩であった。
「嘘に決まっておろう。もう出る気も失せたのでな、この場に留まるしかあるまい」
霊体化すればいいのに、とぼやいたらまた眉間に皺が寄った。本当に、気まぐれな。
「そういうわけで、時臣、今宵の相手を務めよ」
「え? 良いですけど――トランプですか、ビリヤードですか。ワインを片手に語らうだけでは王は退屈でしょうし」
綺麗な顔がぐっと歪む。近づいたと感じた時には唇を掠め取られていた。
「痴れ者が。夜伽を命じられたのがわからぬのか」
「全力で拒否したつもりなのですが通じませんでした?」
無効ならしい。付け焼刃の抵抗ならしない方がましだ。
色好みで傲慢で、主に噛みつくサーヴァント。
この不遜さに嫌悪が湧かないことが答えなのではないかと思う。
「これで収まるなら最初から女性連れ込まないでください」
「それくらいしないと嫉妬も覚えないだろう、どうせ」
毎夜、出歩いても。女の香りを纏って帰っても。
何も言わないで迎えるすまし顔を乱してやりたかっただけなのだと素直に告げたら、少しは動揺するだろうか。
「……痛かったですよ、充分」
時臣の口から、渋々といった降伏宣言が出た直後、彼らの不可侵領域は消えてなくなった。
遠坂時臣が英霊の座より召還したのは、王の中の王、と呼びかけるのが相応しい存在だった。貴族の誇りを抱えた時臣を以てしても、である。
彼自身は妻がいれば充分というタイプだったけれど、俗物の頂点に在るともいえるギルガメッシュが性欲旺盛であるのは不思議でも何でもない。
アーチャーのクラスで限界した彼は、単独行動スキルを用いて遠坂邸に居ない夜も珍しくなかった。聖杯戦争に支障をきたさぬ程度なら、別にどこで何をしていようと気にならない。
サーヴァントが時臣をつまらないと評するように、マスターもギルガメッシュ個人に対しては特に思い入れなど持たずに接してきた。どのみち目的を果たせば別れを告げる道具だ。
せいぜい、束の間の現世を満喫すれば良い――
魔術師として、時臣はギルガメッシュのプライベートに踏み込むつもりはなく、まして嫌悪感を覚えるなど有り得ぬことだった。
ただし、時臣の領分を侵されたとなれば話は違う。
(この香りは何だ)
工房から休息のために台所へと移動しながら眉を顰める。魔術を学ぶ一環として磨いた嗅覚は、鋭く第三者の存在を知覚していた。
戦の火蓋が切られてから、遠坂邸に出入りする者は限られている。時臣と弟子である言峰綺礼と、それぞれのサーヴァントたち。
綺礼ならば不審に思わない。アーチャーもアサシンも、実体化していようとヒトのように体臭を纏うことはないと確認済みだ。
敵の闖入を疑おうにも、張り巡らした結界は未だ鉄壁のままだし、攻撃の意図など感じられない。
(ならば、一体誰が?)
廊下を、香りのする方へ歩く。だんだん強くなってゆくのは甘やかな匂い。たとえるなら花の蜜のようで、誘われるかのごとく一室の扉に手を掛けた。
そこは、使用頻度の高くない客用寝室のうちのひとつだった。
次の瞬間、開けなければ良かったと後悔した。
噎せるような香り。先刻は花のようだと思ったが、甘さは過ぎれば毒だ。
濃密に広がるそれは部屋の中央の寝台から発せられている。
正確に言えば、そこに横たわる裸体の女性から。
「そこで、何をなさっておいでか」
女性はばつが悪そうに俯いた。見知らぬ場所でしどけない姿を晒していることに羞恥を覚えているのだろう。話が通じそうな相手で助かった。
「すみません……」
「いえ、謝罪なさる必要はありませんよ。咎められるべきは貴女ではなく、」
「――我を諫めるとでも申すか」
不機嫌そうに口を開いたのは女性の傍らで悠然と瞑目していた英雄王だ。低い響きに女性が息を呑んだが、それくらいで怯む時臣ではない。
「その方をお庇いにならないのですか? 貴方が連れ込んだのでしょうに」
負けじと返す。自分でも意外なほどの冷たさが滲んだ。
「はっ、貴様が睨むのを止めれば済む話であろう」
指図されるなどこの男の最も厭う所であろうが、時臣とて苦言を呈することはある。
「王よ、恐れながら――遊興に耽るのはご存分に。ただ、屋敷ではお控えを」
ここは戦場だ、花を愛でるには似合わない。
「やはり貴様はどこまでも退屈な男だな、時臣」
深々とため息を吐かれたが、正直そうしたいのはこっちだ。
時臣には潔癖性のきらいがある。邸に入るのも家族の他には使用人や弟子といった身内しか許可しておらず、商談だって出来る限り外で打ち合わせるようつとめていたのに。
金色の英雄王は、家主の意向をあっさり覆す。
「風邪を引かぬように、どうぞお召し物を。貴女は何も知らず招かれたのでしょうが、当家の主は私です。申し訳ないが、速やかに立ち去っていただく」
辺りに散らばっていた衣服を差し出す。拾い上げると布に染みた香水の香りが鼻についた。
門まで送ると言ったのだが、女性は恐縮しながら辞退し部屋を出て行った。
「あのような視線をぶつけられれば、即座に逃げたくもなろう」
呆れたようにギルガメッシュが囁く。
「おや、可哀想なことをしました。鏡がないからわかりかねましてね」
敵でもない、初対面の女性を睨みつけるだなんて優雅じゃない。時臣は心の余裕を失っていた己を恥じたが、そもそも誰のせいだと思っているのか。
「おかげで興が削がれた。どう責任を取る」
滅茶苦茶だ。
「再び外出なさればよろしいのでは?」
時臣の提案をあっさり無視し、ギルガメッシュはぺらぺら捲し立てる。
「あの女はな、確かにそういう商売で生計を立てる者だが……病気の母を養うためだそうだ。話した感じ、色々考えておったぞ。他の道を選べなかったという点では、時臣、貴様も変わらぬな」
よくわからない比較をされて、先刻の女性の姿を思い浮かべてみる。といっても一瞬で目を逸らしたのだけれど。
おそらく、美人だった。己の茶色や、対峙するサーヴァントの金色ような生まれつきではないが、金髪は綺麗に染まっていたし、化粧も服装も派手すぎず目を惹くものだったような気がする。だが、そんな事情を抱えていたとは。
「まあ嘘だが」
呼吸するように前言撤回される。あんまりだ。
「からかって楽しいですか」
「まあ暇つぶしにはなる。無自覚か? 我の言葉に考え込んだお前の、表情変化は中々に見物であったぞ」
どうしてかはわからぬが機嫌が回復してきたらしい。貴様からお前呼びに転じている。
初めてギルガメッシュが柔らかく微笑むことを知った晩であった。
「嘘に決まっておろう。もう出る気も失せたのでな、この場に留まるしかあるまい」
霊体化すればいいのに、とぼやいたらまた眉間に皺が寄った。本当に、気まぐれな。
「そういうわけで、時臣、今宵の相手を務めよ」
「え? 良いですけど――トランプですか、ビリヤードですか。ワインを片手に語らうだけでは王は退屈でしょうし」
綺麗な顔がぐっと歪む。近づいたと感じた時には唇を掠め取られていた。
「痴れ者が。夜伽を命じられたのがわからぬのか」
「全力で拒否したつもりなのですが通じませんでした?」
無効ならしい。付け焼刃の抵抗ならしない方がましだ。
色好みで傲慢で、主に噛みつくサーヴァント。
この不遜さに嫌悪が湧かないことが答えなのではないかと思う。
「これで収まるなら最初から女性連れ込まないでください」
「それくらいしないと嫉妬も覚えないだろう、どうせ」
毎夜、出歩いても。女の香りを纏って帰っても。
何も言わないで迎えるすまし顔を乱してやりたかっただけなのだと素直に告げたら、少しは動揺するだろうか。
「……痛かったですよ、充分」
時臣の口から、渋々といった降伏宣言が出た直後、彼らの不可侵領域は消えてなくなった。
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