つむぎとうか
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雁夜おじさんが葛藤する話-a
年齢操作・捏造設定注意。
その人が結婚した相手は、名家の若き当主だった。
雁夜の幼馴染――年齢は一回りも離れていたが、他に表しようがない――で、初恋の女性でもある禅城葵は、二十歳になってすぐ、家業を継いだばかりだった時臣の妻に迎え入れられた。
純白の花嫁衣裳を纏った葵は列席者の誰もが見惚れるほど美しかった、らしい。
招待状をもらったものの、式には行けなかった。
物心ついた頃には既に両親はおらず、実兄の鶴野は弟に無関心だった雁夜の幼少期は、ほとんど祖父・臓硯に支配されていたと言っていい。その祖父が許可してくれなかったのだ。
旧家の習いとはいえ、些細なことも祖父に逆らうわけにはいかなかった。人間関係さえ彼の言うままに作らされるもので。
友人と呼んだ一握りの中でも、裏表なく接してくれたのは葵のみだった。彼女は家が近いだけの一般家庭の娘だったため、祖父もいちいち干渉してこなかったのだ。楽しい記憶しかないのも当然だろう。
……ドレスを着た葵をひと目でいいから見たかったのに。雁夜はしばらく目に見えて落ち込んだ。
祖父は意気消沈した孫を愉快そうに見つめていた。そして、そろそろおぬしにも教育を施さねばな、と呟いた。
それから、雁夜は幾つかの事実を知っていくことになる。
社交界に於いて、間桐の名は意味嫌われていた。
古来より彼らは毒物の扱いに長けており、積み上げてきた研究成果は概ね高い評価を得てきた反面、不審死の裏に間桐の影あり、とまことしやかな噂が付きまとう。
大半の者は雁夜のことを恐れながら蔑んだ。――毒使いの家の子、と。そしてそれは否定しようのない真実だった。
当主である祖父に害をなすと見なされたら、彼らは遠くない未来に命を落とす。自然死としか考えられない病気を患って。だが、急逝の場合は殆どが臓硯の意思によるものだ。
間桐の蔵には殺めるための薬草や書物が積み上げられていた。暗い地下室には研究材料としての死体が保管され、ひとりの例外もなく苦悶の表情を浮かべていた。
いずれは雁夜もその列に加えられるのだと、告げたのは祖父に蔑ろにされてきた兄だ。
鶴野は早々に臓硯から見切りをつけられたらしい。生まれ落ちた瞬間に。
赤子に軽度の毒を浴びせることが間桐流の洗礼であり、兄はそれで右手が機能しなくなった。だが、同じ薬物を与えられた雁夜の身体には何の異常も起こらなかったのだと言う。
常人に較べれば毒に対する耐性を持っていたことが、雁夜の運命を決めた。
自分はやがて実験体とされるのだろう。名ばかりの当主に据えられた兄は祖父の操り人形に、雁夜は間桐の脅威と秘伝を次代へ繋ぐための道具となり、光のない地下蔵で朽ちていく。
この気持ちを絶望というのだろう。自分の内にも同じ一族の血が流れているという事実がおぞましかった。
二児の母となった葵と再会したのは、祖父に無理矢理同伴させられたパーティー会場で。
彼女の夫である遠坂時臣とは、実は何度か面識があった。間桐と並べて御三家と呼ばれる家柄で、当主同士が盟約を交わしている。もっとも、家督を継ぐのは兄なのであくまで顔見知り程度だ。
葵の幸せな姿を見せることが、臓硯の目的だったのではないかと思う。同格でもこれだけの差があるのだ、と。
遠坂も決して聖人君子ではないが、優雅を好む性質で、狡猾な間桐とは立ち回り方が全く異なった。ゆえに、絶大な信頼を得ていた。
『それでものう、雁夜。遠坂の先代には貸しがある。あの小倅も聞いておろう、おかげで、交渉事には当家が有利じゃ。無理難題でも呑まざるを得んじゃろうて』
反吐が出そうになった。
渋々ながらも出席することを決めた席に、用意して行ったのは髪を飾るためのリボンである。
幼い頃、雁夜は葵のさらさらした髪が好きだった。娘が二人いる、と知って、何か喜んでもらえる物を贈りたいと考え抜いた結果だ。華やかな深紅のリボンと、もう片方は優しいイメージの薄紅のものを選んだ。少しでも喜んでもらえたらいい。
祖父の嫌がらせだとしても、唯一心許せる人に会えるのは楽しみだった。時臣に関しては複雑な心境を抱いているが、叶う望みのない初恋だったのだ。葵を不幸にするような相手ならば断じて見過ごせないけれど。
慣れない背広を着てみたものの、高校生の雁夜は明らかに浮いていた。祖父が放っておいてくれるのを幸い、大人たちに混じって欠伸を噛み殺していると。
ぎゅうっと、ちいさな指が雁夜の袖を掴んだ。
『おじさん、遊んで』
目線を下ろすと、あどけない眼差しが真っ直ぐに注がれている。呼ばれ方に引っかかるが、幼い子からしたら雁夜の年でもおじさん、なのだろう。
見覚えのある顔だと思ったのは勘違いじゃなかった。
『……もう、桜ったら。雁夜君はまだ若いのよ?』
困ったように咎める声は、懐かしい人のもの。
『いいよ、葵さん。この子からしたら俺はおじさんだろうし』
久しぶり、と手を振る。数年ぶりだがきれいになった。彼女の暮らしは順風満帆なのだろう。
(良かった)
少女と遊んで、風邪で来られなかったという姉の分もリボンを渡して、雁夜は満足した。
『おや、随分懐かれたんだね』
桜を抱き上げ、迎えに来た父親の腕に託したら、そろそろお開きの時間だ。名残惜しいが帰らなければ。
『この子は人見知りだから、よほど君が気に入ったんだろう。……間桐君、我が家で働いてもらうわけにはいかないかな?』
時臣からの提案に、目を瞠ってしまう。
『突然すまないね。先日、懇意にしていた者がひとり、故郷に帰ってしまったんだ。もし、君が良ければ、なんだが』
住み込みのボディーガードになる。祖父の駒としてでなく生きてゆく道などあるわけがないと諦めていたが、もしかしたら。
家を出ると伝えた雁夜に、兄は呆れと蔑みを、祖父は激昂を示した。
『あと一年もすれば投薬開始の頃合いじゃったのに、遠坂に飼われるとは……正気か、雁夜? なら、その面二度と儂に見せるでない』
間桐の矜持? 知るかそんなもの。毒を浴びて死ぬだけの価値ではないか。
高校卒業を待たずに、生家を捨てて飛び出した。
雁夜の幼馴染――年齢は一回りも離れていたが、他に表しようがない――で、初恋の女性でもある禅城葵は、二十歳になってすぐ、家業を継いだばかりだった時臣の妻に迎え入れられた。
純白の花嫁衣裳を纏った葵は列席者の誰もが見惚れるほど美しかった、らしい。
招待状をもらったものの、式には行けなかった。
物心ついた頃には既に両親はおらず、実兄の鶴野は弟に無関心だった雁夜の幼少期は、ほとんど祖父・臓硯に支配されていたと言っていい。その祖父が許可してくれなかったのだ。
旧家の習いとはいえ、些細なことも祖父に逆らうわけにはいかなかった。人間関係さえ彼の言うままに作らされるもので。
友人と呼んだ一握りの中でも、裏表なく接してくれたのは葵のみだった。彼女は家が近いだけの一般家庭の娘だったため、祖父もいちいち干渉してこなかったのだ。楽しい記憶しかないのも当然だろう。
……ドレスを着た葵をひと目でいいから見たかったのに。雁夜はしばらく目に見えて落ち込んだ。
祖父は意気消沈した孫を愉快そうに見つめていた。そして、そろそろおぬしにも教育を施さねばな、と呟いた。
それから、雁夜は幾つかの事実を知っていくことになる。
社交界に於いて、間桐の名は意味嫌われていた。
古来より彼らは毒物の扱いに長けており、積み上げてきた研究成果は概ね高い評価を得てきた反面、不審死の裏に間桐の影あり、とまことしやかな噂が付きまとう。
大半の者は雁夜のことを恐れながら蔑んだ。――毒使いの家の子、と。そしてそれは否定しようのない真実だった。
当主である祖父に害をなすと見なされたら、彼らは遠くない未来に命を落とす。自然死としか考えられない病気を患って。だが、急逝の場合は殆どが臓硯の意思によるものだ。
間桐の蔵には殺めるための薬草や書物が積み上げられていた。暗い地下室には研究材料としての死体が保管され、ひとりの例外もなく苦悶の表情を浮かべていた。
いずれは雁夜もその列に加えられるのだと、告げたのは祖父に蔑ろにされてきた兄だ。
鶴野は早々に臓硯から見切りをつけられたらしい。生まれ落ちた瞬間に。
赤子に軽度の毒を浴びせることが間桐流の洗礼であり、兄はそれで右手が機能しなくなった。だが、同じ薬物を与えられた雁夜の身体には何の異常も起こらなかったのだと言う。
常人に較べれば毒に対する耐性を持っていたことが、雁夜の運命を決めた。
自分はやがて実験体とされるのだろう。名ばかりの当主に据えられた兄は祖父の操り人形に、雁夜は間桐の脅威と秘伝を次代へ繋ぐための道具となり、光のない地下蔵で朽ちていく。
この気持ちを絶望というのだろう。自分の内にも同じ一族の血が流れているという事実がおぞましかった。
二児の母となった葵と再会したのは、祖父に無理矢理同伴させられたパーティー会場で。
彼女の夫である遠坂時臣とは、実は何度か面識があった。間桐と並べて御三家と呼ばれる家柄で、当主同士が盟約を交わしている。もっとも、家督を継ぐのは兄なのであくまで顔見知り程度だ。
葵の幸せな姿を見せることが、臓硯の目的だったのではないかと思う。同格でもこれだけの差があるのだ、と。
遠坂も決して聖人君子ではないが、優雅を好む性質で、狡猾な間桐とは立ち回り方が全く異なった。ゆえに、絶大な信頼を得ていた。
『それでものう、雁夜。遠坂の先代には貸しがある。あの小倅も聞いておろう、おかげで、交渉事には当家が有利じゃ。無理難題でも呑まざるを得んじゃろうて』
反吐が出そうになった。
渋々ながらも出席することを決めた席に、用意して行ったのは髪を飾るためのリボンである。
幼い頃、雁夜は葵のさらさらした髪が好きだった。娘が二人いる、と知って、何か喜んでもらえる物を贈りたいと考え抜いた結果だ。華やかな深紅のリボンと、もう片方は優しいイメージの薄紅のものを選んだ。少しでも喜んでもらえたらいい。
祖父の嫌がらせだとしても、唯一心許せる人に会えるのは楽しみだった。時臣に関しては複雑な心境を抱いているが、叶う望みのない初恋だったのだ。葵を不幸にするような相手ならば断じて見過ごせないけれど。
慣れない背広を着てみたものの、高校生の雁夜は明らかに浮いていた。祖父が放っておいてくれるのを幸い、大人たちに混じって欠伸を噛み殺していると。
ぎゅうっと、ちいさな指が雁夜の袖を掴んだ。
『おじさん、遊んで』
目線を下ろすと、あどけない眼差しが真っ直ぐに注がれている。呼ばれ方に引っかかるが、幼い子からしたら雁夜の年でもおじさん、なのだろう。
見覚えのある顔だと思ったのは勘違いじゃなかった。
『……もう、桜ったら。雁夜君はまだ若いのよ?』
困ったように咎める声は、懐かしい人のもの。
『いいよ、葵さん。この子からしたら俺はおじさんだろうし』
久しぶり、と手を振る。数年ぶりだがきれいになった。彼女の暮らしは順風満帆なのだろう。
(良かった)
少女と遊んで、風邪で来られなかったという姉の分もリボンを渡して、雁夜は満足した。
『おや、随分懐かれたんだね』
桜を抱き上げ、迎えに来た父親の腕に託したら、そろそろお開きの時間だ。名残惜しいが帰らなければ。
『この子は人見知りだから、よほど君が気に入ったんだろう。……間桐君、我が家で働いてもらうわけにはいかないかな?』
時臣からの提案に、目を瞠ってしまう。
『突然すまないね。先日、懇意にしていた者がひとり、故郷に帰ってしまったんだ。もし、君が良ければ、なんだが』
住み込みのボディーガードになる。祖父の駒としてでなく生きてゆく道などあるわけがないと諦めていたが、もしかしたら。
家を出ると伝えた雁夜に、兄は呆れと蔑みを、祖父は激昂を示した。
『あと一年もすれば投薬開始の頃合いじゃったのに、遠坂に飼われるとは……正気か、雁夜? なら、その面二度と儂に見せるでない』
間桐の矜持? 知るかそんなもの。毒を浴びて死ぬだけの価値ではないか。
高校卒業を待たずに、生家を捨てて飛び出した。
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