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つむぎとうか

   
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初恋をおぼえた桜ちゃんの話
パラレル・年齢操作注意。

その人は「おじさん」と言われるような年齢ではなかった。
 最初に会った時は、まだ17歳だったはずだ。けれど桜は、父や母と並んで話していた「大人のひと」を他に何と呼ぶか知らなかった。とことこ歩いていき、背広の袖を引いてちいさく囁いた。
『おじさん、遊んで』
 大人ばかりの空間で、着慣れない礼装にきゅっと首を縮めている姿に、幼いなりに親しみを感じたのかもしれない。
『……もう、桜ったら。雁夜君はまだ若いのよ?』
『いいよ、葵さん。この子からしたら俺はおじさんだろうし』
 不器用な手つきで撫でられて、綺麗に結んだ髪はくしゃくしゃになってしまったけれど、彼があまりに嬉しそうに笑うので、人見知りな桜もつられてちょっと頬を緩めた。
『おや、随分懐かれたんだね』
 去り際、迎えに来た父の腕につかまりながら、また会いたい、と思った。
 ――きょうはありがとう。こんどはお姉ちゃんもいっしょに遊んでくれる?
(カリヤおじさん)
 視線が合うように膝を突いて教えてくれたその人の名前を、桜は大事な宝物のように反芻した。彼と過ごしたほんの一時間余りで、つまらないパーティーの記憶がとても明るいものに塗り替えられた。新鮮な経験だった。
 風邪をこじらせてしまった凜の代わりに、急きょ連れ出された社交の場。内向的な桜は母の背に隠れているのが常だったのに。
 雁夜に対しては、はじめから人見知りを発動しなかったのだ。



 次の機会は思いの外早くに訪れた。
 雁夜は、遠坂時臣の新任のボディーガードとして雇われた青年だった。母の年の離れた幼馴染で、父には憎まれ口を叩きつつも頭は上がらないようだった。
 家出した所を父に拾われたと言い、遠坂家に住み込みながら時臣の護衛役を勤めていた。
 とはいえ、さすがに四六時中ついている必要はない。手が空いたら、専ら姉妹の遊び相手として広い屋敷を駆けまわっていた。
 明るい反面、時折、何かに怯えたようにびくびくしていた。その状態の彼の側に寄ると、弱々しい力でそっと指を絡められた。
 怒られるかもしれないが、桜は雁夜の泣きそうな所も好きだった。もちろん満面の笑顔には及ばないけれど。つらさを共有して、それで早く元気を取り戻して欲しい。
(おじさん、大好き)
 自覚のない初恋だった。



 だが、ほどなく桜は肉親から引き離されることになった。
 間桐から持ち掛けられた、養子縁組の話。母は嘆き、父も気が進まないようだったが、後継ぎを強く望む当主の申し入れを拒むことは出来なかった。ハバツとかメイヤクだとか、難しい言葉でちっとも理解できなかったけれど。
 7歳になる前に、生まれ育った家から間桐家に移された。

 そこは、決して居心地が良い場所ではなかった。
 新たな祖父も養父も、表だっては桜に穏やかな接し方をした。欲しいおもちゃも伝えればすぐに用意してもらえたし、食事も寝床も不自由はないか何度も確認された。
 けれど、会話というものがなかった。かつて父母や姉と当たり前に共有していたあたたかさを失くして、桜からは表情が消えた。帰りたいと願うことすら無駄だと打ち消した。
 ――自分は、遠坂にとっていらない存在だったのだ。父母は姉さえいれば満足なのだろうし、臓硯も鶴野も自分を道具みたいな目で見るし、ああでも道具としてでも間桐の家には必要なら再び捨てられることはないのか。またどこかへやられるということもなく。
 諦めを宿した瞳は、とても6歳の少女のものではなかった。

 間桐は旧い家柄で、遠坂の豪奢さとは違った伝統があった。
「毒」を操れるように、食事の度に少量の毒を服用し身体を慣らしていく、というものだ。
 桜の意志などお構いなく、毎日、毒に蝕まれてゆく。死なぬよう調整されているとはいえ、新しい毒を増やされていく過程で苦痛に襲われ、一年が経つ頃には髪と瞳の色が変質してしまった。
 そんな日々が、これからもずっと続いてゆくのだと思っていた矢先に、救いがもたらされたのは突然だった。

(おじ、さん。なんで?)
(ごめん、桜ちゃん、ごめん)
 寝静まった屋敷。桜の室へ音もなく忍び込んで、俺のせいだ、と声を震わせる。どういうことだろう。
『俺が、間桐から逃げたから。――毒を盛られるのは、生まれつき耐性を持ってる人間だけだ。俺は、兄よりは素質があると言われて、そのままだったら毒は俺が浴びてたんだ、』
 懺悔はそこで止めて、雁夜は桜を抱えて連れ出した。闇の向こうの懐かしい家へ。
『ご覧の通りだ、時臣、葵さん。桜ちゃんはもう間桐に帰すな、盟約なんか知ったことか。責任は俺が被る』
 変わり果てた桜に絶句した父に、雁夜は懐から取り出した辞表を握らせた。
『さよなら』
 いかないで、と伝えたかった。けれど、そう言うと彼は悲しむ気がしたので黙っていた。

 忘れかけた暮らしが蘇ってくる。
 桜は遠坂姓に戻った。間桐臓硯は稀有な体質の持ち主を手放すことを渋ったそうだが、葵と凜が必死に時臣を説得した。毒のことを話すと、父は見たこともない険しい表情になった。
『だから、雁夜は家出の理由を明かさなかったのか。桜の行き先を聞いた途端、顔色を変えて……』
『お父様、おじさんはどこにいるの?』
 少しずつ、なくした感情を宿し直して、桜は最も気がかりな疑問をぶつけたが、父も母も知らなかった。
 あの晩、桜を取り返した雁夜がどうなったのか。



 答えを知るのに十年かかった。
 高校に入学してすぐ、貧血を起こした桜は早速保健室を訪れた。ほとんど治っていたが、念には念を入れて。
 ノックをして扉を開けると、白衣を纏った人がゆっくりと顔を上げた。
「「……」」
 0.1秒。
 悲鳴を上げなかった自分を褒めてやりたい。
 黒かった髪は白くくすんで、左半身を麻痺しているのか引きずるようにしながら、頬から首筋にかけては皮膚に亀裂が走っている。
 それでも、ずっと会いたかった人なのは疑いようもなく。
「こんな所で何してるんですかっ!?」
「さっ、桜ちゃん、だよね? えっと、養護教諭を」
 見ればわかる。知りたいのはその経緯である。
 桜は動揺した。十年も仕事やめてどこで何して過ごしてきたのだとか、なんか生ける屍みたいな風貌ですけど大丈夫ですかと次々に尋ねようとして、いや失礼かもと思い直したり――相当混乱していた。
 勢いのまま、最も告げたかった言葉が飛び出した。
「私、おじさんに会ったら言いたかったんです」
 助けてくれてありがとう、と。
「感謝される資格なんてないよ……」
 途方に暮れたみたいに俯く姿は、遠い昔、桜と遊んでくれた少年の日のまま。
 けれど、桜はもう幼い子どもではない。成長したのだ。
「あなたのせいじゃない。あなたが来てくれたから、今の私がいるの」
 彼が戻してくれた家で、ちゃんと愛されたおかげなのだから。
「どうか、自分を責めないで」
 デスクに近づいて、泣き虫な人の背中を撫でる。
 ずいぶん痩せた、と思った。離れていた間、彼に何があったのかは、じっくり聞かせてもらおう。
 きっともう大丈夫。やつれているけど、消えてしまいはしない。どこかへ行こうとしたら、今度こそ全力で引き留めるから。



 帰宅してから、同じ高校の一年先輩である姉に「どうしておじさんが勤務してるって教えてくれなかったの?」と詰め寄ると、「もちろん、その方が劇的な再会を演出できるからよ!」と拳を握られた。
「その様子だと会えたのね? 桜、あとはお姉ちゃんに任せなさい」
 凜は大物だ、桜には到底太刀打ちできない。
 翌日以降、凜による妹の初恋成就戦線が容赦なく展開されることになるのだが――

 それはまた別のお話。
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