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つむぎとうか

   
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春待ち
誕生日プレゼントは私☆ ってはなしです

 藤堂と内通していた蝮には、追って沙汰が下された。
 資格剥奪こそ免れたものの、降格処分までは防げず、蝮は下級職員からの再スタートを余儀な くされた。それこそ明陀に留まれるなら何でも構わないと言ったが、妹たちをも上司として命令を仰ぐ、という立場は、わかっていてもそれなりに堪えた(青と 錦の成長を目の当たりにして姉としては嬉しかったが)。
 それでも、絵に描いたように模範的な勤務態度の蝮だ。ゆっくりとではあるが、着実に昇進を重ねていき。
 遅れを取り戻すように、現在では上二級祓魔師として活躍していた。



 再び下積みから始めた蝮は、正十字騎士團預かりとなり、一年間の研修に勤しんだ。
 鍵を用いて京都から通うことも出来ただろうが、どうせ監視されるのなら家族を巻き込みたくなかった。
 空いた牢に入ろうとしたら苦笑しつつ止められ、他の新米祓魔師と変わらない待遇を受けることになった。
『裏切り者やのにええんですか?』
 就任したばかりの聖騎士に詰め寄れば、はぐらかすことなく理由を明かしてくれた。
『君がしたことは、私利私欲のためにじゃないだろう。愚かだとは思うが。第一、藤堂三郎太の悪魔落ちに気づかず、共犯者だけを裁いたとしたらどうなる? 宝生蝮を罰することは、騎士團が弱者を斬って保身を図ったように映ることだろう。だから、恩情措置などではないよ』
 長年、明陀のために献身してきたからか、京都支部職員たちの連名での助命嘆願もされたという。研修のため旅立つ彼女には、温かな激励と共に「はやく帰ってきてください」の言葉が届けられた。
 皆の信頼に今度こそ応えようと、必死になって多くの任務に臨んだ。



 翌年、蝮は京都に戻った。深部の責任者である蟒や、全体の纏め役である八百造の指導の下、新たな体制での祓魔を掲げる出張所は活気に溢れていた。
 だが、中でも最も大声を張り上げているはずの男の姿はなかった。
 かつていがみ合いながらも共に部下たちを従えていた幼なじみ・志摩柔造は、上一級の任命を受け、ある地方支部の所長となったのだ。異例の若さだが、実力も申し分ないと期待されての着任だった。
 自分も、彼にしても、生まれ育った地を長期間離れる日が来るだなんて思いもしなかった。
 けれど、護るべきものはきっと変わっていないのだろう。柔造が昔のままならば。
 蝮は一旦道を踏み外した人間だ。勝手な願いかもしれないが、柔造にだけはそのままでいて欲しかった。



 年末の帰省時。騒がしい忘年会で、柔造は一番隊の元部下たちにもみくちゃにされていた。
『ところで、志摩隊長もそろそろ身を固める時期とちゃいます?』
『もう隊長とちゃうやろ。なんや熊谷、親戚のおばちゃんみたいやで』
 心配せんでも予定はあるわ、と何でもないように返した彼の横顔は落ち着いていて、蝮は胸の奥が痛んだ。
『やっと、好きな女嫁に出来るわ』
 僧正家の次期頭首で女受けも良い男のことだから、結婚の話がこれまでなかった方が不思議だった。自分より二学年上の彼は、今度の誕生日で28才になるのだ。
 所長の役職は長くても二年以内で京都へ戻るという条件で引き受けたものだ、と聞く。任期が終われば、彼は新しい家族を伴って実家へ帰るのだろうか。それとも、別に居を構える気か。
 彼の妻となる女性は、きっと幸せに違いない。

 さらに季節が進んで、蝮は2月から1ヶ月の出張に赴くこととなった。
 見送りなど頼んだ覚えはないが、なぜか柔造が駅までの道をついて来た。
「荷物持ってくれるんはありがたいわ。でも、何の用やの」
「なあ蝮、今日が何の日か知っとるか?」
 出発準備をしていたらプレゼントを準備し損ねたが、そういえば彼の誕生日でもあったか。
「……誕生日おめでとう、柔造。ええ年して幼なじみに催促なん?」
 せこい申やなあ、と毒づきながら鞄のポケットを探ったが、見つけられたのは飴玉だけ。
 ないよりはましだろう、とてのひらに握らせてみる。武骨な指にカラフルな包装紙が収まり、似合わないと頬を緩めた。
「おおきにな。――って、ちゃうわ阿呆! 竜士さまから連絡があったんや」
 高校卒業を控えた、明陀の後継者でもある勝呂竜士は、4月からは京都の大学に通うのだという。既に祓魔師としても働いているが、学ぶことも座主の仕事のうちだろうと述べていた。
 京都は仏教系の大学が点在している。いくつか受験先を絞ったうち、第一志望からの合格通知が今朝届いたのだそうだ。
「竜士さまは努力家やしなあ」
 うっとりと蝮は笑う。彼が正十字に受かった折も、そういえば柔造相手に管をまいていたと思い出しながら。
 将来の主の成長が眩しく、嬉しさに浮かれて盃を重ねてしまった晩だ。
 あれ以来、一滴たりとも酒を呑むことはなかった。楽しい気持ちになることに罪悪感が湧く。……それに、酔った時の記憶が飛んではいなかった。
 傍らの柔造にやたらとキスを降らせた、それは隠すべき本音だった。
 丸三年が経とうとも、封印した恋心は未だに消えてくれない。理性を捨ててしまえばきっと浅ましく彼に縋ってしまうだろう。
「ほんま、お前は竜士さまのことになると……」
 柔造はやけに不機嫌になった。自分だって盲目に傅いているくせに。
「それで、本題はこれからや。お前が出張から帰ったら、すぐ竜士さまも戻らはる。参列してもろて、俺ら、結婚すんで」

 滅茶苦茶過ぎて、勢いで頷きそうになった。
「はぁ?」
(結婚、て。誰と、誰が?)
 流れからして自分のことだろうが、しかし思考が追いつかない。どういうことだ。
「夫婦になってくれ、蝮」
 駅へと進む足は止めない。予約した電車の切符が無効になっては困る。
「ずっと、考えてたんや。お前を泣かせへん方法」
 歩きながら、どこまでも真摯な柔造の声が追ってくる。蝮は戸惑いながらも耳を傾けた。
「独りで抱えてぼろぼろになって、俺は藤堂を殺したる、思うた。でも、それでお前の涙は拭えへん。もう二度と、好きな女が傷つくんは嫌や」
 ――あの夜の責任、取らして。

 付き合おう、と提案されたわけではない。
 何足もすっ飛ばしての求婚に、蝮は腹を立てた。段階というものがあるだろう。
 怒りのあまり、早速涙が溢れてきた。柔造がぎょっとしたように肩を竦ませる。いい気味だ。
「乗り遅れたらどうしてくれるんや、あほ申」
 濡れた頬を袖で拭いながら、立ち止まった彼に向かって舌を出す。
 ひときわ強い風が吹いて、よろめいた彼女はしっかりと抱き留められた。
「ほんなら、返事は帰ってからでええし。あ、断られたら俺生涯独身確定やしな」
「さらっと退路塞ぐとか。ほんまに根性悪いなあ……」
「一途やと言え。お前以外考えられへんだけや」
 拒まれるとは微塵も思わないらしい、その自信はどこから来るのだろう。
 悔しいのは、抗う気が起きないこと。
 彼の言葉を、どうしようもなく嬉しいと感じてしまう自分がいることだ。
「あかん、ほんまに電車来そうやわ。また来月!」
「せやな、ひと月遅れのプレゼントでも受け取ったるわ」
 ホームで慌ただしく会話をして、車両に乗りこみ、手を振った。

 帰る頃には、きっと頷く準備が出来ているのだろう。
(迎えに来てくれたら、私もきっと伝えるから)
 遠回りして、何度諦めようとしても出来なかった想い。それが、彼に喜んでもらえる贈り物ならば。

 だから、待っていて。
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