つむぎとうか
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
Last Night
捏造・死にネタ注意
逃げようか。
救いのない監獄から。
「何を……言って、る、の」
いつもの己らしくもなく、動揺を隠せず問い返した。
「だから、俺を殺せって」
反芻するまでもなく、理性ではとうに嚥下している。――兄の表情が普段と変わらないのが夢と縋りたい根拠だ。
根が単純なこの兄が、雪男に解読不能な暗号を繰り出している?
夢でなければ疲れが招いた幻覚か。ここの所碌に眠れていなかったから仕方ない。早く現実に、
「目ぇ逸らしたって同じだよ、ばか」
両手で頬を挟まれる。寄せられた手のひらはあたたかく、いま告げられたことばを帳消しにしてしまえるなら嗚呼どんなに。
「さっさとしろ、夜明けまでだ」
兄の悪い癖は変わらない。まだ頷いてもいないのに、勝手に話を進めるのは止めて欲しい。
夏休み明け――
炎をある程度コントロール出来るようになった燐は、候補生の身分にも関わらず大小様々な任務に駆られるようになっていた。忙しいから塾の課題が進まないと 愚痴る様子もどこか楽しげで、事態は目に見えて好転した。仲間たちと打ち解け進んでいく彼の姿に、雪男も留まってはいられないと思った。
自分が行動するきっかけには常に兄が関わっている。一人で守ると息巻くのではなく、共に生きるために強く在ろうと、固まっていた雪男の視界を広げてくれ たのも。
『俺は、お前なしでここまで生きてこられたわけじゃねーし』
これからだって離さないと、強い光を宿した双眸で伝えてきたのは、では偽りだったのか。
クリスマスパーティーが終わり、塾生たちにも正月休暇が与えられた今朝の様子では、帰省する勝呂たちと楽しげに笑い合っていたのに。
「納得がいく説明をしてくれ、兄さん」
「サタンが来る」
簡潔極まりない理由に、心臓が縮むどころか抉られた。
「パーティーの晩、サタンの憑依体に呼び出されたんだよ。あいつ、俺の大事な奴の身体乗っ取りやがった。憑依されてる間の意識もない、こんなことだって出 来るんだぞ、って」
紛れもない脅しだ。仲間の命を盾に応じさせたということか。――神父の二の舞にはさせたくないだろう?などと。
「誕生日の記念に、俺を覚醒させる気だとよ。物質界は魅力的なんだろうな。……反論の余地はなかったよ」
咄嗟に燐は考えたのだ。サタンの目論見を阻むには、少しでも情報を得なければ。
悪魔に組した演技は一世一代だった。
「結局、兄さんを使ってこっちに乗りこんでくるつもりなんだろう!?そんなのどうやって、」
「遮るなっつの。……従うふりをして、万一の時防御するからってことで聞き出したんだ」
燐は、まるで他人事のように淡々と語る。
いつかの自分みたいだと雪男は思った。
「俺を殺す、方法を」
そうすれば脅威はひとまず去るから。覚悟なんかとうに固めていた。最初に兄に告げたのは雪男だ。
(いっそ死んでくれ、なんて、言わなければ良かった)
これは悪夢だ。誰か水でも掛けてくれ。
「メフィストや塾の仲間には伝えた。……お前が最後、そして実行者だ。わりぃな、背負わせちまって」
致死節と毒をこめた弾丸の併用。どれほどの苦しみをもたらすのか。泣いても拒んでも引き金を引かせるのだろう、兄のことばに逆らう糸口がなかった。
「……馬鹿だな、兄さん。僕がどれだけ愛してるか知ってるの?」
「うん、だから雪男に頼むんだ」
わかっているから抱き寄せた腕に抵抗もしないのか。その気になれば容易く撥ね退けられるくせに。
「逃げようって、言ったら?」
「お前には出来ねえよ。人を救いたいんだろ?俺の心と命をやるから、そのために生きろ」
医者になりたいという願いを叶えて。
「後を追うのも赦さない。雪男は小さい頃からの夢を実現して、悪魔を祓うだけじゃなく、沢山の人の生命を救うんだ。ずっと、死ぬまで」
それは遺言で呪いだった。消えようとしているくせ、勝手ばかり述べて。
「愛してたよ、雪男。――もっと一緒に生きたかったな」
促されて箱に詰められた拳銃を握った。
耳元に囁かれた短い節を詠唱しながら、狙いを定める。
誰より酷くて愛しい半身の胸を撃ち抜いた。
絶命した兄の側に膝を突く。
12月26日、午後11時56分――
監獄から解放することはかなわなかった。
燐は、満足しきって弟の唱える致死節を聴いた。
幸せになれなんて思わない。囚われてしまえばいい。己を忘れられないまま、死ぬこともしないままで。
あの夜、サタンが用意した憑依体は雪男だった。家族の容貌で再びの悪夢をぺらぺらしゃべる憎い存在を滅せないと悟り、残された選択肢は自分を殺すこと。 惜しくなかったといえば嘘になるけれど。
『なあ、念のため教えてくれないか?……俺が死んだら困るんだろう』
(てめーには二度と渡さねえよ、雪男の身体は)
ごめんな雪男、きっとお前の心はぐしゃぐしゃだろう。
守れただなんて自己満足に過ぎなくても。
救いのない監獄から。
「何を……言って、る、の」
いつもの己らしくもなく、動揺を隠せず問い返した。
「だから、俺を殺せって」
反芻するまでもなく、理性ではとうに嚥下している。――兄の表情が普段と変わらないのが夢と縋りたい根拠だ。
根が単純なこの兄が、雪男に解読不能な暗号を繰り出している?
夢でなければ疲れが招いた幻覚か。ここの所碌に眠れていなかったから仕方ない。早く現実に、
「目ぇ逸らしたって同じだよ、ばか」
両手で頬を挟まれる。寄せられた手のひらはあたたかく、いま告げられたことばを帳消しにしてしまえるなら嗚呼どんなに。
「さっさとしろ、夜明けまでだ」
兄の悪い癖は変わらない。まだ頷いてもいないのに、勝手に話を進めるのは止めて欲しい。
夏休み明け――
炎をある程度コントロール出来るようになった燐は、候補生の身分にも関わらず大小様々な任務に駆られるようになっていた。忙しいから塾の課題が進まないと 愚痴る様子もどこか楽しげで、事態は目に見えて好転した。仲間たちと打ち解け進んでいく彼の姿に、雪男も留まってはいられないと思った。
自分が行動するきっかけには常に兄が関わっている。一人で守ると息巻くのではなく、共に生きるために強く在ろうと、固まっていた雪男の視界を広げてくれ たのも。
『俺は、お前なしでここまで生きてこられたわけじゃねーし』
これからだって離さないと、強い光を宿した双眸で伝えてきたのは、では偽りだったのか。
クリスマスパーティーが終わり、塾生たちにも正月休暇が与えられた今朝の様子では、帰省する勝呂たちと楽しげに笑い合っていたのに。
「納得がいく説明をしてくれ、兄さん」
「サタンが来る」
簡潔極まりない理由に、心臓が縮むどころか抉られた。
「パーティーの晩、サタンの憑依体に呼び出されたんだよ。あいつ、俺の大事な奴の身体乗っ取りやがった。憑依されてる間の意識もない、こんなことだって出 来るんだぞ、って」
紛れもない脅しだ。仲間の命を盾に応じさせたということか。――神父の二の舞にはさせたくないだろう?などと。
「誕生日の記念に、俺を覚醒させる気だとよ。物質界は魅力的なんだろうな。……反論の余地はなかったよ」
咄嗟に燐は考えたのだ。サタンの目論見を阻むには、少しでも情報を得なければ。
悪魔に組した演技は一世一代だった。
「結局、兄さんを使ってこっちに乗りこんでくるつもりなんだろう!?そんなのどうやって、」
「遮るなっつの。……従うふりをして、万一の時防御するからってことで聞き出したんだ」
燐は、まるで他人事のように淡々と語る。
いつかの自分みたいだと雪男は思った。
「俺を殺す、方法を」
そうすれば脅威はひとまず去るから。覚悟なんかとうに固めていた。最初に兄に告げたのは雪男だ。
(いっそ死んでくれ、なんて、言わなければ良かった)
これは悪夢だ。誰か水でも掛けてくれ。
「メフィストや塾の仲間には伝えた。……お前が最後、そして実行者だ。わりぃな、背負わせちまって」
致死節と毒をこめた弾丸の併用。どれほどの苦しみをもたらすのか。泣いても拒んでも引き金を引かせるのだろう、兄のことばに逆らう糸口がなかった。
「……馬鹿だな、兄さん。僕がどれだけ愛してるか知ってるの?」
「うん、だから雪男に頼むんだ」
わかっているから抱き寄せた腕に抵抗もしないのか。その気になれば容易く撥ね退けられるくせに。
「逃げようって、言ったら?」
「お前には出来ねえよ。人を救いたいんだろ?俺の心と命をやるから、そのために生きろ」
医者になりたいという願いを叶えて。
「後を追うのも赦さない。雪男は小さい頃からの夢を実現して、悪魔を祓うだけじゃなく、沢山の人の生命を救うんだ。ずっと、死ぬまで」
それは遺言で呪いだった。消えようとしているくせ、勝手ばかり述べて。
「愛してたよ、雪男。――もっと一緒に生きたかったな」
促されて箱に詰められた拳銃を握った。
耳元に囁かれた短い節を詠唱しながら、狙いを定める。
誰より酷くて愛しい半身の胸を撃ち抜いた。
絶命した兄の側に膝を突く。
12月26日、午後11時56分――
監獄から解放することはかなわなかった。
燐は、満足しきって弟の唱える致死節を聴いた。
幸せになれなんて思わない。囚われてしまえばいい。己を忘れられないまま、死ぬこともしないままで。
あの夜、サタンが用意した憑依体は雪男だった。家族の容貌で再びの悪夢をぺらぺらしゃべる憎い存在を滅せないと悟り、残された選択肢は自分を殺すこと。 惜しくなかったといえば嘘になるけれど。
『なあ、念のため教えてくれないか?……俺が死んだら困るんだろう』
(てめーには二度と渡さねえよ、雪男の身体は)
ごめんな雪男、きっとお前の心はぐしゃぐしゃだろう。
守れただなんて自己満足に過ぎなくても。
PR
COMMENT