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つむぎとうか

   
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御褒美
高等部はどんな感じなんでしょう。

 瞬きひとつ出来ず、志摩は先程から固まっている。
 同性とはいえ、気になる相手と二人きり。薄暗い教室。お互い、真剣な面持ちで見つめ合っている。
 ただし微塵もときめかないのは、普段の適当さがこの状況を引き起こしたといえるからだ。



 塾の後、折り入って話があると言われて、着席しつつ待っていた志摩に突きつけられたものは。
「……中間テストの、結果?」
 どうして、高校の方の個人情報が雪男の掌中にあるのか。
「不正入手じゃありません、預かったんですよ、大事にしないとダメでしょう」
 種を明かせば簡単。昼休みに教科担当に課題を提出しに行った雪男が、帰りにふと陳列してある忘れ物コーナーに視線を奪われた。見覚えのある文字がそこに あったからだ。
 正十字学園では、紛失物が手元に戻ってくる確率は結構高い。持ち物に記名しておくという校則をある程度まで守っている生徒が大半で、またそういう生徒は 拾ったら律儀に届けるため。
 定期試験の答案が出揃ったら配布される、二つ折りの成績表。廊下に落ちていたといっても中身はそうそう覗かれはしないが、目の前で読めない微笑を頬に刻 む雪男が渡す前に見た可能性は――
(いや、真面目そうな人やしありえへんわ)
 自分なら下世話な好奇心を抱いてしまいそうだけど。
「志摩君、塾の成績はそこまで酷くないのに……」
「や、やっぱりあきませんやろか!?」
 わざとらしくハア、と溜め息を吐いた雪男に、志摩は思わず縋るような視線を向けた。
 知られたという怒りよりも、新入生代表を務める程の優等生に呆れられるくらいの成績だったのか。もしかして馬鹿扱いしていた四兄の金造よりもマズイのだ ろうか。
「うーん。特に、数学の」
「あ、赤点はやっぱ不味かったん?」
 椅子から立ち上がり、青ざめた顔色で問えば、確信犯めいた笑み。まるで悪戯が成功した子どもみたいな。
 まさか。
「か、鎌掛けはったんですかっ!?」
「うん、鈍くはないようだね」
 ――前、兄さんと話してる時、志摩君理系科目が苦手って言ってたでしょう?
 志摩はがくりと膝を折った。どうでもいい話までよく憶えている。
「まさか赤点までとは思わなかったけど」
 僕が盗み見るわけないだろう、と。言外に高圧感を滲ませて。食えない人だ。
「せやかて、塾で手いっぱいやったし。初めての試験で勝手わからへんくて」
 ぼそりと呟くそれは、言い訳に過ぎない。生徒でありながら教壇に立ち、且つ任務もこなしている現役祓魔師。
 自分の何倍も多忙だろう雪男を前に、開き直れるほど厚顔ではない。
「なら、期末はもうちょっと頑張ろうか? 追試や補習で塾に出られない日が重なったら、志摩君が困るんだから」
「面目ない。次は気いつけます」
 項垂れる志摩。こう素直に出られると雪男は弱い。
 宥めるように目線を下げれば、甘えを含んだ眼差しとぶつかった。切り替えの早いことで。
「せやから、時間あるときに勉強教えてくれませんか?」



 志摩は浮かれ通しだった。
 放課後に塾があるのに、昼休みには待ちきれなくてどうにも敷居の高い特進科クラスへ飛び込んだ。雪男は女子に囲まれて、美味しそうな弁当を広げていた。 挨拶もそこそこに、返却されたばかりの答案を、誇らしげに掲げる。
 いつもなら放っておかない女の子たちには目もくれずに、息を切らして。
「せんせーっ、見て見て! 平均点越えたで!」
 眼鏡の奥の双眸が柔らかく細められる。
「ここでは生徒同士、だよ」
「勉強教えてくれたんやから先生でええやろ? 久しぶりやで、こんな感激…っ」

 大袈裟だな、と雪男は苦笑した。ほんの少し試験勉強の手伝いをしただけなのに。
「がんばったね、志摩君。えらい」
「やりましたで! あの、それで」
「えーっと、本当にこんなのでいいの?」
 生徒のやる気を引き出すには飴と鞭。間違えた所は厳しく指導した代わり、点数がアップしたらある物を渡すと約束を交わしていた。集中し始めたら理解も早 い志摩は、まずクリアするだろうと踏んでいたが。
 引き出しからペンケースを開いて、壊れて使えないシャープペンシルを差しだす。
「どうぞ、昔使ってた文房具。役には立たないけど」
「おおきに!」
 心から嬉しそうに、恭しく掴んで、志摩はそれを胸ポケットにしまった。
 
 これ持ってたらまた頑張れる気ぃ、します。



「なあ先生、今度のテストも教えてくれはる?」
「……いいよ。次は何が欲しい?」
「褒美目当てとちゃうで、と言いたいとこやけど。休みの日に参考書選ぶの付き合ってー」
「そうだね、僕も色々見たいから」
「で、ついでにお昼食べて、映画観て、ゲーセンぶらつきましょ!」
「ただ遊びたいだけじゃないですか」
(好きなひとと一緒に居りたいんは当たり前やろ?)

 試験勉強にかこつけて、デートの予約をとりつけるちゃっかり者がひとり。
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