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つむぎとうか

   
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foolish
やまもおちもいみもない

 日曜日。昼下がりが夕暮れに移ってゆく時間帯。
 朝からの休日出勤をこなし、任務を終えて寮に帰った雪男が見たものは、兄の燐と京都出身の三人の教え子たちがトランプに興じる光景だった。
 修道院や寺育ちで、おまけに裕福な環境ではなかったので、全員、娯楽といえばカードゲームくらいしか知らない。ババ抜きからブラックジャックまで、様々な遊び方に通じていた。
 なので、雨の日などに集まっては五十四枚の札を持ち出すことになった。たとえば、暗記力がものを言う神経衰弱は、勝呂や子猫丸の独壇場だったし、運が要るとなれば燐が、駆け引きが鍵となるゲームでは志摩が強さを発揮した。
 雪男はわりとオールマイティに勝てるタイプだが、今日は四人でやけに真剣そうな表情で大富豪をしていた。志摩と子猫丸は既に上がっており、残ったのは勝呂と燐だ。
「ちくしょー、パス」
「よっしゃ、俺上がったわ」
 負けが確定した瞬間、ぐおおお、と頭を抱えて唸り出した燐は、しばらく経ってようやく呆れ顔の弟に気づいた。
「おかえり、雪男。そしてすまない」
「はあ?」
 開口一番に謝らなければいけないことをしたのか。眉を顰めた雪男に、燐は説明すべく深呼吸をしたが、志摩に横入りされてしまった。どうやら彼が勝ったらしい。
「なあ奥村君、男に二言はないんやったな?」
 いかに悪だくみをしていそうな志摩、気の毒そうな視線を向けてくるのは子猫丸だ。
 おかしい、どうも雪男が同情されている気がする。トランプに敗北したのは兄なのに。
「どういうことだよ。わかりやすく説明して」
 雪男はだんだん苛々してきた。自分を除いた四人だけで話が通じているのに疎外感を味わう。面白くない。
 燐がぼそぼそと何かを呟いた。許さん、とか聞こえたような。
「先生、やなかった。雪男っ!俺のことをお兄ちゃんって呼んだってや!!」
 志摩は満面の笑顔で両腕を広げた。
 彼とは一応恋人の間柄だが、二人きりでもないのに飛び込めるか。呆れ顔で額を小突いた。

 つまりは、賭け事をしていたらしい。
 金を持っている者などいないので、敗者が勝者の命令を聞く、という王様ゲームみたいなものだった。
 だからといって、無断で兄弟関係を売買するだなんてあんまりだ。勝呂や子猫丸は制止してくれたらしいが、雪男のこととなると引かない二人に押し切られたのだそうで。
 燐と志摩は仲が悪くはなく、普段は砕けた話で盛り上がれる友人同士だが、雪男と付き合うことに関しては断固反対の構えを見せている。
 いい奴だけどかっこ悪いエロ魔神なんかに弟をやれるか、とにべもない。志摩から引き剥がす作戦ばかりを展開しており、対抗して志摩も暇さえあれば燐を出し抜き雪男といちゃつこうとする。どちらも意地を張っているのだ。
 板挟みとなった当初は、雪男も兄と恋人の仲介をしようと試みたのだが、ここ最近は放置気味だ。
「それにしても、志摩君を兄と思え、だって?誕生日で考えたら間違いでもないけど、無理だってば」
「だよなっ、頼れる兄貴は俺しかいねえよな!?」
 瞳を輝かせる燐には悪いけれども首を振る。
「僕の意見も聞かないで兄貴面とかふざけるな馬鹿兄」
 もういっそ今日だけ一人っ子の気分に浸りたいよ、と半分本心で告げれば、勝呂と子猫丸は複雑そうだった。……まあ、一人っ子も悩みは尽きないのだろう。
「俺、末息子でいっつも兄貴たちが羨ましかったんや。いっぺんくらいお兄ちゃんって呼ばれたい!」
「おい志摩、お前どこの駄々っ子や」
 勝呂にぴしゃりとはたかれ、志摩は未練たらしく雪男の手を握った。口説く時のようにじっと瞳をのぞきこむ。
「……半日だけでも。あきません?」
「こら、どさくさに紛れて接触すんなっ!」
 しっし、と追い払う仕草で燐は雪男を奪還する。兄の腕からもするりと抜けて、雪男は窓際に立った。
 奥村君ひどいわ、俺病原菌みたいやん、と、泣き真似を繰り広げる志摩は、そして燐は気づいているだろうか。
 夕陽の射しこむ窓にわざわざ染まりに行ったのは、紅潮した頬を隠すためだと。



 折角集まったのだからと、皆の財布を出し合い、スーパーへ材料調達に赴いた。焼き物が良いだの、合宿時のカレーをまた食べたい、だのと。メニューを決めるにのもひと悶着だ。
 賑やかな夕飯の後、燐は溜まった課題を片付けるべく、教材を持って新館男子寮に赴いた。食事の礼に手伝ってくれると言う勝呂と子猫丸に感謝しながら、雪男は志摩と並んで食器の後片付けを引き受けた。
「めっちゃ美味かったなあ、奥村君の焼きそば」
「唯一の生産的な特技だからね」
 自分が褒められたかのように誇らしげな表情。落ち着き払った調子の声が、兄の話題となると途端に弾む。
 雪男にとって燐は欠かせない存在なのだと、気づいた直後の志摩は焦燥に駆られたりもした。意識してから何度も告白して、ようやく応えてくれた人なのだ。不安はなかなか消えなかった。
 けれど、雪男は燐に対するのとは異なる意味で志摩を想ってくれている。ようやく自信が持ててきたのはつい最近のこと。
『俺が勝って、奥村君が最下位やったら、立場交換して?』
 少し前なら、冗談を装いつつ、かなり本気で望んでいたかもしれないが、今は違う。志摩はただ、
「甘やかしたかっただけなんや、ほんまは」
 洗剤を濯ぎ終え、蛇口を閉めながら。皿を拭くことに専念している、無防備な耳朶に息を落とすように囁く。不意打ちに、雪男の手が一瞬だけ止まった。
「……良いけど、残り全部拭いてからね」
「よしよし、綺麗に出来たら兄ちゃんが頭撫でたるで」
 得意げに兄貴面をする志摩がおかしくて、雪男は噴き出した。
「似合わないって。どう考えても末っ子オーラ全開だよ」
「そんなん、雪男かて弟仲間やん!」
 どさくさに紛れて完全ホールドされている。燐が目撃したら確実に怒り狂うだろうが、雪男はそれほど嫌ではない。
 名前で呼ばれるのにも慣れたし、抱きしめられたら腕を回すし、充分甘えているのに。
 それでは足りないのだろうか。
「何だかんだで、兄貴ら甘やかすん上手いし。俺もやりたい」
 不浄王事件の後始末で、京都に滞在している間。
 柔造はともかく、金造も候補生たちの世話を良く焼いてくれた。彼らと共にいると、恋人が年相応に見えることに衝撃を受けた。
 志摩の前では、雪男はいかにも落ち着いた態度を崩さないのに――

「柔造さんも金造さんも、年が離れてるんだからそりゃ頼れるよ」
 雪男は苦笑した。
 五つも十も離れた実兄たちに嫉妬してしまう所が幼いのだが、指摘したらさらに凹むのだろうか。
 柔造と金造は信頼出来る祓魔師仲間だし、燐には遠慮する必要なんてない。彼らとは別の意味で志摩にしか見せない顔があるのに。
 恋人なのだから気づいて欲しいと思う。
「でも、僕が選んだのは君だし」
 食器は全部拭き終わった。
 さっき驚かされた仕返しとばかりに、耳元に唇を寄せれば、すかさず振り向かれて顎を固定される。
 結局キスするのか。……頭を撫でるとか言っていたくせに。
「せやかて、こない可愛い顔されたら」
 撫でるくらいじゃ足りへん、などと、吐息のかかる近距離で囁かれたら、不本意ながらどきどきしてしまうわけで。
 
 傍から見るとくだらないんだろうな、とはわかっているけれど。
 触れたい気持ちが勝るのだから、まあいいか。馬鹿になっても。
(君といる時くらいは)
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