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つむぎとうか

   
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遠くまで 2
捏造度高めその2

 その人に会う時、雪男はやたらと泣いてばかりいた。
 彼のせいではなく、涙腺が緩むタイミングに不思議と遭遇するのだった。幼い頃はいじめられて簡単にぽろぽろ泣かされた雪男も、やがては兄の手助けすら拒むようになり、心を頑丈にしてきたつもりだったのに。
 いつも、まるで見計らったみたいに現れる。
 これでは、夜にとって自分は“常にメソメソしてるガキ”のままなのではなかろうか。
『いいんだよ、俺の前で虚勢張られるよりずっと安心するしな』
 初めて逢った晩と変わらない手つきで優しく頭を撫でられ、嬉しい反面歯痒くもある。雪男はもう中学生で、身長差だってほとんど埋まったのに。
(僕はもう、情けない子どもじゃないんだけど)
 次の時には言ってみようか。……笑い飛ばされそうな気がする。
 馬鹿にされたみたいでむっとするけれど、雪男に対してだけではない。
 夜はほとんどの人に同じような態度をとる。いちど彼が祓魔塾へ来たことがあったけれど、年配の教員に「先輩」と呼ばれており、不思議と違和感がなかった。
 見た目に騙されてはいけない。人間に換算すれば、夜は隠居どころか天に召されてもおかしくない年数を祓魔師として過ごしてきた。
 おそらくこれからもずっと、永い時を重ねていくのだ。若者の姿のままで。



 彼の背中を追い、いつの間にか彼より老いていった祓魔師たちは沢山いる。
 雪男だって似たようなものだ。訓練を始める時期が早かったから、他の人より多少は長く共に居られる。それだってほんとうに僅かな分だけ。
 孤独な存在なのだ、悪魔を倒す悪魔というものは。
 あの晩、遭遇した夜は寂しそうだった。そのくせ初対面の子どもを修道院に送り届ける律儀さがいかにも彼らしい。
 夜の顔を見た雪男は驚いた。――双子の自分より兄に似ている。
 慣れない訓練に失敗続きで気が立っていたから、悪魔が成長した兄に化けたのかと思った。
 幼いとはいえ悪魔を倒す祓魔師になると決めたのだから、戦おうと銃を構えた。けれど恐怖の方が強かった。
 涙で濡らした頬で見上げると、彼は雪男と目線を合わせるためにひょいっとしゃがんだ。
 そして、人懐こい笑みを浮かべたのだった。
『家はどこだ、迷子。お兄さんが責任持って連れ帰ってやろう』

 どんなせきにんですか、と突っ込んだが無視された。あげくひょいと抱えられ、さー行くぞ、と囁かれた。まだ家の方向も告げていないのに。
『おろしてください歩けます』
『やだね、チビは目離すとすぐいなくなるだろ』
 見た目だけじゃなく中身まで兄みたいな人だ。
『すぐそこなので。あっちにある……南十字修道院、です』
 住所を伝えると、彼は目を丸くした。
『え? お前、獅郎ん所の子!?』
『とうさんの知り合いですか?』
 お互い名乗ってもいないことにようやく気がついた。

 修道院の玄関先で。
 獅郎は真っ先に雪男に駆け寄り無事を喜んだが、同行者が夜だとわかると複雑そうな顔をした。
『――あんたほどの祓魔師が、何だってこんな場所まで?』
『ただの休暇だよ。知人が亡くなったんで葬儀にな』
 肩を竦めて見せた夜に、それでも獅郎は警戒心を解かなかった。
『雪男を帰してくれたのは感謝するが、燐に用はねぇよな?』
『ないよ、ちょっとは信用しろ』

 眠気で限界だった雪男の意識はそこで途切れた。

 朝、目覚めると夜中の来訪者は跡形もなかった。
「おはよう。とうさん、よるさんは?」
「オハヨウ。あの人なら仕事があるからってもう帰ったぞ?」
 触れられたくないとばかりに早口になった。
「それより、燐も起こしてくれ。当番じゃない日だからって寝坊はいかん」
「うん、わかった。――ねえ、よるさんと兄さんって似てるね」
 困らせるつもりはなかったのに、養父はひどくうろたえていた。



 それから塾に通い出した雪男は、夜の正体と兄の出生を聞いて、ようやく獅郎の浮かぬ顔の理由を推察できた。
 出会いは偶然でも、知り合って関わりを持たれたら厄介だったのだろう。特に燐とは絶対に顔を合わさぬようにと、各方面から釘を刺されていた、らしい。
 雪男と会うのは制限されていなかったので、夜はたまに構いに来ては、獅郎にば見つかる前に退散した。
 兄や養父とは違う意味で、雪男は夜を尊敬した。彼の前では泣いてばかりの、己を恥じた。
『何言ってんだ、お前は充分強くなっただろ?』
(いいえ、まだまだあなたには遠い)
 最年少で祓魔師となり、任務に赴いても、焦りは消えなかった。

 夜の傍で最後に涙を零したのは、獅郎が亡くなった直後。
 冷たい雨が降っていた。
 大切な人を喪った悲しみに、縋らずにはいられなかったのだ――
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