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つむぎとうか

   
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降って湧いた幸運
高2の秋

 私立正十字学園高等部の修学旅行は、二学期にある。行き先はイタリアとヴァチカン。一般生徒はそれなりに楽しみにしているようだが、祓魔塾生にとっては、正直あまりありがたみがない。
 祓魔師として働くなら将来何度も訪れるであろう場所である。旅費を積み立ててまで参加する必要性が見いだせない。
 よって、塾生には入学時点で選択肢が与えられていた。積み立てをするか否か。
 奥村兄弟と、京都出身の三人は揃って倹約指向であった。宝もつまらなそうに不参加を申し立てた。よってこの先一週間は、友人である朴と共に観光を約束していた出雲を除いて、全員が残って塾で過ごすこととなる。
 とはいえ、本来は旅行期間なので、講師陣もきつい課題は出さないでくれるのだという。

 高等部の授業に費やす時間を任務に充てられて、雪男も少しだけ余裕が出来た。といっても、どうせ予定で埋めてしまうのだろうが。
 祓魔知識の心許ない兄に教えたいことは山積みだし、期末試験対策も講じなければならない。自らのことを二の次三の次としても、やるべきことはいくらでも思い浮かんでくる。大変だが、兄のことで頭を悩ませるのは、雪男にとって少しも苦ではなかった。
 おそらく、燐が毎日の食事メニューを考えることと似ているのだろう。大切な相手のためにあれこれすることは楽しい。
 もしかしたら、普段よりゆっくりと食卓を囲めるかもしれない――雪男は、クラスメイトとはちがう意味で修学旅行を心待ちにしていた。



 それなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
 空港、である。雪男がぽつんと佇むこのロビーには、ついさっきまで、正十字の制服を着た一団が集まっていた。遅延事故もなく、彼らは無事搭乗した。今頃は上空だろう。
 問題は、その中に兄も含まれている、ということなのだ。

 事の発端は、一通のメールだった。昨晩、燐の携帯に見覚えのないアドレスから届いたものだ。
 謎の差出人はアドレス変更した出雲だと名乗っていた。空港まで見送りに来て欲しいのだ、と。彼女とのやりとりは雪男も事務連絡くらいしかしたことがないが、簡素な文面に燐は特に疑いを抱かなかったらしい。
 兄はそんなに彼女と仲良かっただろうか、と首を傾げたが、朴とも久しぶりだ、と既に行く気満々の嬉しそうな顔に何も言わないでおいた。
 このときもう少し考えていたらわかっていたかもしれない。

 自分の教え子でもあるから、と、兄に同行して空港に到着したら、出雲と朴は戸惑いながら首を振った。そんなメールを送った覚えはない、と。アドレス変更などしていないのだそうだ。
 ……つまりは、嵌められた。
 どこからか現れたメフィストが、ほとんど手ぶらの燐を拉致って生徒たちの最後尾につけた時ようやくわかった。彼は燐を本部に連れて行きたかったらしい。
『聖騎士がね、奥村君との手合わせを望まれたのですよ。部下としては連れて行くしかないでしょう?』
『そんなの、鍵を使えば一瞬でしょうが』
『奥村先生はどうにも性急でいけませんねぇ。旅の情緒、というのを味わわせて差し上げようかと』
『事前に何の連絡もしない時点で面白がってただけでしょう!』
 とにかく、奥村君の身柄は預かります、とさながら誘拐犯のように囁いて、メフィストは優雅に燐を引きずって行った。雪男としても上司命令なら逆らいにくい。
『折角ですから、フリータイムがあれば心ゆくまで観光していただきましょう! それでは奥村先生、お留守番頼みましたよ』
 納得出来るかと問われれば出来るわけがなかったが、とりあえず経費は本部から出るだろう、と踏んだ雪男は抵抗を諦めた。家計に響かないならまあ許容範囲内だ。
『おい助けろよ雪男っ! あの聖騎士、絶対俺をいたぶる気だぞ!?』
『修行だと思えば乗り切れるんじゃない? 兄さん、お土産は海産物にしてね』
 ぎゃー殺される、などと訴える燐だが、下級ながら資格持ちの祓魔師なのだから命を奪われるまではいかないだろう。
 認定試験をなんとかくぐり抜けた燐には、生かしておく、という最低限の保証がされていた。本当に危ないなら、雪男だってこんな呑気にしてはいない。

 かくして、二人で使用していた旧館には現在雪男だけ、という状況が出来上がった。
 一人減った途端に広く感じる。修道院では常に誰かしらいたし、燐が同席しないまま食事、というのは滅多にないことだった。
 テーブルに並べたものは、スーパーで買ってきた出来合いの惣菜である。買い物するのも初めてで、勝手がわからず量が多くなってしまった。食べ切れるだろうか。
「水臭いなあ。そこで俺の出番、やないですか」
 窓の外から声がした。聞き間違いだろうかと、椅子を離れて寄っていくと。
「志摩君、一般寮は食事の時間でしょう。何やってるんですか」
「それが先生、俺の夕飯あらへんのです」
「……は?」

 志摩は仕送りで生活している身である。末っ子だから卒業生の兄たちの意見を参考に、常に必要なだけの送金を受けていた。ちょっとでも使い方を誤ると足りなくなる。
 それなのに、つい食費にとっておいた分を趣味にまわしてしまったのだという。
「馬鹿ですか」
「関西の人間に馬鹿言うたらあきませんて」
 じゃあ阿呆、と言い直して腕を伸ばす。額を小突くと、とりあえず玄関上げてもろてええですか、と言われたので鍵を開けに行った。テーブルを挟んで、改めて向かい合う。
「先生に折り入ってお願いがあります」
 神妙な調子で頭を下げられ、面倒事の予感に雪男は身構えた。
「奥村君がおらへん間、簡単な料理やったら作りますから! どうか俺をこの寮に置いたってくださいっ!!」

 雪男が察した通り、志摩は己の無駄遣いを幼馴染二人には必死で隠しているらしい。ばれたらタッグを組んで説教されるからだ。
 心情的には勝呂や子猫丸に味方したかったが、料理、の言葉にぐらりと揺れた。
 雪男は家事がからっきしダメだった。燐には到底及ばないとしても、志摩の作ったものは自作よりは幾分ましだろう。
 が、気取られたらこちらに有利にことを運べない。あくまで渋々受け入れる、というポーズを保たなければ。
「仕方、ないですね」

 志摩がにやりと笑ったのを、幸か不幸か見逃してしまった雪男だった。
 燐が不在という絶好のチャンスを見逃せるわけがない。一週間もあるのだから、これを機会に親しくなろう――そんな下心を志摩が抱いていることを知ったら、銃口を突きつけられ帰されたかもしれないが、どうやら運は志摩に味方してくれたようだ。

 両者の思惑が渦巻いて、旧男子寮の夜は更けてゆく。
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