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つむぎとうか

   
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遠くまで 1
捏造度高め

その子どもに出会ったのは、最中の告別式が終わった直後のことだ。

 寒さの厳しい晩だった。
 故人に別れを、と、弔問客は朝から夕方まで絶えることなく訪れ、夜はそれを遠くから見届けた。
 彼女の夫は既に他界しているが、子供や孫、教えを受け継いだ弟子たちに支えられて、花と笑顔に彩られた生涯であった。
 最中は人としての天寿を全うしたのだ。
 この上なく幸せであったろうに、彼女が時折どうしようもない寂しさを浮かべていたことを、夜は聞き知っている。だからといって成す術などなかった。
 夜が最中と直接言葉を交わしたのは一度きりだ。彼女を蝕んでいた悪魔を退治し、念願を果たした後は二度と姿を表さないと決めていた。それでも人伝てに消息を探ってしまう。
 おかげで夜は関わりのない華道家たちの騒動を細部まで把握していた。

 一体の悪魔が消滅した、あの事件の後。
  華道会長であった織部に異常が兆したことで、最中も家元の座を問われるほどの騒動が巻き起こったこと。彼女のこれまでの実績と生花への情熱が認められ、閉 鎖的であった華道界を、身近に感じてもらうべく布教活動を怠らなかったこと。周囲も少しずつ最中の願いに賛同するようになっていったこと。
 やがて彼女は長年支えてくれた弟子の青年と連れ添う道を選んだ。怜悧な眼差しはどこか夜に似通っていた。
 未練がましいことだ。
 印象深い事件だったとはいえ、最中は名も告げず去った祓魔師の面影など忘れてしまったろう。友達の“夜”のことをいつまでも大事な思い出として覚えていてくれる、そのことが何より嬉しかったはずなのに。

 自嘲とも感傷ともつかぬ吐息を洩らす。ぼんやりと彷徨っていたせいで、深山鶯邸から随分遠くまで来てしまったようだ。
(此処はどこだ)
 こうした時、夜は自分が人間なのか悪魔なのかわからなくなる。土地勘もないのに鍛え上げた体力でどこまでも歩けてしまえるものだから、散歩のつもりがとんでもない場所にたどり着いてしまうことがしばしばだ。
 生身だから空腹感はあるものの、常人の欲求よりはるかに鈍い。
 そんな彼が足を止めたのは疲れのせいではなく、啜り泣く幼い声が聞こえたからだった。

 夜の耳はかなり小さな音でも拾う。無論興味のないものは遮断するので、どうにも無視できない種類の音だったらしい。
 辺りはしんとしており、悲痛な響きが余計に気に掛かる。
「……どうした?」
 子どもというものは。どうしてか狭い隙間を見つけては入りたがり、簡単に隠れ遂せてしまうものだ。大人からしたらたまったものではなく、見つけ出すには大変な労力を要する。
 だが、この泣き声はどうだ。かくれんぼがエスカレートした程度の嘆きではない、気がする。
 
 がさりと、植え込みで何者かが動いた。
 十中八九、子どもだとは踏んでいた。遊びが長引いて帰れなくなったのだろうと。腕時計は日付け変更まで秒読みを示していたが、夢中になり時間を忘れたというところだろう。
 予想していなかった。
 まだあどけない子どもが、涙に塗れた瞳で手つきで銃を構えているだなんて。

 それが、夜と奥村雪男との初めての顔合わせだった。
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