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つむぎとうか

   
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逡巡
志摩→雪

「気に入りませんか」
 眼鏡の縁を持ち上げて、雪男は顔をしかめる。
 美形の不機嫌な表情には迫力があるものだ。が、怯んだって何も得られないのだから、志摩も退いたりしなかった。
「ええ、ちっとも」
 飄々と笑んで、本心を掴ませない。
 この対処法で誤魔化せないのは家族と幼馴染たちくらいのもので、出会って半年足らずの彼に見抜かれてなるものか。それほど興味もないのか、雪男は差し出した腕を引っ込めた。
「じゃあ、これどうしたらいいんです」
 それを志摩に聞くなんて底意地が悪い。それとも極端に鈍いのか――どちらにせよ厄介な性質には変わりがない。
 行き場をなくし宙を舞ったのは、丁寧に包装されたカップケーキだ。
 調理実習で作られたものだという。特進科にそういったカリキュラムはなく、普通科の女生徒がわざわざ持って来てくれたものなのだ。
 といって、雪男はくれた相手と親しいわけでもない。要するにただのファンだ。
 凝ったラッピングは無理だったのだろうが、さりげなく結ばれたリボンといい、きれいについた焼き目といい。相当に気合を入れて準備したのであろうことが察せられた。
 志摩が何度も夢想した、“女の子の手作り”。
 それを、雪男はいとも簡単に手放そうとする。甘い物は苦手だから、突き返すのもしのびなくて、放課後まで鞄に忍ばせていたのだそうだが、良かったら食べてくれ、だなんて。
 よくもまあ、ぬけぬけと。
 
 秋の日が暮れるのは早い。緩やかな気温低下に油断していると、冬はすぐそこにまで迫っている。
 塾の講義を全て終えた後の、夕方というにはいささか遅い時間帯だ。
 陽が沈み陰の落ちた教室に、佇むのは二人。他の生徒は皆、とうに帰った。提出課題を忘れてしまい、志摩だけが居残りを命じられた結果である。
 雪男にとっては迷惑だろう。本来なら寮の自室に戻って食事にありついている時刻なのだから。
 早く片付けてくれないと帰れない、と脅かされつつ、ようやく全てのプリントをやっつけ、現在添削を受けている最中だ。
 教卓前の最前列を指定され、いつもよりずっと距離は近い。
 ペンを走らせる音を聞くだけの沈黙が気まずくて、腹減りましたねー、などと当たり障りなく話しかけたら、雪男がごそごそとカップケーキを取り出した、というわけだ。気に入るかどうかと問われ、気に入るわけがないだろうと毒づいた。
 これが飴とかガムとか、市販の菓子類だったならきっと素直に喜べたのに。
「先生の手作りやったら喜んでもらうんやけどね」
「生憎、料理は兄の領分なもので」
 採点済みのプリントを手渡しながら、見当はずれなことを言う。志摩は立ち上がり身を乗り出した。
「ええですか、これは女の子が先生のために、って心こめて作った物です。簡単に人にあげようとなんてしたらあかん。ちょっとくらい苦手でもいただくんがマナーや」
「僕は欲しいなんて思ってませんでした。なら、ちょうど小腹が空いている志摩君に食べてもらった方が良い気がして」
「絶対あかん。差し入れなんて、大抵の男子生徒は感激してありがたく食すもんやのに、罰が当たっても知りませんで」
 こうなればただの意地の張り合いで、埒が明かない。自分が女子に対して少々憧れが強いのを自覚している志摩に対し、雪男は呆れるほどに無頓着だ。
「――じゃあ、こうしましょうか」
 ぽん、と手を打って、雪男はしまいかねていた袋のリボンを解いた。中身の焼き菓子を取り出して、均等に割る。
「半分こ」
 そうして片割れをこっちに寄越して、授業の時とは違う種類の微笑を浮かべるものだから。
 大人しく受け取って、チョコチップの散りばめられたケーキを咀嚼する。向かい側の彼も同じく。

「……何や、ふつうに食べられるやないですか」
「苦手であって駄目なわけじゃないので」
 すました顔でもぐもぐ口を動かす様子は、普段講師や祓魔師をしている時とはやはりどこか違う。
(それにしても、変わりはったもんやな)
 雪男の滅多に見せない年相応の表情を志摩は気に入っていた。素の姿は決して穏やかでも冷静でもないとわかったら、一気に親近感も湧いた。
 これまで、面倒そうなことは積極的に避けてきた。親や兄の言いつけもあったし、何より自身が巻き込まれたくなかった。勝呂や子猫丸が厄介事に関われば、志摩とて無関係ではいられないのだから。
 なのに、たったふたつの季節を越えただけで、いっそ冗談かと思うほどさまざまな出来事に見舞われた。祓魔師を目指して塾に入ったのだから、少しぐらいの覚悟はあったが。許容量をはるかに超えている。
 ほとんどはクラスメートの燐が魔神の落胤、というのに起因しているけれど、本人は至って前向きな好人物だ。彼自身よりも周囲が問題を大きく広げているのかもしれない。
 ――兄を必死で抑えようとしている雪男も含めて。
 性格だけを見れば、雪男は燐より何十倍も複雑で面倒だ。信じるか否か、それが双子の兄との明確な違いだろう。春に出会った塾生たちを仲間と言い切るのが燐で、雪男は燐以外の他人に心を預けようとしない。
 それが、不浄王の一件を経て、夏休みが終わって、僅かばかりの変化が兆した。
 
 手持ちの菓子を分ける。軽口を叩いたり、こっちが頷かなければ露骨に不機嫌になったりする。取り繕った笑みが取れるのは前は燐が同席する時だけだったのに、自然に頬を綻ばせるようになった。まるで、ごく普通の友人のように。
 取っつきやすくなったのは良いことのはずなのに、苛立っている自分に驚いた。
 志摩に対してだけの変化なら構わない。けれど、他の誰かに同じように接する彼を見るのは嫌だ。
 ……なんて、身勝手な独占欲。 
「食べ終わったなら帰ろうか、途中まで一緒に」
 いそいそとコートを着て教室を出ようとする彼の腕を引っ張って、掴んで縫い止めて、門が閉ざされるまで動けなくしてしまおうか。

「せやね。奥村君も待ってはるやろし、俺も寮の食堂に行かんと」
 志摩はにこやかに頷いた。焼けつきそうな欲望を飲み下して。

 距離が縮まるのは嬉しい。
 けれど、これ以上近づくことが怖い。
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