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つむぎとうか

   
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攻防戦
きっと陥落寸前

 昼休み、中庭、呼び出しの手紙。可愛らしいレースの便箋に、首を傾げるほど鈍感じゃない。
 兄が見たらずりー代われ、とぎゃあぎゃあ喚きそうだ。断る苦労を知らないからそんなことが言えるのだ。
「来てくれてありがとう……あの、好きです、付き合ってくださいっ!」
 勇気を振り絞って告白してくれたのはわかるが、名前も知らない女生徒に同じくらいの誠意を発揮しろと要求されているようで正直重たい。浮かべた微笑が強張る。
「すみません、気持ちは嬉しいですが応えられません」
 泣いてしまった相手に綺麗なハンカチを差し出し、手渡すまでが一連の作業。
 少女は、ありがとう、優しい人ね奥村君は、などと頭を下げて去った。入学以来数えられないくらい似たようなやり取りを重ねてきたが、フラれたけれど素敵な人だった、と善良な女子たちの噂が広まってゆき、また新たな誰かが現れる――きりがないとはこのことだ。
 いつこんな状況に陥ってもいいように、ポケットに予備のハンカチを欠かさない男のどこが“優しい”のか。

「あーあ、学年でも五指に入るキレーな子やったのに」
 モテてよろしーなあ、背後からため息混じりに囁いたのはこういう場面でいちばん会いたくない相手だ。どうしたわけか高確率で遭遇する。
「覗き趣味は感心しません、おまけに品定めですか」
「ま、並んでると先生の方が美人やったけどな!」
 陽も高いのに寝惚けたことをほざくのは志摩だ。学校では同学年だからくだけた接し方をしたいのだが、どうにもペースを乱されて持ってかれる。なので塾に居る時よりも身構えてしまうのだが、志摩は全く気にせず気軽に話し掛けてくれる。
 そのことを、これまで同年代の友人が出来にくかった雪男はひそかに喜んでいたのだが、現在最大級の頭痛の種となっている。
「せやから、何度も言うてますやろ?俺に任せてくれはったらええんや、って」

 ――女の子たちかて、先生には恋人が居るてわかったら、流石に遠慮しはるやろ。

 大好きだと公言してはばからない異性をやんわりと貶める、そんな志摩を見ることになるなんて思わなかった。
「嘘ついてもすぐばれますから」
「本当にしてしまいましょうよ」
 眼だけを鋭く光らせた笑みで、雪男の泳ぐ目線を腕とともに捕らえてしまう彼から逃れられない。
 最初の時は悪ふざけの延長にしか聞こえなかったのに。
「恋人やのうて、先生の盾になるだけでもあかんの」
 それでも俺は構わへんよ、先生女の子たち苦手にしてるやろ?
(何でバレてるんだよ……っ!)
 見抜かれた所で簡単に絆される性格じゃない。
「そんな勝手な真似はしたくありません。はなしてください」

 中庭が絶好の告白スポットとなっている理由。
 人目につきにくい死角で、素直に腕を解放する寸前、掌の上に素早く唇を寄せて。
 抗議の声があがる前に背を翻す。
 はじめから長期戦覚悟の志摩には、少しずつでも雪男に関心を抱かせることができれば充分なのだ。 



 これまで、沢山の“好き”を拒否し続けてきたのに。
 今更素直に頷くことなど難しく、雪男は痛んだ胸に気づかないふりをした。
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