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つむぎとうか

   
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ブラックアウト
10年ほどの未来捏造、死にネタ注意

 勝呂竜士は息を呑んだ。
 夏だというのに暑さを忘れるほど、目の前にいる男に意識をとられていた。祓魔師の職務、次期座主としての勤めを怠ることなく終え、珍しく会いたいと誘ってきた志摩のために呼び出された場所へ向かう。塾を卒業してからは同じ京都出張所勤務だが、互いに忙しいのでゆっくり語らいたいという文面だった。
 メールの時点でもしやと思っていたが、そこは子猫丸も加えた三人で舌も回らない幼い頃によく駈けていた、志摩の兄たちも知らない森の奥だった。
 週末になればまとまった時間がとれるのだが、なるべく早くが良いと言う。勝呂の意志を何だかんだで最優先にしてきた志摩がどうしてもと食い下がったのが意外だった。が、実際に会えば彼の異変は一目瞭然だった。
 暗がりでもはっきりわかる土気色の顔。直ぐ上の金造が、アイツとうとう頭沸いたみたいですわ、と首を傾げていたのを思い出した。……例年6月にもなればTシャツを日替わりで見せびらかすほどコレクションしていたくせに、肌を出す格好を避けているようだと。
 蒸すばかりの京都の気候に、長袖、しかもタートルネックのシャツ。汗掻きの筈なのに拭うべき水滴は流れておらず、まるで季節に置き去りにされたかのようだ。
「坊、こんばんわ。お久しゅう、」
「何ふらふらしとるんや――袖、捲るぞ」
 志摩は眉を顰め身を捩ったが、挨拶さえ掠れ声の状態では抵抗にならなかった。顕わになった二の腕に絶句する。
 魔障。それもかなり広範囲にわたる。
 医工騎士ではないが勉強熱心な勝呂は知っていた。特徴的な禍々しい模様がもたらす症状の数々を。
「手遅れです、わかるでしょ?苦労したんですよ、今日まで隠し通すの」
 職場にも家族にも見破られないように。服装は露出しないようにして、顔色は姉たちの化粧道具を拝借して。いまこの瞬間も立っているだけで相当な疲労を招いているだろうに、堰を切ったように喋りだす。
「こんなになるまでどうして言わへんかった!」
「治療法も見つかってないのに、その場しのぎの延命措置でどれだけ保ちます?坊はご存じでしょ、俺は明陀のためならぜんぶ捧げるっちゅー覚悟はない。祓魔師になったんかてなりゆきやし、仕事は楽しいけど命駆ける気概もない。……そんな俺でも、たった一つ執着してるもんがある」

 勝呂竜士、あんたや。

「血統とか抜きにして、側に居れるんやったら幸せやった。好きです、これまで付き合ったどの女の子よりも。こんな日々がずっと続けばいいと思ってた」

 卒塾して京都に戻った年から、跡取りだからと山と持ちこまれた縁談。慣れるまでは仕事に励みたいからと、律儀に一件一件断っていった勝呂。どんなに嬉しかったかしれない。
 志摩は僧正家といっても五男坊だったから、本来そうした内情を知らされはしない。友人だからと打ち明けてくれたのだ。
『はぁ、羨ましいなあ。写真だけでも見てみはったら、好みの美人が微笑んではるかもしれませんえ?』
『いつかは考えなあかんけど、まだええやろ。志摩、お前こそちゃんと恋人と上手くいっとるんか』
『あー、任務を二、三回優先したら捨てられましたわ』
 またええ子と出会いたいなあ、とへらへら笑う志摩に、勝呂はお前女運あるように見えて恵まれとらんな、とからかった。告白はいつも女の子からで、彼が積極的になるのは仕事と勝呂絡みの時だけだった。
 振られるのは少しも痛くなかった。付き合っても薄い関心しか抱いていなかったから長続きしなかったのだろう。

「そやけど、坊はとうとう見合い話を受けはった。お嫁さん選んで跡取りこさえて、御役目果たそうとしてはりますやろ?」

 勝呂も志摩を少なからず想ってくれていることは敏感に悟っていた。分別もしがらみも有ってないような学生時代だったら、迷わず飛びついただろうが、いくら焦がれたところでもう無理だった。
 口にしたら戻れないに決まっていた。

「悪魔に咬まれたのは、心の隙を突かれたんです。退治はしましたが、倒しても受けた傷は治せません」

 唇を動かすのさえどうしようもなく震えて、駈け寄ってきた肩に支えられる。こんなに近くで彼の体温を感じるのはきっと高校以来だ。
 最期だから、我が侭を言う。
「坊――どうか離さんといてください」

「阿呆、お前をこないなとこで失うてたまるか!八百造たちも子猫丸も、奥村たちかて黙ってへん!」
 大切な人たちの悲しむ顔に思いを馳せて、それでも。
「ええです。これでも筆まめやし、机の引き出しにはみんなに宛てた手紙が溢れてますよって」
 看取られるのは貴男にだけがいい。
 死ぬまでの期間は一定だから、足掻いても無駄だ。
 
「言い逃げとか卑怯やろ、俺は、俺かてずっと、お前のことを、」
 愛しとる、と叫びかけた唇を自らのそれで封じる。
 ずっと欲しかった言葉だけれど、このままだと一生縛ってしまうから。
「なまえで、よんで」
 大好きな人の胸に縋りついて、虚ろな瞳をゆっくり閉じながら強請った。

「れん、ぞ、…廉造、廉造……っあかん、まだ逝ってしまうんやないっ」

 ああそれは無理な相談だ。
 沈む意識。勝呂の流した熱い涙が一筋、まぶたに落ちた。

 もう二度と開くことのない両の眼に。
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