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つむぎとうか

   
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保健室の常連
志摩(25)=養護教諭、雪男=(15)なパロ。

 新卒で就職した薬品会社が前触れもなく潰れて、呆然としていたら、見かねた次兄が知り合いから欠員が出た私立高校での仕事を紹介してくれたのは梅雨明けのこと。
 前任者からの引き継ぎ期間を経て、夏休み明けから本格的に働き出すことになった。念のため取っておいた教員免状のお蔭で失業を免れたわけだ。
  怪我をしたり具合の悪い生徒の面倒をみる自分など想像だにしなかった。高校時代には少なからず世話になった保健室だが、大概はサボリ目的の仮病であったの だ。訪れる生徒の顔を見れば、体調など一目瞭然で見抜ける。ベッドが塞がってでもいない限り、追い返すなどという野暮な真似はしないけれど。
 金持ち学園長の道楽で造られたというだけあって、やたらと広い敷地内。志摩の縄張りたる保健室とて例外ではなく、ベッドは四台。据え付けの棚には膨大な数の壜が並ぶが、室内に乱雑な印象は皆無だ。
 片隅にはミニキッチンまであり、自然と休憩用の一式が揃っていった。



「……で、優雅にお茶ですか」
「ええやろ、誰か来たらちゃんと応対するんやし」
 白衣の袖をまくりポットを傾けながら答えた。
 当たり前でしょうと、眉間に皺寄せたのは雪男だ。とても大人びており、制服を着ていなければ同年代と言っても通じるかもしれない。と、褒めたつもりで告げたらショックだったらしい。15歳に貫禄あるなぁ、は禁句なのだそうだ。
 授業時間中で回りは静かだ。グラウンドもがらんとして、それだけで怪我の発生率はがくんと下がる。部屋にいるのは二人だけ。
 奥村雪男は保健室の常連生徒である。
「拗ねんといて。はい、雪男君の分もあるで?」
 拗ねてませんけど勿体ないのでいただきます――カップを受け取る手指は白い。湯気の立つ液体を冷ましながら飲む表情は年相応で、差し出した菓子に瞳を細めるとさらに幼く見える。
 教師陣は口を揃えて彼を“絵に描いたような優等生”と評すし、学年主席であることも、奨学金制度を用いて高校進学したことも。医学部を目指しているというのも本人の口から聞いていた。
 当然、どの授業にも真面目に出席するものと思っていたらそうでもなく。
『根詰めちゃうタイプの子なの。貧血気味だし、ほっとくと睡眠削るから、ここで寝なさいって言ってあるわ。あと、気分転換になるならおしゃべりしていきなさい、って』
 入学式翌日、倒れた彼を説教したという前任教諭から、一番奥のベッドは指定席と教わった。

 こうして、わりと簡単に保健室のドアを叩く少年が出来上がったらしかった。



(成績に支障ないんは結構やけど、別の意味で心配や)
 孤立していないだろうか。すました横顔からは痛さなんて欠片も覗かせないから、余計に。
「志摩先生は、恋人とかいないんですか?」
 甘い液体を干した雪男の青い瞳がこちらを注視しており、発されたのは俗な言葉。
 やたら整った顔立ちだから、さぞ女子たちにも騒がれているのだろう。告白されただとか、他意なくさらりと零すこともあった。彼にとっては日常の一部ということだ。
「んー、今は募集中やね。どしたん、急に」
「好きとか付き合いとか、よくわからなくて」
(贅沢な悩みやな、やっぱどっかふわふわしとる)
 真っ直ぐな眼差しに、ふと悪戯心が芽生えた。

「ほんなら、付き合うてどういうコトするかも知らへんの?」

 掴んで引き寄せて、無防備な耳に低めた声をふきこむ。

 ――終業のチャイムが鳴るまで残り二十分。
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