つむぎとうか
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朝のうつつ
蝮視点
ひどい怠さに目が覚めた。
記憶もない代わりに、酔いが残ることが殆どないのは、毎回世話を頼んでいる男のお蔭。いつもはいがみ合うばかりの関係でも、文句ひとつ言わず介抱してくれるのには感謝していた。意地が邪魔をしてうまく伝えられないけれど。
それに対して恩着せがましいことを言うような男であったら、最初から家族に頼っただろう。利用しているのだ、結局は。
柔造は甘くて、蝮はどうしようもなく狡い。
『――別に、酔うたお前の写メ取ってる時点でご破算やろ。俺らの間に貸し借りなんて要らんわ』
成人式の晩。
振袖は動きやすいよう帯を緩めてくれ、千鳥足の醜態が幾分ましになるまで付き添うてくれたらしい柔造は、含みもない笑い声で片付けた。
証拠を見せられなければ到底信じられなかっただろうから、カメラを向けたのとて不可抗力だろうに。画像はその場で破棄して、また困ったら呼べ、と続けるだなんて、呆れるほどの御人好しだ。
それからも度々頼ってしまうのはどうしてだろう。
朝陽が仄かに差しこむ物置部屋で、覚えていないがそのまま眠りこんでいたのだろう。京都出張所全体が浮かれるほどの無礼講明けだ、咎めはないと思うけれど――ついつい干してしまった盃に自省がこみあげる。
(やって、無事、正十字に通わはるねんなあ)
幼い頃から弟のように接してきた三人が、揃って合格を果たしたとの報せに、嬉しくて浮かれてしまったのだ。
高校進学によって、とりわけ将来仕えるべき座主血統の勝呂竜士が離れてしまうのは寂しいが、彼女だって同じ道を歩んできた。竜士は明陀の再建を真剣に志している。幼いがゆえの真っ直ぐさは眩しいくらいだ。
立派になって欲しくて、ついつい厳しくしてしまいがちだが、彼らを大切に思う気持ちに偽りはない。
とはいえ、己の許容量にまで考えが回らなかったのはうかつだった。被せられた寝具に軽い頭痛、枕元にはおそらく水が入っていたコップ。柔造が飲ませてくれたのだろう。
いつもと違ったのは、開いた瞳の先に横たわる黒い髪だった。
「蝮……?」
惚けた眼が瞬いて、密着状態の耳朶を震わすように囁かれた。半覚醒の腕に締めつけられ、完全に抱きしめられた格好になっていることに気づいて胸が騒ぐ。
冬だからかちっとも不快じゃない。
「ゆうべ、は、すまんかった」
「あんたが謝ることないやろ」
同衾しているのは柔造もまた酔っていたからだろうが、袖を引いたのは間違いなく蝮の方。ならば申し訳なさそうに(そのくせ離してはくれないが)声を落とす理由がわからない。
「ほな、あやまらんけど――責任は取るしな」
最後のみやたらきっぱりと言い放ったかと思うと、まだ眠り足りないのか、彼は再び寝息をたてはじめた。
記憶の一部が唐突に甦る。
移動中の廊下で、安心しきって寄り掛かった背中。落ち着いたこの部屋で着物を肌蹴させた自分。
所在なさげな男の動きを封じ、数えきれないほどの口づけを降らせたこと。
相手が柔造だから露呈した癖にちがいなかった。理性を捨てて残った執着心は、隠し続けた恋情をひたすら吐露させたらしい。浅ましく即物的な欲望。
いまさら本音だなどと告げられるものか。
とうに蝮は取り返しのつかない場所に足を踏み入れており、戻るという選択肢はない。未練は断ち切らねば。
(昨夜したことを、あんたがきれいに忘れてくれてたらええわ)
やがて辺りが白んで、旅館に人の気配が増してゆく。
「起きい、志摩。いつも通りに出勤するんやろ」
――なあ、ええん? ほんまに、責任取れとか迫っても。
喉元まで出かかったことばを抑えて、規則正しく上下する傍らの胸をぺちりと叩いた。
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