つむぎとうか
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アンサー
くっつくまでが長い
伸ばされた指先から伝わる冷たさに眉を顰める。一瞬のためらいに、相手が気づかないはずがなく。まして相手は志摩だ。人一倍他人の心情変化に敏感で、雪
男に惹かれていることを公言して憚らない。
「どうしたん、せんせ?」
それはこっちの台詞だ。
「志摩君こそ、……真っ青じゃないか」
悪戯がばれた子どもみたいに舌を出して、やっぱりかなわへんな、と額に手をやる。
雪男が覆い被せるように手のひらを押し当てると熱かった。汗が冷えたのだろう、典型的な夏風邪の症状だ。無理をしてここにいる必要などないのに。
巡回も時々しかされない空き教室で、人の退けた暮れどきに、なぜだか向かい合っている。奇妙な習慣をつけてしまったものだ。
『もっと、先生のことを知りたいんです』
自分なんかと約束して何が楽しいのだろう。ひとあたりが良いとは世辞にも言えないのに。
押されて、根負けしたように塾の放課後を共に過ごすようになった。授業終了から夕食までのほんの一時間ほどだ。それも大抵雪男が教卓で生徒の宿題をみた り次のための予習に費やす傍らで。大して構うことも出来ないのに。
雑誌を広げていたり音楽に集中するふりをして、雪男がふと顔を上げた時には大抵優しい視線を注がれていて、常にこちらに意識を向けているのだとわかる。 自意識過剰か、いや面と向かって伝えられた。
『どうしたんです、何か話でも?――この採点が終わったら聞くから』
『俺、奥村先生のことが好きみたいで』
最初の告白は、赤ペンを置く暇もない唐突なものだった。言った本人は照れる様子などまったく見せず、胸のつかえがとれたみたいなすっきりした表情で、慌 てたのはむしろ雪男の方だった。
『おい、ふざけるなら帰ってくれないか』
『いや、徹頭徹尾真面目ですわ』
立ち上がりかけた肩を押さえこまれ、縫い止められた足をじたばた動かすと、宥めるように背を撫でられた。
『本気で拒否られたら諦めもつきますけど、頬染められたら期待してしまうで?』
答えが欲しいと迫られた。反射的に首を縦に振りかけて、芽生えた疑問。近づいてくる顔を寸前で押し戻した。
彼の気持ちを疑ったのではない。流されかけた自分に嫌気がさした。単なる教え子の一人としか思っていなかったはずなのに、心を揺らすなんていい加減だ。 好意をくれる相手なら誰でも良いということではないか。
『赤くなんてなってない、気のせいだ。もしくは夕焼けのせい。ほら、陽が落ちるから寮に帰ろうか』
『小学生の門限ちゃうで!?つーか先生、舌もつれてる』
腕を外してなんとか自由を得たが、即座に逃げるのもどこかずるいような気がして、からかい目的じゃないなら何でそんなこと言うんです?――と、問うた語 尾は我ながら弱々しいものになった。
好き、を向けられた経験ならこれまでにもあったが、彼女たちは深く知りもしないで雪男の表面に憧れを抱いていただけで、ある程度親しくなった志摩なら勘 違いすることもないだろうに。
『そう、それや。いつも上手に繕うて微笑ってはるのに、たまに寂しそうに映る。奥村君にもぜったい見せへん表情で、今かて泣きそうになって』
強がりの本性をどうして見抜かれたのだろう。
『困ってるんだよ、明日からどんな顔で接したらいいんだ……』
気まずいだろう、と吐いた溜め息を、志摩はいとも簡単に笑い飛ばした。
『これまで通り、でええですって。返事もわかるまで待つし。俺、一途なことに定評のある男やねんで?』
――焦らないから、いつかこっちを見て欲しい。
ふわり、爪先立ちで仕掛けられた耳打ちに鼓動が撥ねたことは秘めておく。
急がなくていいからというのを鵜呑みにし、ずるずる引き延ばしていたけれど、これまで用いた常套句のような断り方は志摩には使いたくなかった。
兄と自分の出生を知っていて、厄介ごとを避ける性格の彼がなぜ告白を撤回しないのか不思議で仕方がない。どころか、あれから何度繰り返されただろう。
彼がくれた“好き”がどんどん降り積もっていくのを、認めないわけにいかなかった。諦めてくれたら聞かなかったことに出来るけれど、そろそろ無視も難し い状況だ。……こんどは事故でなく、意思を以て頷いてしまいたくなる。
「なあ、やっぱり好きやわ」
今日も今日とて同じことばを囁かれたのだが、どこかに違和感があった。沈黙をどう受け取ったのか、なあ、触ってもええ?と合わせられた目線はどこか宙に 浮いていて、了承もしていないのに近づけてきたのは蒼白な頬。
「――っ、ほとんどうわごとじゃないか!苦しいならおとなしく保健室か寮で休め」
「しんどいからこそ、恋しい人に会いとうなってんもん」
甘えるように寄り掛かってきて、ずるずると。寝かせようにも設備がない。
(判断力失いまくりだな。……そうだ、鍵)
ぐったり重い頭部を支えて、コートのポケットをまさぐれば、旧男子寮の簡単な医療部屋につながる鍵を探り当てた。
「特別扱いもいいとこだよ、まったく」
舌打ちしながら、志摩の身体をどうにかドアのそばまで運んだ。
シーツを敷いて皺を伸ばし、苦労してベッドに横たえたのに、当の本人はとっとと意識を彼方にやっているのだからいい気なものだ。
「兄さんの夕食が冷めるじゃないか」
薬を与えて汗も拭いたので、しばらく席を外しても問題はないが、寝顔から目が離せない。どうかしている。
「でも今なら、眠ってるから聞いてないよね。好きだよ、志摩君。……いつかは面と向かって言えるかな」
両想いだからといって、しばらく知られるわけにはいかないのだ。きっと更なる厄介を呼ぶから――
答えられるのはずっと先になるだろう。
(その時まで、君が変わらない保証なんてないけど)
「どうしたん、せんせ?」
それはこっちの台詞だ。
「志摩君こそ、……真っ青じゃないか」
悪戯がばれた子どもみたいに舌を出して、やっぱりかなわへんな、と額に手をやる。
雪男が覆い被せるように手のひらを押し当てると熱かった。汗が冷えたのだろう、典型的な夏風邪の症状だ。無理をしてここにいる必要などないのに。
巡回も時々しかされない空き教室で、人の退けた暮れどきに、なぜだか向かい合っている。奇妙な習慣をつけてしまったものだ。
『もっと、先生のことを知りたいんです』
自分なんかと約束して何が楽しいのだろう。ひとあたりが良いとは世辞にも言えないのに。
押されて、根負けしたように塾の放課後を共に過ごすようになった。授業終了から夕食までのほんの一時間ほどだ。それも大抵雪男が教卓で生徒の宿題をみた り次のための予習に費やす傍らで。大して構うことも出来ないのに。
雑誌を広げていたり音楽に集中するふりをして、雪男がふと顔を上げた時には大抵優しい視線を注がれていて、常にこちらに意識を向けているのだとわかる。 自意識過剰か、いや面と向かって伝えられた。
『どうしたんです、何か話でも?――この採点が終わったら聞くから』
『俺、奥村先生のことが好きみたいで』
最初の告白は、赤ペンを置く暇もない唐突なものだった。言った本人は照れる様子などまったく見せず、胸のつかえがとれたみたいなすっきりした表情で、慌 てたのはむしろ雪男の方だった。
『おい、ふざけるなら帰ってくれないか』
『いや、徹頭徹尾真面目ですわ』
立ち上がりかけた肩を押さえこまれ、縫い止められた足をじたばた動かすと、宥めるように背を撫でられた。
『本気で拒否られたら諦めもつきますけど、頬染められたら期待してしまうで?』
答えが欲しいと迫られた。反射的に首を縦に振りかけて、芽生えた疑問。近づいてくる顔を寸前で押し戻した。
彼の気持ちを疑ったのではない。流されかけた自分に嫌気がさした。単なる教え子の一人としか思っていなかったはずなのに、心を揺らすなんていい加減だ。 好意をくれる相手なら誰でも良いということではないか。
『赤くなんてなってない、気のせいだ。もしくは夕焼けのせい。ほら、陽が落ちるから寮に帰ろうか』
『小学生の門限ちゃうで!?つーか先生、舌もつれてる』
腕を外してなんとか自由を得たが、即座に逃げるのもどこかずるいような気がして、からかい目的じゃないなら何でそんなこと言うんです?――と、問うた語 尾は我ながら弱々しいものになった。
好き、を向けられた経験ならこれまでにもあったが、彼女たちは深く知りもしないで雪男の表面に憧れを抱いていただけで、ある程度親しくなった志摩なら勘 違いすることもないだろうに。
『そう、それや。いつも上手に繕うて微笑ってはるのに、たまに寂しそうに映る。奥村君にもぜったい見せへん表情で、今かて泣きそうになって』
強がりの本性をどうして見抜かれたのだろう。
『困ってるんだよ、明日からどんな顔で接したらいいんだ……』
気まずいだろう、と吐いた溜め息を、志摩はいとも簡単に笑い飛ばした。
『これまで通り、でええですって。返事もわかるまで待つし。俺、一途なことに定評のある男やねんで?』
――焦らないから、いつかこっちを見て欲しい。
ふわり、爪先立ちで仕掛けられた耳打ちに鼓動が撥ねたことは秘めておく。
急がなくていいからというのを鵜呑みにし、ずるずる引き延ばしていたけれど、これまで用いた常套句のような断り方は志摩には使いたくなかった。
兄と自分の出生を知っていて、厄介ごとを避ける性格の彼がなぜ告白を撤回しないのか不思議で仕方がない。どころか、あれから何度繰り返されただろう。
彼がくれた“好き”がどんどん降り積もっていくのを、認めないわけにいかなかった。諦めてくれたら聞かなかったことに出来るけれど、そろそろ無視も難し い状況だ。……こんどは事故でなく、意思を以て頷いてしまいたくなる。
「なあ、やっぱり好きやわ」
今日も今日とて同じことばを囁かれたのだが、どこかに違和感があった。沈黙をどう受け取ったのか、なあ、触ってもええ?と合わせられた目線はどこか宙に 浮いていて、了承もしていないのに近づけてきたのは蒼白な頬。
「――っ、ほとんどうわごとじゃないか!苦しいならおとなしく保健室か寮で休め」
「しんどいからこそ、恋しい人に会いとうなってんもん」
甘えるように寄り掛かってきて、ずるずると。寝かせようにも設備がない。
(判断力失いまくりだな。……そうだ、鍵)
ぐったり重い頭部を支えて、コートのポケットをまさぐれば、旧男子寮の簡単な医療部屋につながる鍵を探り当てた。
「特別扱いもいいとこだよ、まったく」
舌打ちしながら、志摩の身体をどうにかドアのそばまで運んだ。
シーツを敷いて皺を伸ばし、苦労してベッドに横たえたのに、当の本人はとっとと意識を彼方にやっているのだからいい気なものだ。
「兄さんの夕食が冷めるじゃないか」
薬を与えて汗も拭いたので、しばらく席を外しても問題はないが、寝顔から目が離せない。どうかしている。
「でも今なら、眠ってるから聞いてないよね。好きだよ、志摩君。……いつかは面と向かって言えるかな」
両想いだからといって、しばらく知られるわけにはいかないのだ。きっと更なる厄介を呼ぶから――
答えられるのはずっと先になるだろう。
(その時まで、君が変わらない保証なんてないけど)
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