つむぎとうか
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休日の過ごし方
蝮視点
よく晴れた朝。
珍しく蝮は鏡台へ向かっていた。化粧など滅多にしないから、白粉をはたいて紅を引くだけ。女性の少ない職場なので、それだけの装いでも派手になってやしないかと気を揉みながらアクセサリーを選ぶ。
白いシャツに藍染のスカート。いつも結っている髪は下ろして背中に垂らしている。首元を飾るのは瑠璃色硝子のペンダントだ。
着なれない洋服を纏った自分を姿見に映し、ひとつふたつ頷いてみせた。
(後ろ指さされるほどおかしゅうはないやろ)
……任務時のきりっとした顔ではなく、世間知らずの少女のような頼りなさがコンプレックスだ。上級職員の彼女には遊ぶ機会も友人の数も少ない。
明陀という組織に所属していれば、好都合だとさえ思っているのだけれど。
仕事が忙しくとも社交家な上級職員を蝮は知っている。
だから、外出の機会も必要だと町に出るのだ。
家を出た途端、はかったようなタイミングで志摩家からの人影が見えた。
「慣れへん格好してどないしたん?」
声を掛けてから後悔した――振り返ったスーツ姿は、(口を裂けても言ってなどやらないが)好青年めいた風貌を引き立たせていた。
似合っていないのは自分の方で、家を出たばかりの弾んでいた気持ちがしぼんでゆく。
「洋装なのはお互い様やろ、蝮。めかしこんでどないした」
志摩柔造。顔を合わせる度に喧嘩を売ってしまう、祓魔師仲間。休日といえど蝮はそっぽを向いた。
「町まで買い物に行くだけや。スーツ着とる人と一緒にせんといて」
呆れた視線が、素直やないな、と物語っていた。幼なじみだからわかるのがまた彼女の態度を頑なにする。
「俺かて野暮用済まさなあかんのや。面倒やわ」
深い溜め息を吐いた柔造の胸元が気になり腕を伸ばした。
「ようわからへんけど、ネクタイ歪んでる。じっとしよし」
距離を縮める。自分より一回りは大きい男が、子どものようにおとなしくなるのは面白いとさえ思った。
「中身はとにかく、これで見映えはましになったわ」
憎まれ口を叩くことで通常運転に戻る。離れていく腕を、柔造が名残惜しげに見たことには気づかなかった。
「素直におおきに言わせろや」
渋面でも振られた手に、蝮は僅かに微笑んだ。
町の中心部まで出掛けて買ってきたものがことごとく家族への土産だったので、蟒は複雑な気分になった。
(気ぃ遣うてくれる優しい娘になったんは嬉しいけど……物欲、ちゅうもんが薄すぎる)
そんな長女の持ち物は、妹たちや自分からの贈り物が大半であった。
「なんか機嫌良いな、何ぞあったんか、蝮」
「それが、行きがけに志摩と遭遇したんです。喧嘩せんで済みました」
大人になりましたやろ――?胸を張る姿はとうに成人したとも思えない幼さだが、可愛いと思ってしまうのは父親の欲目だろうか。
「昔はえらい仲良うしてはったやろ、柔造さんとは。あの頃みたく視線で会話はもう無理どすか」
「……小さい頃のことはよう覚えてません!」
この反応は忘れてはいないのだろう。
夕刻、こんどは志摩の四男がお裾分けの食器を返しに訪れた。
「柔兄?帰ってんで、スーツ苦しいってそっこう脱いどった。――見合いも楽やないな」
世間話ついでに尋ねた蝮は硬直した。
「ふうん。お申が慣れへんもん着るからや、って伝えてくれはる?」
「莫迦にすんな、柔兄かっこよかったんやぞ!」
(そんなん、言われんでも知ってる)
ネクタイが似合うことくらい、祓魔師塾の時代から。
噛みついてくる金造に素直に謝れないのは、蝮がどこかで彼らを羨んでいるからだろう。認めたくはないけれど。
食卓の席で姉の塞ぎようを目にした妹たちはおろおろした。
翌朝、出勤早々の柔造と金造を捕まえにじり寄ったらしい。
最悪なのは、柔造が開口一番に放った疑問だ。
「蝮、俺の見合いに気ぃ揉んどったんか?」
瞬時に彼女は真っ赤になり。
答えるまで玄関に仁王立ちしていそうな柔造を退けるべく、素晴らしいモーションで張り手を繰り出した。
「――痛いやないか!やっぱりお前はかわいげ皆無や!」
申が、と言い捨て柔造と金造の怒りを買った彼女の肩は震えていたとかいなかったとか。
そんな、ある休日のはなし。
珍しく蝮は鏡台へ向かっていた。化粧など滅多にしないから、白粉をはたいて紅を引くだけ。女性の少ない職場なので、それだけの装いでも派手になってやしないかと気を揉みながらアクセサリーを選ぶ。
白いシャツに藍染のスカート。いつも結っている髪は下ろして背中に垂らしている。首元を飾るのは瑠璃色硝子のペンダントだ。
着なれない洋服を纏った自分を姿見に映し、ひとつふたつ頷いてみせた。
(後ろ指さされるほどおかしゅうはないやろ)
……任務時のきりっとした顔ではなく、世間知らずの少女のような頼りなさがコンプレックスだ。上級職員の彼女には遊ぶ機会も友人の数も少ない。
明陀という組織に所属していれば、好都合だとさえ思っているのだけれど。
仕事が忙しくとも社交家な上級職員を蝮は知っている。
だから、外出の機会も必要だと町に出るのだ。
家を出た途端、はかったようなタイミングで志摩家からの人影が見えた。
「慣れへん格好してどないしたん?」
声を掛けてから後悔した――振り返ったスーツ姿は、(口を裂けても言ってなどやらないが)好青年めいた風貌を引き立たせていた。
似合っていないのは自分の方で、家を出たばかりの弾んでいた気持ちがしぼんでゆく。
「洋装なのはお互い様やろ、蝮。めかしこんでどないした」
志摩柔造。顔を合わせる度に喧嘩を売ってしまう、祓魔師仲間。休日といえど蝮はそっぽを向いた。
「町まで買い物に行くだけや。スーツ着とる人と一緒にせんといて」
呆れた視線が、素直やないな、と物語っていた。幼なじみだからわかるのがまた彼女の態度を頑なにする。
「俺かて野暮用済まさなあかんのや。面倒やわ」
深い溜め息を吐いた柔造の胸元が気になり腕を伸ばした。
「ようわからへんけど、ネクタイ歪んでる。じっとしよし」
距離を縮める。自分より一回りは大きい男が、子どものようにおとなしくなるのは面白いとさえ思った。
「中身はとにかく、これで見映えはましになったわ」
憎まれ口を叩くことで通常運転に戻る。離れていく腕を、柔造が名残惜しげに見たことには気づかなかった。
「素直におおきに言わせろや」
渋面でも振られた手に、蝮は僅かに微笑んだ。
町の中心部まで出掛けて買ってきたものがことごとく家族への土産だったので、蟒は複雑な気分になった。
(気ぃ遣うてくれる優しい娘になったんは嬉しいけど……物欲、ちゅうもんが薄すぎる)
そんな長女の持ち物は、妹たちや自分からの贈り物が大半であった。
「なんか機嫌良いな、何ぞあったんか、蝮」
「それが、行きがけに志摩と遭遇したんです。喧嘩せんで済みました」
大人になりましたやろ――?胸を張る姿はとうに成人したとも思えない幼さだが、可愛いと思ってしまうのは父親の欲目だろうか。
「昔はえらい仲良うしてはったやろ、柔造さんとは。あの頃みたく視線で会話はもう無理どすか」
「……小さい頃のことはよう覚えてません!」
この反応は忘れてはいないのだろう。
夕刻、こんどは志摩の四男がお裾分けの食器を返しに訪れた。
「柔兄?帰ってんで、スーツ苦しいってそっこう脱いどった。――見合いも楽やないな」
世間話ついでに尋ねた蝮は硬直した。
「ふうん。お申が慣れへんもん着るからや、って伝えてくれはる?」
「莫迦にすんな、柔兄かっこよかったんやぞ!」
(そんなん、言われんでも知ってる)
ネクタイが似合うことくらい、祓魔師塾の時代から。
噛みついてくる金造に素直に謝れないのは、蝮がどこかで彼らを羨んでいるからだろう。認めたくはないけれど。
食卓の席で姉の塞ぎようを目にした妹たちはおろおろした。
翌朝、出勤早々の柔造と金造を捕まえにじり寄ったらしい。
最悪なのは、柔造が開口一番に放った疑問だ。
「蝮、俺の見合いに気ぃ揉んどったんか?」
瞬時に彼女は真っ赤になり。
答えるまで玄関に仁王立ちしていそうな柔造を退けるべく、素晴らしいモーションで張り手を繰り出した。
「――痛いやないか!やっぱりお前はかわいげ皆無や!」
申が、と言い捨て柔造と金造の怒りを買った彼女の肩は震えていたとかいなかったとか。
そんな、ある休日のはなし。
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