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つむぎとうか

   
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ファーストコンタクト
幼少時代捏造。

 迷いこんだ庭には、目元を見慣れない縁で彩った少年が佇んでいた。
(なんや、コレ?)
 初めて見る物体に廉造は興味津々で手を伸ばし、べたりと触って。レンズが曇る様子をまた面白そうに見物した。
 ……掛けている人間にはたまったものじゃない。
「らんぼうにしないでよ、これがないとこまるんだ」
 侵入してきたいじめっ子かと思ったが、雪男の知らない男の子だった。先が短くぴんぴん跳ねた髪、お祭りの時に着るような浴衣――当時は和服といえば浴衣しか知らなかったのだ――くりくりした双眸が、眼鏡だけでなく雪男の全身を映す。
「なんなん、コレ」
「めがねだよ」
「あー、子猫さんがほしいゆうてたやつかぁ!」
 ひとりで勝手に頷いて、こんどは雪男が疑問符を浮かべる。
(ねこが、めがねかけるの?)
 圧倒的に言葉が足りない年齢のふたりがしばらく黙りあっていると、廉造の背中にハイキックがかまされた。
 年嵩の少年は、倒れた弟を容赦なくばしばし叩いていった。
「廉造、オラッちょこまか動きよってからに!じっとしてぇてお父に言われたやろっ」
「いたいいたいできんにい!」
 もう一人のちいさな姿を視界に入れた金造が、誰やこいつ、とくいいるように見つめた。意地悪されたわけではないので逃げようにもかなわず、雪男が固まった次の瞬間。
「お前ら、よそ来ても迷惑かけるしかできひんのか……?」
「「ひぃ、お父っ」」
 ぬらり、一段と迫力ある雷が落ちた。

 
 明陀宗が正十字への所属を決して一ヶ月。まとめ役の志摩・宝生家当主は大忙しだった。
 反対者の説得や檀家への説明、騎士団と提携しての就業体制の構築、祓魔資格の認定方法など。やることは山積みで、八百造は碌に家にも帰れなかった。
 忘れ物を届けに来た妻から、子どもたちが寂しがっていると耳打ちを受け、子煩悩な父は項垂れ――見かねた蟒が(彼も娘たちの写真を懐に忍ばせていた)『早よ無事な姿見せて安心させたりなはれ』とはかってくれた。
 半ば強引に休暇手続きをとらされて玄関に立てば、末っ子から順々に飛びついてきた。
『お疲れ、お父。折り入って話があるんや』
 はしゃぐ弟妹たちを引き剥がしつつ、跡取りの次男が真剣な表情で。祖父や兄にも報告したいと、仏間で向かい合い、切り出された内容は。

『祓魔師になる勉強をしたい。このままでも詠唱騎士にはなれるんやろうけど、できれば色んな知識に通じておきたいんや。俺、正十字学園の編入試験受けるわ』

 柔造は現在、高二。試験に受かれば残りの学生生活を東京で送ることになり、寮費などは奨学金で補うと言う。母の同意のもと、手続きも済ませたと。
『……高校出てから、塾だけ行くことかて可能やで』
『その間京都に帰れへんやんか。俺は、一刻も早う明陀の役に立ちたい』
 あとは八百造の承諾を得るだけで、揺るぎない決意だった。試験の日程を聞いたら、三日後にはもう出発すると言う。ちゃんと父に伝えられて良かった、と。
 当然一人で行くつもりだった柔造だが、本部への挨拶や根回しを兼ねて八百造も同行することになり。
 最終的には『しゅっちょう?ずるい。俺もいっしょにいく!』とごねた下の息子たちもくっついてきた。
 志摩家の大黒柱と次男、四男五男が寮の空き部屋に一泊していくことになったのにはこんないきさつがある。



「あんだけ、遊びちゃうねんぞって念押しといたやろうが!柔造は今頃一生懸命テスト解いてる頃やのに、お前らときたら!!」
「まーまー、ガキは動き回るもんだって」
 学園の敷地内にちいさな影が三つもある――珍しい光景を獅朗は面白がった。初対面では聖騎士の称号に畏まった八百造も、堅苦しいのは嫌だと言われて遠慮するのをやめた。
「藤本さんの息子さんにも、うちの末息子が失礼しまして。はたいたってください」
「いえ、ぼくは気にしてません」
 廉造と同い年やのに気遣いも出来る、できた子や!と八百造が驚き、獅朗が自慢そうに鼻を鳴らす傍ら、子どもたちも打ち解けていた。
「じゅーにいはすごいんやで!にちようにはやまにのぼらはって、虫さんともなかええねん!!きんにいかて、しゃみせんひいてじょうずに歌わはるんや!」
 両腕をいっぱいに広げて誇らしげに語る廉造に、雪男も負けじと叫んだ。
「ぼくの、にいさんだって!つよくてやさしいんだぞっ」
 初対面の相手に怒鳴るのと変わらない大声を発するのは初めてで、聞き耳を立てていた獅朗はほくそ笑んだ。
(いい傾向じゃねーか)
 兄を、燐を守りたいと泣きじゃくりながら誓った、雪男の決意を尊く愛しいと思う。二人の息子たちはそれぞれ大切だった。過酷な運命を負った兄に負けじと幼い身で重いものを抱えて、表に出さなければいつか潰れてしまう。
 修道院にいるのも年上ばかりで、素のまま接せる相手が燐しかいない環境は正直心配だった。一時的とはいえ、同い年の少年に心を開けたならしめたものだ。
「あとなー、坊と子猫さん!坊はヘンタイで、子猫さんはねこさんとちゃうで」
「うらやましいな。ぼく、にいさんと神父さんくらいしか遊んでもらえないや」
 瞼を伏せた雪男の頭を金造が叩き、廉造はぎゅっと両手を握った。
「あっほやなあ、俺らもいるやろ!!」
「せや、“しけん”終わったらじゅうにいかていっしょやで!」
 かくれんぼ、鬼ごっこ。燐と二人でしかしたことのなかった遊びを、初めて多人数でやった。金造も廉造も容赦はしなかったが、足が縺れて転んだ雪男に寄ってたかって構った。

 その夜、雪男の膝小僧にはべたべたと何枚も貼られた絆創膏があった。
「きょうとに帰っても友だちだ、って」
「良かったじゃねーか。それに、また会えると思うぞ」
 嬉しさをうまく表現できないでもじもじする雪男に、獅朗は優しい視線を向けた。
 数年も経てば再び顔を合わせる機会はあるだろう。一日かぎりの思い出を留めておけるかは別にして。
 少しでも多く、息子たちに楽しい気持ちを教えてやりたい。八百造は恐縮していたが、本当はもう少し滞在して欲しいくらいだった。そうしたら燐とも引き合わせるのに。



 入塾予定生徒の名簿をぱらぱら捲っていた雪男は、志摩の名字に目を留めた。
 明日はもう、生まれ育った修道院を離れて学園に居を移す。兄まで教え子になるとは予想外だったが。
(覚えてるわけ、ないか)
 別れ際、雪男の腕を千切れそうなほど振り回した志摩家の末っ子。
『こんどは、坊とこねこさんと、ゆきのにいちゃんもつれて遊ぼうなーっ』
 京都出身の詠唱騎士志望は三人。志摩、勝呂、三輪。
 燐も加えたらあの時の約束が守れるなと、柄にもなく思った。
 あれから加速した訓練の日々で、雪男はあどけなさを失くしたけれど――後悔はなかった。幼い頃みたいな弱虫ではない。

 二度目の出会いはさんざんだった。
「これからよろしくお願いします」
 素っ気なく挨拶したのに、あろうことか志摩は大声で「ゆきーっ、久しぶりやな」と呼びかけた。勝呂や子猫丸が怪訝な顔をした。
「なんでしょうか、志摩君?」
 笑顔で威圧感を醸して、周りを退散させるのに成功させる。がらんとした教室に残るのは二人。
「あ、れぇ?ちょっと、まさか俺のことわからへんの!?」
「そっちこそ忘れてると思ってたよ」

 ――というか、他の生徒の前でその呼び方は止めて。からかわれるから(兄に)。
 ――ええな、二人だけの秘密ってやつ?
 
 また仲良うしてな、ゆき。

 チャラついた笑みは怪しさ満点だったが、昔の面影を宿してもいた。
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