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つむぎとうか

   
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ALONE
カイトさんお誕生日おめでとうございます!

お祝いになってない短い+暗いSSですが 心はこめました!
カイトがカイトのマスターになるという特殊設定注意。
マスカイ?

「また、散らかして」
心底うんざりしたような蔑みの眼差しを降らせて、彼は吐き棄てる。
「要らない世話をかけさせないでくれる?」
疲れてるんだよ俺。マッサージでもやって欲しいくらい。
どかっとベッドに腰を下ろして上着を脱ぎ捨てる。
俺は、彼が投げたネクタイをキャッチして洗濯機に入れに行った。
「俺には几帳面でうるさいくせに、自分は大雑把なんてせこいですよ」
「仕事帰りで怠いとこに、楽譜の撒かれた部屋だぜ?やる気が失せる」
「すぐ片付けます」
彼の不在時は独学で発声練習などしているものの、限界がある。
きょうだって、質問したいことが溜まっていたのだ。触れてもらえないままでは意味がない。
「夕食の準備はあっちです、カイト」
「了解、カイト」
俺はごく普通の声音で、彼の方は皮肉な調子を乗せて。
全く違わぬ互いの名前を呼び交わした。

同型のボーカロイドでも様々な性格の者がいることは自我が芽生えている時点で把握していたが、俺のマスターになった“カイト”は明らかに特殊だった。
歌わない。どころか本来は同僚――というより先輩後輩か――にあたる筈の俺を購入し、マスターと成り遂せた。
単なる気まぐれで手元に置きたかっただけではないらしく、インストールしたら早速本格的なレッスンを提供してくれた。
不思議な気分だった、鏡のように向かい合って同じ顔から指示を受けるのは。
しかもかなり的確な。
「一拍早いぞ」「音程がたがた」「高いところ擦れた、やり直し」――容赦がない。
『俺のことをマスターだなんて呼ぶな。名前でいい』
彼からの“命令”に、ボーカロイドの俺が逆らう筈もないのだった。

「この麻婆豆腐、ちょっと辛いな」
「やっぱり?俺も味見のとき思いましたけど、これくらいならいけるかな、って」
「そうだな、食える範囲だ。好みも同一なのか?」
「さあ、カイトといっても沢山いるんでわかりません」
言い回しが妙に憎たらしい所なんてそのままじゃん、と。向かい席から身を乗り出して頭をくしゃくしゃにする。
「俺のマスターもこんな気持ちだったかもな。出会った時はかなり怒られた」
「どこか変わったんですか。現在も無礼千万じゃありませんか」
「敬語で嫌味なとことか、昔の俺そのものだ…!」
彼の“マスター”については、最近ようやく話題にしてくれるようになった。
ボーカロイドとしての彼を起動させ、曲作りのパートナーにしてきた人。俺は彼を通して、“マスター”の指導を受けているようなものだ。
「基本的に叱るとか出来ないタイプのおっとりタイプかと思ってたらさあ、キレたらおっそろしかったの。『カイト、ちょっと聞け』、って、こうやって眼鏡を外して、」
彼が伊達眼鏡を掛けている理由がわかった。
スーツも眼鏡も“マスター”のお下がり――別名、形見ともいう。
急な病に倒れ、若くして彼岸の人となったのだと。
零した時の彼は、虚空を見つめ涙を流していた。
『っとに、身体壊したことなんてないって笑ってたのになぁ。しつこい風邪だなーってふらふらしながら作業してて、動けなくなって』
作曲にパソコンをいじる傍ら、遺言の文書を保存していたのだという。

“俺の持つ音楽活動に必要なもの全てを、カイトに譲る”

マンションや機材、人脈、“マスター”が購入してから彼と歩んで手に入れたものすべて。かけがえのない財産だった。
こんな遺志を見せられたら、縛られるしかないではないか。
「貴方がいなくならなければ、俺と彼が会うことは有り得なかった。でも、貴方さえ未だ元気であったなら」
それが最高の状態であったろうにと、俺はもういない誰かに宛ててひとりごちる。
…“マスター”のプロデュースでネット公開された、“彼”の歌は素晴らしかった。同型の間でも手本にされたという、最盛期の彼らの音楽。
俺は、こんなに心に響く作品を作り上げられるのだろうか?落胆させてしまうのではないか。
拒絶より否定より、叶ってしまうことのほうがこわい。

“彼”の仕事とは、亡きマスターのあとを引き継いで頼まれた音楽関係のあれこれ(本職のひとだったのだ)。
途中で終わってしまった案件を完遂して、次から次へとこなしている。
日に日に作業効率はあがっているのに、新しい依頼は断っている。
俺のために割いてくれる時間が増えるのを、素直に喜べないのだ。
やり残しを全て片付けたら、“彼”はきっと――

「貴方は後を追うのでしょう?」
無言の苦笑が答えだった。
置いていかれる寂しさは知っているだろうに。
とうに馴染んでしまった俺を、今度は一人にするのかと。詰ることも出来ず、俺は俯き楽譜を捲る。
今日はサビの音入れだ。

マスター・カイトとボーカロイド・カイトの、最初で最後のオリジナル曲が公開されるまで、もうそんなに日は残されていなかった。

終わり
 

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