つむぎとうか
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グミとがくぽ。
薄暗いです注意。
窓のない、人口の明かりが煌々と照らす一室。
ベッドから起きようと半身を起こしたら止められた。
「グミ、体に障る」
「はぁい」
兄の忠告には素直に従うことにしている。
仕事にも注意をきたすほど体調がおかしくなった季節の変わり目。
医師は首をひねって診断を下した。
『おそらく、風邪をこじらせたのでしょうね』
朦朧とする意識で、がくぽやリリーが不満そうに唱えるのを聞いていた。
『我々ボカロは風邪はひかぬはず。万一そうだとして、症状が重すぎるではないか』
『ちゃんと詳しく検査して!』
だが、入院生活に入っても一向に回復の兆しはみえなかった。
『グミちゃん、いたい?』
『だいじょうぶだよ』
がちゃぽに潤んだ瞳を向けられたら、何とか笑顔で強がれたけれど。
原因がわからない以上、仲間には近づかぬ方が良いだろうと考えた。
毎日のように見舞いに訪れる家族たちや他社の皆が同じ苦しみに遭ったら心苦しい。
グミは、望んで兄以外にはあまり来ないで欲しいと伝達した。
がくぽを遠ざけられなかったのは甘えを含んでいるのだと思う。
「寒さがひどいな。エアコンはつけているのか?」
「そんなに温度低かった?」
滅多に布団から出ないのでわからなかった。
「ああ、解決した。リリーから果物を言付かったが、食べられるか?」
「うん、ありがとう」
するする、器用なナイフ使いでリンゴをうさぎにしていく兄。グミがいつも頼ってきた強い両腕。
「いつ退院できるかなぁ。はやく復帰したいよ」
「今は治療に専念していろ」
残暑厳しい秋に倒れたのに、もう水の冷たさが沁みる。時の流れに置き去りにされたかのようだ。
「全員、お前の元気な姿を心待ちにしているんだから」
――仲間もファンも、もちろん“家族(じぶんたち)”も。
くしゃり、やや乱暴な手つきで妹の頭を撫で、がくぽは「また明日」と言い去った。
グミは、弱々しく微笑んで手を振った。
がくぽは重い足取りで病院の玄関に佇んでいた。
幾つか、故意に教えていないことがある。
仲間たちの間で正体不明のウィルスが流行したこと。感染症は拡大し、ほぼ全員が餌食となり機能停止に追いやられたこと。
いま、地上で動いているボーカロイドはがくぽとグミしかいない。
がくぽの体内にもウィルスは侵入している。潜伏期間が過ぎれば、同じ運命を辿るのだろう。
無菌空間で保護されたグミだけが軽度のままで済んだ。
もちろん、永久に会えなくなるわけではない。研究者たちが必死で駆逐作戦を構築している最中だから。
『兄さん、グミ姉さんのことちゃんと守ってね』
金髪の後輩は、強制停止寸前までグミのことを心配していた。
(だが、いつまでかかるのか)
自分もいなくなったら、入れ替わるように“完治”したグミが世間に受け入れられるだろう。現存する唯一の電脳歌手として。
どれだけ経てば再び会えるのだろう。
事実を伝えなければ益々悲しませるだけだ。
(大丈夫だ、きっと戻るから)
兄として先輩として、お前の生還を喜ぼう。
――かならず、また。
それだけの言葉を放つのに幾日もを費やしている。
終わり
さよならではないと信じている