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つむぎとうか

   
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しろいへや
グミと“おにいちゃん”。
死ネタ注意。

日が沈む前に辿りついた病院の一室。
埃一つ見受けられない床を踏んで、窓辺のベッドへ近づいた。
最低限の物しか置いていない部屋は寂しく広い。
「おはよう、お兄ちゃん」
眼に痛々しい包帯を纏った少女が、声を弾ませた。
青年は壊れ物を扱うように頭を撫でた。
「グミ、良い子にしてたか?」

小学生じゃあるまいし、と頬を膨らませたグミは、一瞬で怒りを引っ込めて青年に甘え始めた。
簡単な奴、と苦笑しながら、言われた通りに桃を剥いてやる。
切り分けて皿に載せて渡すと、黙ってフォークを渡された。食べさせろという合図だ。
「昔に戻ったみたいだな」
「妹がしっかりし過ぎてると淋しいんでしょ」
視力を失い、精神が弱まっていてもおかしくない17の少女が、つらさを微塵も覗かせず明るく振る舞っている。
できるだけ側にいてやりたいと、時間があれば病室を訪れる青年。
第三者がいたら頬を緩める光景だろう。
事情を知らない者が見たら、だが。

少女の「兄」は、既にこの世にいない。



神威がくぽとは、高校時代から友人同士だった。
当時中学生だったグミとも、会えば挨拶だけでなく会話する程度の付き合いがあり。
欲を言えばそれ以上の関係になりたいと思っていた。
頑固な兄の許可を取り付け、デートに誘おうとした矢先だった。
事故の報せが彼の元に届いたのは。

両親がおらず、携帯の着信履歴から呼ばれた彼が現場に駆けつけると、惨状が待ち受けていた。
トラックの激突により、折れた電柱。砕けた窓ガラス。
破片が刺さったグミが目から血を流して意識を手放していた。
けれど、少女の負った傷はまだましだった。リハビリ次第で光は取り戻せるそうだから。
ーー傍らの友人は、虫の息だった。
四肢は妙な方向に折れ曲がり、誰が見ても助からないのは明らかだった。
だが僅かながら話すことは出来た。
しゃがみこんだ彼に、最期の言葉を遺した。
『カイト、グミを頼む。しっかりしているようで、まだまだ子供だから・・・』
全身の苦痛から解放され、安らかな表情で、逝った。

カイトの役目は“伝える”ことだった。
躊躇の末、集中治療質から帰還したグミを見舞った最初の時。
『グミちゃん、実は、』
告げようとした言葉は途切れた。

『お兄ちゃん?ーーお兄ちゃん!』
がくぽとは似ても似つかない声に、グミは縋りついたのだった。



「ほんと、すっきり切っちゃったんだね。肩にも届いてないじゃない」
「今までが長すぎただけだ」
触れていた手を離して、何か物足りない、と唇を尖らせる。
がくぽとの隠せない差異を、辻褄合わせに必死に誤魔化している。
「無駄にさらさらの髪を括るのが密かな楽しみだったのに。お兄ちゃん、私がいないから面倒になったんでしょ」
「馬鹿いうな。機会をうかがってたんだ」
“兄”を演じるようになって、改めて知ったことがある。
友人が、どれだけ妹を大事にしていたのか。
グミからもまた、以前のような大人びた印象は消え去ってしまった。
幼い子どものように甘えてくる少女。
話題も、殆どがくぽに関連することばかりだった。

盲目状態で、カイトの声を兄のものと認識したグミ。
聴力に支障はなく、精神的なものが原因らしかった。

意識不明の間、うわごとでずっとうなされていた内容によると、事故の際、がくぽは妹を庇い自らを盾にした。
死顔が妙に満足そうだったのは、大切な者を護りきれたから。
だが、グミはその事実に耐えきれなかった。
医者から兄の末路を聞かされてもシャットアウトし、がくぽは無傷だと思いこんだまま。

視力の回復に少女は意欲的だ。早く退院してリハビリもさぼらず、帰りたいのだと述べている。
住人のいないからっぽの家に。
(順調にいけばいくほど、後で突き落とされる)
今のままが幸福な状態であるのかもしれない。
偽りの夢に暮らしていられるのだから。
少女と“兄”と、必要最低限の生活用品だけで。

(俺なんか、ちっとも必要とされていなかったんだな)
がくぽからは願いを託されたが、グミはカイトの名前など一度も口にしたことはない。
ならば、そばに居て騙し続けていよう。
どうか、きみの視力が戻りませんように。
その心が壊れてしまわないよう。

面会時間は終わり、「また来る」と指を絡ませて白い病室を去った。



たった今までのはしゃいだ様子を一瞬で片づけて、グミは考えをめぐらせた。
兄が事故前とは少し変わったのは気づいていたが、話した感じで悩み事を抱えているようなのが心配だった。
不器用だけど非常に優しい彼のこと。入院中の妹を気遣ってくれているのかもしれない。
(そういえば、デートの約束もしてたんだっけ)
柔らかい笑顔を向けてくれた、兄の友人。
カイトも、どこか兄と同じ雰囲気を持っていた。
(忘れちゃってるかな)
時間も経っているから仕方ないけれど。
戻ったらまた、会えるだろうか。

ほんのり頬を染めながら、少女はリハビリのため一旦出口へ向かった。


 

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