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つむぎとうか

   
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身を尽くしてや
パラレル・時臣さん先天性女体化注意
凛ちゃんは時臣さんの妹
言時←ギル

 遠坂凛は言峰綺礼が嫌いだ。
 真面目だけど無愛想で、威圧感が凄まじい。大人受けは良くても子どもには逃げられるタイプだ。
 だが凛は遠坂家の娘だ、他の子みたいに外見だけで避けているわけじゃない。
 今でもはっきりと覚えている。時臣を通じて彼と知り合った日のことを。
 高校の先輩である姉が、受験勉強を手伝い、同じ大学に受かったと、誇らしげに紹介してきた。
 あれほど声の弾んだ時臣を見るのは非常に珍しく、さてどんな人なのだろうと興味津々で待ち構えていたら。

『はじめまして、凛。時臣師にはいつもお世話になっている――』
 いきなり呼び捨てにされたのが不快だったのではない。単に姉の呼び方が移ったのだろうから。
 癪に障ったのはその態度だ。平坦な調子で淡々と紡がれた言葉に、一つだけ色が付いていた。
『時臣師』
 姉の名を呼ぶ時だけ、心なしか表情も柔らかくなった。
(……お姉さまを好きな男の人なんて、一人二人じゃなかったわ)
 妹の欲目を引いても、時臣は美しかった。容貌だけでなく立ち居振る舞いも洗練されていたから、周囲を惹きつける。
 おまけに自分に厳しく他人に優しい。もてるのも頷ける。
 凛が物心ついた時から、結構な頻度で告白されていた、時臣は律儀に全てを断っていた。
 諦めきれない男がいても、友人の雁夜が虫除けの意味で蹴散らしてくれていたので目立った被害はなかった。雁夜と時臣が恋人同士だというデマが広がったくらいだ。
 その雁夜も後輩には甘いのか、綺礼が時臣を慕っていてもそれほど危機感は募らない様子だった。

 凛は勘付いていたのだ。綺礼が他の男みたいに簡単に引き下がらないこと。
 彼を嫌う理由は、いつか姉の心を奪ってしまうかもしれない、という漠然とした不安からだった。



 だが、肝心の時臣は自分が綺礼の「特別」だということに全く気づいていなかった。
 その鈍さといったら、雁夜や凛までもが思わず不憫がるほど。
 当たり前だ。姉には十年来の婚約者がいて、挙式だってもう秒読み状態に入っていたのだから。
 どれだけ想っていようと、綺礼の恋は報われることはない。
 ――そのはずだったのに。


 
 姉と綺礼が同時に姿を消してから二週間。
 一番怒り狂っていたギルガメッシュは、三日前不意に静かになったと思ったらどこかへ出かけてしまった。
 何か手掛かりでもつかんだのだろうか。無理にでもついて行けば良かった。
 凛も両親も、姉が一時的に血迷っているだけだと信じたかった。冷静になればきっと、戻って破談を考え直すはずだ、と。
 悪夢を早く終わらせてしまいたいのだ。
 ……それとも、綺礼が側にいるから帰りづらいのだろうか?

 電話が鳴る。またしても眠りかけた時間にだ。
 凛は受話器を取った。確証はないが予感があった。

「はい、遠坂です。そっちにいるのは――綺礼よね?」

   +++++

 身一つで宿を飛び出した綺礼は、そろそろ買い物を終えただろう時臣を捜した。
 ギルガメッシュが動いたと、雁夜から知らされた。あの男がその気になれば居場所など即座に割り出されるはず。
 せめて、共に行動していたなら――悔やんだところで遅い。彼女をひとりで行かせたのは軽率な判断だった。

『お前の正しいと思った道を行きなさい』
 勘当覚悟で連絡を入れた父は、悲しげに、それでも息子を肯定した。いっそ責められた方が心は軽くなっただろう。
 時臣の家族――凛以外とは、まだ対話する覚悟がない。
 やはりどこかで罪悪感が捨てきれないのだ。彼女の両親に娘を返せと懇願されたら、愛しい手まで放してしまいそうで。
 でも、ギルガメッシュにだけは渡したくない。そのためならば何もかもを捨てても、どこまで行っても構わないと誓って彼女の腕を取ったのに。

 店の前で、何やら揉め事が起こっているようだ。
 男女の喧嘩だと、見ていた誰かが叫んだ。
 人波を押しのけて、綺礼は進む。視界の端に、派手な金色をとらえて足を早める。

「さっさと手を離せ、ギルガメッシュ。また泣かせるのか?」

 乱暴に割り込んで、震えながらも気丈に立っている時臣に手を伸ばす。
 ギルガメッシュは一段と不機嫌になったが、この男の気分を害したところでどうでもいい。
「話の途中だぞ、時臣」
「嫌がる女に無理を強いているようにしか見えなかったが」
 ――行きましょう。ギルガメッシュは貴女を傷つけるだけだ。
「綺礼」
 長い巻毛を揺らして、時臣は綺礼だけを見た。怯んだギルガメッシュの腕からすり抜けてゆく。
「ありがとう……来てくれて」
 涙声の彼女を自分以外には見せたくなくて、覆うように歩いた。

   +++++

 好きな人がいた。
 時臣はそれを恋だと思っていた。
 転校続きで居場所を作れない自分に、気負いもなく声を掛けてくれたひと。読書にも付き合ってくれて、優しさを押しつけたりなどしなかった。
 家族以外で長い時間を共に過ごし、指切りして伴侶となる約束までを時臣にくれた。
 嬉しかった。彼との未来を想像して胸が高鳴ったりもしたのだ。

 けれど、たとえギルガメッシュの言葉に嘘がなかったのだとしても。
 家同士の思惑が混じってしまえば、純粋なだけではいられなくなる。
 時臣はいつも教室の隅にいた。そんな彼女と対照的に、太陽のように王のように笑っていた彼。わざわざ自分と親しくなろうとしてくれたのは、政略結婚をスムーズに行わせるためではないか――?

 疑い始めたらきりがなかった。ギルガメッシュとの時間はいつも楽しいものであったのに、次第に苦しくなり。
 予定通り帰国した時は、どこかでほっとしたのだ。

 時臣はずるい。
 寄せられる好意に応えられないのに、冷たく振ることも出来ない。雁夜や凛はそれが優しさだと言ってくれるけれど、他ならない自分のことだからわかる。
 嫌われたくなくて、体面を取り繕っているだけだ。
 臆病で、本心を吐露することも出来ない。喉元まできた言葉をいつも呑みこんでしまう。
 ……ギルガメッシュが留学してきてからも。
 本当は、会えない間に積もらせた話が沢山あった。つまらないと言われても、根気よく伝え続ける選択肢だってあったのに。
どこかで、時臣は諦念を宿らせたのだ。
(このままでは平行線だ)
 許婚だからと言って、貴方を理解したい、と迫れば疎まれるだろう。
 冬木へ来てからも彼の行動は派手で、こんな自分ではすぐに飽きられて当然だ。

 ならば、文句を言わない。
 ギルガメッシュのどんな振る舞いにも口を挟まない。
 そうして、いつしか出来た溝は埋め難い深さになっていた。



 婚約者の不実をまだ知らなかった頃、綺礼と親しくなった。
 同じ高校といっても言峰璃正と両親が旧知だったから勉強を教えていただけで、お互い大学に入ってから会う機会が増えた。
 早くから教会の手伝いをしている年下の青年は彼女にとって好ましく、彼も自分に親しんでくれているのだと思うと誇らしかった。
 一つ年上なだけの時臣を「師」と呼び、ぎこちなく笑いかけてくれる。
 綺礼がもたらしてくれる、安らげる時間が大切だった。

 ――いや、穏やかでなくとも構わない。
 時臣の誕生日。ぐちゃぐちゃに荒れた心で、綺礼の前では取り繕う余裕すらなかった。そんな自分でも抱きしめてくれた。同情されたかと瞬時に頬が朱くなった。
『違います。私は、あなたのことが』
 耳を塞ぐのは間に合わなかった。はっきり聞いたら戻れなくなると知っていた。静かな彼の激情にまぶたが焼き切れるかと思った。
(綺礼が、私を「好き」?)
 どうして、もっと泣きたくなるのだろう。
 

 ギルガメッシュのことが好きだった。
 果たしてそれは「恋」だったのだろうか。
 時臣を求めてくれたひと。たしかに側に居たかった。
 ――彼に抱いていたのは、恋情ではない。
 大切で対等な、友人として慕っていたのだ。



 好きな人がいる。
 時臣の涙を掬い、色々なものと引き換えに攫ってくれた。彼女もまた彼を選んだ。
「……綺礼……私はやはり、きちんとギルと話して来ようと思う」
 今日だって助けられたが、逃げるだけでは終わりが見えないのだ。卑怯なままでいたくない。
 二人きりの空間だけではなく、堂々と愛する人の隣に立っていたいから。

 変えてみせようと、時臣は思う。

   +++++


(ねえ綺礼、あんたが私から遠坂からお姉さまを奪うなら、)
(命がけで幸せにしないと許さないわ)

 ――やはり、凛か。こんな時間に起きているようでは優雅になれんぞ。
「余計なお世話よ。私が出た方が好都合だったでしょ?」

 たった十歳でも、凛は頭も口もよく回る少女だった。
 ギルガメッシュがいない今、のこのこ電話を掛けてきた綺礼を問い詰めて、洗いざらい吐かせようと一気にまくしたてる。
「さっさと用件を言いなさい。そしてお姉さまに代わってちょうだい」
 ――遠坂時臣は、もう、いないんだ。

 綺礼の声はいつも以上に沈んでいる。
「どういう、意味……っ!?」
 ――急なことだった。私も彼女も、こんなことになるなんて思ってもみなかったんだ。
 ――遠坂時臣は、もうどこにもいない。



 握った受話器が、手の汗で滑る。
(お姉さまが、どこにもいない――)
(綺礼の、せい?)
 少女の心に、じわじわ絶望が広がってゆく。

 やっぱり、凛は綺礼が大嫌いだ。


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