つむぎとうか
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三年目の
年齢操作・捏造設定パラレル/雁夜さん誕生日祝い
冬の終わり頃から、遠坂桜は臨戦態勢になる。
ただでさえイベントが集中する時期だ。クリスマスイブに始まり、バレンタイン、ホワイトデーと、どれも外せない行事だろう。
恋人のいる若い娘ならばなおさら、一つ一つを大切に過ごしたいものだ。
おまけに三月は桜と雁夜の誕生月でもある。主にやることといえば、プレゼント選びとデートのプランニングくらいだが、その二つが毎回難関なのだった。
今の所、雁夜は何を贈っても喜んでくれる。多分、「桜が自分のためにプレゼントを用意してくれた」事実が嬉しいのだろうと思う。
裏を返せば、いつまで経っても彼の好みが推し量れないということにもなるのだ。
そもそも、雁夜はあまり己を語りたがらない。
紅茶よりはコーヒー派。写真を撮るのが趣味。養護教諭の職を得る前は、フリーのルポライターとして生計を立てていた――
細々としたことならもう少し挙げられるけれど、現在のところ、雁夜に関して知っていることといえばそれくらいで。
出逢ってから再会するまでの十年間は断片的にしか掴めていない。
教えたくないなら、詮索しないでおこうと桜は決めている。ただ、過去と関係ない事ならばいくらでも聞きたいのだ。
桜とて決して饒舌ではないが(比較対照は家庭内でのムードメーカー的存在の姉だ)、雁夜と居るとついついよく喋ってしまう。彼は相槌を打つのが上手いのだ。結果、桜や遠坂家の最近の出来事はほぼリアルタイムで雁夜も共有している。
一方通行気味のコミュニケーション。ずるい、と拗ねてしまうのは子どもっぽい。
どうしたって年齢差は縮まらないから、せめて内面くらいは近づきたくて。付き合い出してから、桜はちょっぴり背伸びすることを覚えた。まあ雁夜に子ども扱いされたことなんてないけれど。
ゆえに桜は、今日も贈り物に頭を悩ませるのだ。幼い時分からの彼を知る母に相談しながら。
「仁義なきプレゼント攻撃」――
そうふざけて命名したのは凛だ。
発端は、再会して最初に迎えた十二月の始め。
『イブにはデートしても構わないけど、クリスマスは家族で過ごすものだよ。どうしてもと言うなら雁夜を我が家に招きなさい』
威厳たっぷりに言い放った時臣だったが、建前に過ぎない。葵に訳させた本音は「私だってたまには雁夜と話したい」というところ。
桜は合鍵を所持しているし、凛も保健室に行けば会える。葵は定期的に「幼なじみ同士、積もる話があるのでお茶してきます」と出かけて行く。時臣だけ雁夜と顔を会わせる機会が滅多になかった。
実は時臣の性格を苦手としている雁夜がさりげなく避けているという事情があるのだけれど、ショックで固まるので誰もが教えない。世の中知らない方が良いこともある。
葵、凛、そして桜が熱心に勧誘した甲斐あって、遠坂邸でのパーティーには雁夜の姿もあり、恋人である桜の何倍も父がはしゃいでいるという珍しい光景が繰り広げられた。
その席で時臣は何気なく言った。
『それにしても、冬は賑やかで良いね。凛の誕生日から、ひと月経たないうちに桜の誕生日だ』
『ええ、お父様。バレンタインやホワイトデーもあります』
『甘いわ、凛。さらにホワイトデーから十日以内に雁夜君の誕生日が来るのよ』
凛と葵がきらりと眼を光らせる傍らで、当の雁夜は桜が作ったケーキに舌鼓を打っていた。
『どうかな、雁夜さん? チョコ系が食べたいって言ってたからスポンジに混ぜてみたんだけど』
『めちゃくちゃ美味しいよ! 売ってるやつよりこっちのが断然良い!!』
『気に入ってもらえて嬉しい』
見つめ合って微笑みを交わす。和やかな恋人たちの会話と同時進行で、遠坂家の母と長女は策略を巡らせていた。
『やっぱり、二年後が勝負よね。奥手な雁夜君にちゃんと動いてもらわないと』
『そうと決まればさっそく作戦会議ね』
(あれ、私がいなくても楽しそう……?)
時臣ひとりが取り残された。
雁夜と桜が二人の世界を創り出し、葵と凛が「間桐雁夜を桜の婿に迎えよう計画」を楽しげに発動させている居間で完璧に蚊帳の外であった。家主なのに。おまけに当主なのに。
寂しくワイングラスを傾けていたら、救世の声が掛けられた。
『時臣さん、今夜は招待ありがとう。俺、実家にいた頃はクリスマス祝ったことなんてなかったから、――ちょっと感動した』
しょんぼりしていた父は感涙しながら娘の彼氏に抱きついた。
『雁夜っ、今すぐ結婚しよう(桜と)!遠坂の家に来てくれ(桜の婿として)!!絶対に幸せにするから(父親として娘夫婦を)!!!』
『……お父様? 母さんや私の目の前で雁夜さん口説くなんて素晴らしい度胸ですね……?』
我に返ると娘たちと妻の冷たい視線が突き刺さった。時臣の体勢はまるで雁夜を手籠めにしようとしているようにも見える。腕の中で、雁夜は驚きの余り固まっている。
この晩生じた誤解は年内いっぱい解けなかった。
あっという間に新年が訪れ、二月のバレンタイン、桜は心をこめたトリュフチョコレートを贈った。
そのお返しだと、半月後の誕生日は水族館に連れて行ってもらった。ホワイトデーには色とりどりのキャンディが詰まったバスケットをプレゼントされた。
雁夜の誕生日は遊園地へ。楽しかったが、ここも桜が前々から行きたかった場所だった。
翌年も似たような流れだった。付き合って一年が経っても二年が過ぎても、雁夜は恋人である桜にすら「やりたいこと」を言わない。
穏やかな笑顔で流される日々だ。
(こんなの、私だけ浮かれてるみたいじゃない……)
張り合いのなさに少々肩を落としてしまう。
甘やかされるのは好きだ。桜の希望を尋ね、時には先回りして叶えてくれる。いつでも優しい。声を荒げるレベルで喧嘩したことなど片手の指以下で。
『俺の、欲しいもの? あるけど秘密』
優しいけれど、頑固な人だ。去年も一昨年もそう言って教えてくれなかった。
今年も同じ。事前リサーチではかばかしい結果は得られなかった。
デートの約束だけはしていたから、自分なりに考えて用意した「答え」を持って、彼の部屋に赴く。
そういえば、アパートに呼ばれたのは初めてかもしれない。いつもは勝手にあがりこんで食事の支度などしているので。
インターフォンを押す指が緊張で震えた。合鍵があるので鳴らす必要はないのだが、なんとなく畏まってしまう。「どうぞ、入って」
彼の声が響くと共にロックが開いた。
「お邪魔します。ハッピーバースデー、雁夜さん」
「ありがとう。助かるよ、そろそろ新調しなきゃって思ってたから」
真っ先に渡したものは春用のコートだ。よれよれなのが気になっていた。
玄関先で手放しで賞賛した後、雁夜は桜の手を引く。導かれてテーブルを挟んで向かい合う。
「これを、俺から桜ちゃんに」
差し出された小箱に疑問符を浮かべた。
「誕生日もホワイトデーもとっくにくれたでしょ?」
「違うよ。君がくれるプレゼントなんだ」
首を傾げながら蓋を開けば、そこに鎮座しているのは――
「……これ、って」
「二年以上前から、俺が一番欲しかった物。桜ちゃんが高校を卒業したら渡そう、って思ってた」
――三月二日、誕生日に贈ることも考えたけれど、貰うのは俺の方だから。指輪ひとつと引き換えに。
「君のこれからの人生、一緒に過ごす権利を、ください」
言葉が出なくて。
滲む涙をごしごし拭い、上擦る唇を抑え、桜は必死に首を縦に振った。
雁夜が笑って念押しした。
「俺と、結婚してくれますか?」
「はい、」
これからもずっと側に。
早速指輪を嵌めて頬を染める恋人を、雁夜は遠慮がちに抱き寄せた。
白い指に光るものは、彼女を縛る枷でしかない。
わかっていたから躊躇った。葵と凛と時臣からせっつかれてはいたが、最終的にプロポーズすることを決断したのは彼自身だ。
無欲なんかじゃない。欲しかったのは、桜の全て。
「その代わり、雁夜さんもぜんぶ私にくれるんでしょう?」
……見透かしたような微笑に見惚れて、掬った髪の一筋に口づけを降らせた。
ただでさえイベントが集中する時期だ。クリスマスイブに始まり、バレンタイン、ホワイトデーと、どれも外せない行事だろう。
恋人のいる若い娘ならばなおさら、一つ一つを大切に過ごしたいものだ。
おまけに三月は桜と雁夜の誕生月でもある。主にやることといえば、プレゼント選びとデートのプランニングくらいだが、その二つが毎回難関なのだった。
今の所、雁夜は何を贈っても喜んでくれる。多分、「桜が自分のためにプレゼントを用意してくれた」事実が嬉しいのだろうと思う。
裏を返せば、いつまで経っても彼の好みが推し量れないということにもなるのだ。
そもそも、雁夜はあまり己を語りたがらない。
紅茶よりはコーヒー派。写真を撮るのが趣味。養護教諭の職を得る前は、フリーのルポライターとして生計を立てていた――
細々としたことならもう少し挙げられるけれど、現在のところ、雁夜に関して知っていることといえばそれくらいで。
出逢ってから再会するまでの十年間は断片的にしか掴めていない。
教えたくないなら、詮索しないでおこうと桜は決めている。ただ、過去と関係ない事ならばいくらでも聞きたいのだ。
桜とて決して饒舌ではないが(比較対照は家庭内でのムードメーカー的存在の姉だ)、雁夜と居るとついついよく喋ってしまう。彼は相槌を打つのが上手いのだ。結果、桜や遠坂家の最近の出来事はほぼリアルタイムで雁夜も共有している。
一方通行気味のコミュニケーション。ずるい、と拗ねてしまうのは子どもっぽい。
どうしたって年齢差は縮まらないから、せめて内面くらいは近づきたくて。付き合い出してから、桜はちょっぴり背伸びすることを覚えた。まあ雁夜に子ども扱いされたことなんてないけれど。
ゆえに桜は、今日も贈り物に頭を悩ませるのだ。幼い時分からの彼を知る母に相談しながら。
「仁義なきプレゼント攻撃」――
そうふざけて命名したのは凛だ。
発端は、再会して最初に迎えた十二月の始め。
『イブにはデートしても構わないけど、クリスマスは家族で過ごすものだよ。どうしてもと言うなら雁夜を我が家に招きなさい』
威厳たっぷりに言い放った時臣だったが、建前に過ぎない。葵に訳させた本音は「私だってたまには雁夜と話したい」というところ。
桜は合鍵を所持しているし、凛も保健室に行けば会える。葵は定期的に「幼なじみ同士、積もる話があるのでお茶してきます」と出かけて行く。時臣だけ雁夜と顔を会わせる機会が滅多になかった。
実は時臣の性格を苦手としている雁夜がさりげなく避けているという事情があるのだけれど、ショックで固まるので誰もが教えない。世の中知らない方が良いこともある。
葵、凛、そして桜が熱心に勧誘した甲斐あって、遠坂邸でのパーティーには雁夜の姿もあり、恋人である桜の何倍も父がはしゃいでいるという珍しい光景が繰り広げられた。
その席で時臣は何気なく言った。
『それにしても、冬は賑やかで良いね。凛の誕生日から、ひと月経たないうちに桜の誕生日だ』
『ええ、お父様。バレンタインやホワイトデーもあります』
『甘いわ、凛。さらにホワイトデーから十日以内に雁夜君の誕生日が来るのよ』
凛と葵がきらりと眼を光らせる傍らで、当の雁夜は桜が作ったケーキに舌鼓を打っていた。
『どうかな、雁夜さん? チョコ系が食べたいって言ってたからスポンジに混ぜてみたんだけど』
『めちゃくちゃ美味しいよ! 売ってるやつよりこっちのが断然良い!!』
『気に入ってもらえて嬉しい』
見つめ合って微笑みを交わす。和やかな恋人たちの会話と同時進行で、遠坂家の母と長女は策略を巡らせていた。
『やっぱり、二年後が勝負よね。奥手な雁夜君にちゃんと動いてもらわないと』
『そうと決まればさっそく作戦会議ね』
(あれ、私がいなくても楽しそう……?)
時臣ひとりが取り残された。
雁夜と桜が二人の世界を創り出し、葵と凛が「間桐雁夜を桜の婿に迎えよう計画」を楽しげに発動させている居間で完璧に蚊帳の外であった。家主なのに。おまけに当主なのに。
寂しくワイングラスを傾けていたら、救世の声が掛けられた。
『時臣さん、今夜は招待ありがとう。俺、実家にいた頃はクリスマス祝ったことなんてなかったから、――ちょっと感動した』
しょんぼりしていた父は感涙しながら娘の彼氏に抱きついた。
『雁夜っ、今すぐ結婚しよう(桜と)!遠坂の家に来てくれ(桜の婿として)!!絶対に幸せにするから(父親として娘夫婦を)!!!』
『……お父様? 母さんや私の目の前で雁夜さん口説くなんて素晴らしい度胸ですね……?』
我に返ると娘たちと妻の冷たい視線が突き刺さった。時臣の体勢はまるで雁夜を手籠めにしようとしているようにも見える。腕の中で、雁夜は驚きの余り固まっている。
この晩生じた誤解は年内いっぱい解けなかった。
あっという間に新年が訪れ、二月のバレンタイン、桜は心をこめたトリュフチョコレートを贈った。
そのお返しだと、半月後の誕生日は水族館に連れて行ってもらった。ホワイトデーには色とりどりのキャンディが詰まったバスケットをプレゼントされた。
雁夜の誕生日は遊園地へ。楽しかったが、ここも桜が前々から行きたかった場所だった。
翌年も似たような流れだった。付き合って一年が経っても二年が過ぎても、雁夜は恋人である桜にすら「やりたいこと」を言わない。
穏やかな笑顔で流される日々だ。
(こんなの、私だけ浮かれてるみたいじゃない……)
張り合いのなさに少々肩を落としてしまう。
甘やかされるのは好きだ。桜の希望を尋ね、時には先回りして叶えてくれる。いつでも優しい。声を荒げるレベルで喧嘩したことなど片手の指以下で。
『俺の、欲しいもの? あるけど秘密』
優しいけれど、頑固な人だ。去年も一昨年もそう言って教えてくれなかった。
今年も同じ。事前リサーチではかばかしい結果は得られなかった。
デートの約束だけはしていたから、自分なりに考えて用意した「答え」を持って、彼の部屋に赴く。
そういえば、アパートに呼ばれたのは初めてかもしれない。いつもは勝手にあがりこんで食事の支度などしているので。
インターフォンを押す指が緊張で震えた。合鍵があるので鳴らす必要はないのだが、なんとなく畏まってしまう。「どうぞ、入って」
彼の声が響くと共にロックが開いた。
「お邪魔します。ハッピーバースデー、雁夜さん」
「ありがとう。助かるよ、そろそろ新調しなきゃって思ってたから」
真っ先に渡したものは春用のコートだ。よれよれなのが気になっていた。
玄関先で手放しで賞賛した後、雁夜は桜の手を引く。導かれてテーブルを挟んで向かい合う。
「これを、俺から桜ちゃんに」
差し出された小箱に疑問符を浮かべた。
「誕生日もホワイトデーもとっくにくれたでしょ?」
「違うよ。君がくれるプレゼントなんだ」
首を傾げながら蓋を開けば、そこに鎮座しているのは――
「……これ、って」
「二年以上前から、俺が一番欲しかった物。桜ちゃんが高校を卒業したら渡そう、って思ってた」
――三月二日、誕生日に贈ることも考えたけれど、貰うのは俺の方だから。指輪ひとつと引き換えに。
「君のこれからの人生、一緒に過ごす権利を、ください」
言葉が出なくて。
滲む涙をごしごし拭い、上擦る唇を抑え、桜は必死に首を縦に振った。
雁夜が笑って念押しした。
「俺と、結婚してくれますか?」
「はい、」
これからもずっと側に。
早速指輪を嵌めて頬を染める恋人を、雁夜は遠慮がちに抱き寄せた。
白い指に光るものは、彼女を縛る枷でしかない。
わかっていたから躊躇った。葵と凛と時臣からせっつかれてはいたが、最終的にプロポーズすることを決断したのは彼自身だ。
無欲なんかじゃない。欲しかったのは、桜の全て。
「その代わり、雁夜さんもぜんぶ私にくれるんでしょう?」
……見透かしたような微笑に見惚れて、掬った髪の一筋に口づけを降らせた。
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