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つむぎとうか

   
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終わりの鐘は、高く Ⅰ
パラレル・女体化・死にネタ注意。舞台はどこか外国。時臣と凛と桜が姉妹。

 元々、言峰綺礼は聖職者だった。
 街の神父である父親の後を継ぐべく、教会に身を置いていたのだ。
 そんな彼が遠坂家の財産管理を任されたのは、他でもない父・璃正の導きによるものだった。



「この方は遠坂時臣さん。彼女の御父上とは、かねてより親交があった」
 柔和な笑みにさらに皺を刻んで、紹介されたのは、己と同年代か一、二歳年長に見える若い女性だった。
 遠坂は没落しかけの名家だと噂に聞いていたが、時臣は歴とした当主なのだという。
 彫りが深く端正な顔立ちに、鮮やかな蒼の双眸。
 ふわりと伸びた巻き毛は焦げ茶色で、吊り目なのにきつそうな印象は受けない。
「綺礼さん、はじめまして。お父様にはいつも親切にしていただいてます」
 そうか、ひとつひとつの仕草が丁寧だから。全体的に落ち着いた雰囲気に見えるのだろう。
「父上、私は未だ修行の身です。お役に立てるとは思えませんが」
「いや、お前だから任せられるのだ。信用に足る人物を、という話だから」
「――は?」
 話が見えず戸惑っていると、時臣が恥ずかしそうに口を開いた。
「両親が急死して、遺産どころか借金を抱えていることが判明した。途端に、使用人たちは金目の調度を持ち出して、一斉に逃げた……そういうわけで、残った財を管理してくれる人を捜していたんです」
 裏切られたのが余程堪えたのか、誰も彼も裏がありそうに見えて、と嘆息した。
「といっても、良い物はほとんど残っていない状況ですが。清貧を旨とす教会の方なら、大丈夫かと」
「綺礼は、若いですが神学校を首席で卒業しました。知識なら充分備えています」
 もちろん、最終的に受けるかどうかはお前次第だ――選択肢を与えられたが、断る理由も特に見当たらず。
 宜しくお願いします、と頭を下げると、時臣は花のように艶やかな微笑を浮かべた。



 一時的に教会から離れ、遠坂家に雇われた綺礼は、財務管理以外の雑務も色々とこなした。
 通いのつもりが住み込むかたちになったのは、女所帯の用心棒といったところか。
 初対面から既に惹かれはじめていた女性と、一つ屋根の下。
(正直、心臓に悪い)
 生活を共にしてわかったが、遠坂時臣という女性は、信じ難いほど無防備で危機意識に欠ける。両親の突然死以前は蝶よ花よと育てられていたに違いない。
 いや、どんな環境でも時臣のような性格はそうそう形成されないだろう。
『え? 毎日通ってもらうなんて大変だから、家の空いてる部屋を使ってくれればいいよ?』
 綺礼はすっかり身内同然のポジションを獲得してしまっているらしい。嘆かわしいことに。

 とはいえ、二人きりではないので、ぎりぎり理性を保っていることが出来た。

 西日が窓から射しこんでくる夕刻。
「さっきやってたお仕事は終わった? なら、私たちに勉強を教えて」
 小さな少女の影が、事務書類を片付けた綺礼の前に並び立つ。
 時臣の妹たち、凛と桜とも、まずます問題なくやっている。
 信じていた使用人に騙されたせいか、凛の方はしばらく棘々しい言動をとっていたが、幼いなりに姉と妹との暮らしを守ろうと必死なのだろう。
「綺礼、お姉さまのことをちゃんと支えてあげてね。すっかり頼ってらっしゃるんだから」
 姉を敬愛する凜が釘を刺す傍ら、桜も俯きつつしっかり主張を述べた。
「凛姉さんも私も、まだ難しいお話はわかりませんから。がんばってください、言峰さん」
 十にも満たない姉妹だが、ちゃんと行く末のことを考えているのだ。
「ああ、誓ってもいい。私の力の及ぶ限り、君たちの助けになろう」
 守れない約束など、簡単にしてはいけない。
 このとき、綺礼は、己を擲ってでも時臣たちに尽くすつもりでいた。



 借財整理にもだいぶ目処がついた、二年後の夏。
 その頃には、広い屋敷を処分して、最も小さな別邸に移り住んでいた。
 遠坂の所有物の大部分が人手に渡ったが、時臣たち姉妹はそんなに悲しんでいなかった。
「名家の矜持とやらにしがみつくなんて優雅じゃないからね。納得して手放す方が潔いというものだ」
 たまに紅茶が飲めれば良いと時臣は言い、お姉さまかっこいい、と凛がすかさず真似をする。――宝石一粒だけあれば良いわ。一呼吸おいて、私はお姉さまたちがいれば、と桜が続けた。
「わ、私だってお姉さまと桜が元気ならって思ってるわ! つい言い忘れちゃっただけでっ!」
「大丈夫だよ凛、わかってるから。……綺礼は?」
 ――君の大切なものは何? やっぱり聖書かな。
 不意に問われて、繕うことを忘れる。
「それは、時臣師ですが」
 師付けで呼ぶのが、いつからか習慣になっていた。
 物心ついた時から書庫で蔵書を漁るのが日常だったという彼女は、神学校出身の綺礼も舌を巻くほど博識で、教わることも多かったからだ。
「え、私?」
 告白じみたやりとりになってしまったと内心焦って、早口で付け加えた。
「もちろん、凛や桜、父や教会の同僚も同じように大事です……何を笑っている、凛」
「別に? 無性に可笑しくなっただけよ」
 桜は無言だったが、このヘタレ、と唇を動かさずに紡いでいたのを綺礼は見た。
 容赦のない姉妹である。
 肝心の時臣は、綺礼がからかわれていることにも気づかないらしい。ましてや自分が原因だなんて思い至るはずがない。
 凛と桜が鋭いのか、時臣が特別鈍いのか。きっと両方だ。
「師よ、お代わりは如何ですか? 今日は上手く淹れられるような気がします」
「根拠のない自信は持っちゃいけないよ綺礼。君、何でも出来るのにお茶淹れるのだけは上達しないよね」
(それは、貴女の紅茶が好きだからです)
 ずっと、下手な腕前でいい。
 時臣の淹れる味でないと駄目なのだと理由をつけて、側に居る口実が欲しかった。
 告げるわけにはいかない。遠坂家を建て直そうと前だけを向いて進もうとする彼女の歩みを乱してしまいかねないから。
 どうせ、つかのまの雇用関係。
 遠坂の管理人としての役目が終われば、こんなに近くで話すこともなくなるだろう。
 綺礼は、己の恋心を認めた上で封印した。

 順調に見えた借財整理に暗雲が兆すのは、この先、冬のことである。




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