つむぎとうか
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彼女が望んだ世界 3
女性な時臣さんが聖杯戦争に参加していたら、という妄想。
ギル時ですが時臣さんは葵さん(♂)と夫婦です。
ギル時ですが時臣さんは葵さん(♂)と夫婦です。
彼女を欠いた世界はどんよりしている。
葬送の空は曇っていた。
凛はきっぱりと、父の横に立って弔問客に挨拶をしていた。
遠坂時臣の最期は惨い姿であったのだという。
世間では事故死と処理され、事情を知る魔術師たちの間では敗残死、それも酷い散り様だったと伝えられた。
顔すら判別のつかぬ潰れようだった、と。
しかし、聖杯戦争に挑んだ時点で十分に想定できた事態だ。
喪主をつとめる夫の葵は愛する妻を亡くし茫然としていたが、娘たちの前では気丈にふるまっていた。
葬儀にあたり、他家の養女となった次女の桜も、保護者である間桐雁夜に付き添われて久し振りに遠坂の門をくぐった。
「では、凛への教育は言峰さんに一任します」
雁夜が姉妹の相手をし、葵と綺礼は遠坂家の今後に関して話し合った。
代々つないできた魔術の継承を、故人もまた望んでいるはずだ。万一に備えて、預けてあった遺言状が開示された。
「魔術刻印は全て、師の意思に沿って摘出しました。段階的に、凛に移してゆくこととなるでしょう」
葵にはわからない世界だが、凛は濃い才能を持って生まれたと時臣は誇らしげにしていた。
戦いの数ヶ月前からはごく初歩的な魔術の訓練も母娘の間で行われていたという。
この先、凛が遠坂の名を背負っていかなければならない。時臣の弟子だった綺礼に頼るしかない。
「力になれず申し訳ありませんでした、旦那様。私は時臣師のサポートをする立場にありながら、師を守ることができなかった」
「そんな、どうか顔を上げてください。きっと妻もあなたの無事を喜んでいるはずです」
責める筋合いはない。死地を生き残り、こうして彼女の言葉を伝えてくれている彼のことを。
「時臣師は、あの方は最後までご家族のことを想っておいででした。やっと会えるという段になって、けれど……帰れなかったのです」
「――俺が助かったのも、時臣がいてくれたおかげだ」
痛ましい外見となった幼なじみの青年は言う。
「ごめん、葵さん。俺、一度は本気で時臣を殺そうとした。周りが見えてなかった」
けれど今の彼は桜の保護者だ。凛にとっての綺礼と同じく、雁夜は桜を大切にしてくれるだろう。死んでしまった時臣と、無力な自分の代わりに。
それでも、葵が凛と桜の父親であることは変わらないのだから。
「雁夜君。春になったら、皆でどこかへ遊びに行こうか。凛と桜と、言峰君も一緒に」
これから本格的な冬が来るから。寒くて、心まで凍えそうな日が続くけれど。
冬を越えてあたたかくなれば、また歩き出せる気がするから。
……そこに彼女はいないとしても。
+++++
時臣の死は、無論偽装されたものだ。
遺体などない空の棺に、あたかも見るに耐えぬ苦悶の表情を浮かべた時臣が横たわっているように映る暗示をかけた。列席者たちが絶句するような見事な完成度だった。
「お前、悪趣味なことになると妙に張り切ってないか? 実は本性そっちなんじゃないのか」
俺は罪悪感で胸が裂けそうだったよ、と、雁夜は綺礼を睨んだ。
「そっちとはどっちだ。お前だって葵さんごめんなさいとか言いながら催眠かけてただろうが。共犯なのだから私にだけ汚れ役を押しつけるな」
家族には雁夜が、さほど時臣と親しくない大半の参列者には綺礼が幻術を仕込んだ。二人共魔術師としての技量は乏しい方だが、時臣の教え方が巧みだったのかぎりぎり成功した。
ちなみに――
騙せないと踏んだ他の元マスター陣には、ある程度の事情を打ち明け済みだ。
特に、アーチボルト家の当主であるケイネスには助力を要請していた。
「私でなくとも、時計塔には遠坂の知己くらいいるだろうに……ああ、そいつらには生存を隠すのか」
「そうだ、師は自分につながる形跡を全て絶とうとしている。貴方の力を借りれば、完璧に身を隠すことも可能だろう」
決戦終結時、居合わせたのは時臣と綺礼と切嗣の三人だという。
天才魔術師とうたわれた自分も及ばなかった、遠坂の五代目当主。誇り高き聖杯戦争の勝利者。
ケイネスが手を貸してやる義理などないが、己を殺しサーヴァントを自決までさせた彼女への餞に、一度だけなら言うことを聞いてやってもいい。
「……今回だけだからな」
「恩に着る」
時臣は一人、冬木を去った。
ケイネスと綺礼と雁夜だけが、彼女の落ち着き先を知っている。
雁夜には危惧していることがあった。
「あいつ、本当に死ぬつもりなんじゃないか」
「いったん戦死を偽装したのに、か? 何故そんな回りくどいことをする」
死んだのは“遠坂家の時臣”だからだよ、と雁夜は説明した。
「俺は、間桐に対して嫌悪しか持ってなかったから家を出たが、時臣は生まれてずっと己の出自を誇って生きてきたんだ。結婚すら、血統相続のためにって割り切って決めた所がある。けど、あいつは英雄王に惹かれてたんだろ?」
雁夜がギルガメッシュと直接対峙したことはないのに、よくわかることだ。
「……まあ、何だかんだで付き合い長いから。療養中、ぽつぽつ聞かせてくれたよ」
自分のサーヴァントがどんな性格か――主に厄介だという愚痴だったのだが――無意識に口元を緩めて語った。
彼女が夫を愛していないというわけでは、ない。政略結婚でも、積み重ねた日々のなかで葵と時臣は確かな絆を築いていた。
出逢ってしまったのが運の尽きだったのだろう。
「桜を助け出して、凛に継がせたのは、魔術師としての時臣だ。あいつが“遠坂”でやり残したことはもうない。だから、今日は魔術師としての時臣の葬式だってこと」
そうして、新たに歩む機会を得たのだとしても。
恋した相手を滅した己を呪って生きていけるだろうか。
(そんな生活、すぐに破綻するのは目に見えている)
「生きるってのは、前を向かなくちゃ出来ないことなんだよ。ちょっと前まで俺もわかってなかった。あいつが死にたいと心から望むなら、それを阻むのは至難の業だぞ」
抜け殻のように過ごす日々など残酷なだけだ。
「私は師に無理をさせたくない。だが、少なくともあと二ヶ月は生き続けていただかなくては。打開策も立てられん」
「神父、お前一体何企んでるんだ?」
「知りたければまず師の自殺を止めろ。間桐雁夜、付き合い長いならそれくらい出来るだろう?」
しまった、言質をとられた。
「わかったよ。二ヶ月先、それまでは絶対あいつを死なせないから」
――後は任せたぞ、一番弟子。
+++++
ギルガメッシュは楽しげに肩を揺らした。
『賭けをせぬか、綺礼』
これ以上時臣を弄ぶな、と警告するために呼んだのに、綺礼の言葉の殆どを受け流し、埒があかないと諦めかけたところ、黄金のサーヴァントは脈絡なくそう持ち掛けてきたのだ。
『何を言っている? 貴様、私の話を聞いていなかったろう』
『ふん、忠義面した弟子なぞつまらぬものよ。それに、時臣に関する賭けだぞ?』
ますます呆れた。聖職者が賭け事に乗る道理はないだろう。
だが、遮ろうともギルガメッシュはどこ吹く風で言い放った。
『あの女は些末な存在に過ぎぬ。だが、この英雄王の心を欲すとは興味深い』
気づいて、いたのか。いや、綺礼でさえ早々にわかったのだ、視線を向けられた当人が悟らない方がおかしい。
ギルガメッシュの性格からして、あくまで臣下の礼を取る時臣をからかいたいのかもしれない。
『閨でも止めてくれと幾度も懇願するくせ、我を映す瞳には隠しきれぬ歓喜を宿らせて仰け反る……いっそ愛おしいほどの身の程知らずよ』
素直に、嬉しいと告げれば可愛げもあろうに。
綺礼は額に手をやった。聞きようによってはただの惚気である。
『は、その台詞だけ聞いているとまるで貴様の片思いだな』
『好きに言うが良い』
このサーヴァントは、聖杯戦争の真の目的、ひいては時臣がしようとしていることを知ったらどう感じるのだろう。
『賭けとやらの内容を言ってみろ。私は、師の味方だ』
ギルガメッシュはますます口角を上げた。
今にして思えば、あのとき既に、彼の英霊は時臣の望みを把握していたのだ。
葬送の空は曇っていた。
凛はきっぱりと、父の横に立って弔問客に挨拶をしていた。
遠坂時臣の最期は惨い姿であったのだという。
世間では事故死と処理され、事情を知る魔術師たちの間では敗残死、それも酷い散り様だったと伝えられた。
顔すら判別のつかぬ潰れようだった、と。
しかし、聖杯戦争に挑んだ時点で十分に想定できた事態だ。
喪主をつとめる夫の葵は愛する妻を亡くし茫然としていたが、娘たちの前では気丈にふるまっていた。
葬儀にあたり、他家の養女となった次女の桜も、保護者である間桐雁夜に付き添われて久し振りに遠坂の門をくぐった。
「では、凛への教育は言峰さんに一任します」
雁夜が姉妹の相手をし、葵と綺礼は遠坂家の今後に関して話し合った。
代々つないできた魔術の継承を、故人もまた望んでいるはずだ。万一に備えて、預けてあった遺言状が開示された。
「魔術刻印は全て、師の意思に沿って摘出しました。段階的に、凛に移してゆくこととなるでしょう」
葵にはわからない世界だが、凛は濃い才能を持って生まれたと時臣は誇らしげにしていた。
戦いの数ヶ月前からはごく初歩的な魔術の訓練も母娘の間で行われていたという。
この先、凛が遠坂の名を背負っていかなければならない。時臣の弟子だった綺礼に頼るしかない。
「力になれず申し訳ありませんでした、旦那様。私は時臣師のサポートをする立場にありながら、師を守ることができなかった」
「そんな、どうか顔を上げてください。きっと妻もあなたの無事を喜んでいるはずです」
責める筋合いはない。死地を生き残り、こうして彼女の言葉を伝えてくれている彼のことを。
「時臣師は、あの方は最後までご家族のことを想っておいででした。やっと会えるという段になって、けれど……帰れなかったのです」
「――俺が助かったのも、時臣がいてくれたおかげだ」
痛ましい外見となった幼なじみの青年は言う。
「ごめん、葵さん。俺、一度は本気で時臣を殺そうとした。周りが見えてなかった」
けれど今の彼は桜の保護者だ。凛にとっての綺礼と同じく、雁夜は桜を大切にしてくれるだろう。死んでしまった時臣と、無力な自分の代わりに。
それでも、葵が凛と桜の父親であることは変わらないのだから。
「雁夜君。春になったら、皆でどこかへ遊びに行こうか。凛と桜と、言峰君も一緒に」
これから本格的な冬が来るから。寒くて、心まで凍えそうな日が続くけれど。
冬を越えてあたたかくなれば、また歩き出せる気がするから。
……そこに彼女はいないとしても。
+++++
時臣の死は、無論偽装されたものだ。
遺体などない空の棺に、あたかも見るに耐えぬ苦悶の表情を浮かべた時臣が横たわっているように映る暗示をかけた。列席者たちが絶句するような見事な完成度だった。
「お前、悪趣味なことになると妙に張り切ってないか? 実は本性そっちなんじゃないのか」
俺は罪悪感で胸が裂けそうだったよ、と、雁夜は綺礼を睨んだ。
「そっちとはどっちだ。お前だって葵さんごめんなさいとか言いながら催眠かけてただろうが。共犯なのだから私にだけ汚れ役を押しつけるな」
家族には雁夜が、さほど時臣と親しくない大半の参列者には綺礼が幻術を仕込んだ。二人共魔術師としての技量は乏しい方だが、時臣の教え方が巧みだったのかぎりぎり成功した。
ちなみに――
騙せないと踏んだ他の元マスター陣には、ある程度の事情を打ち明け済みだ。
特に、アーチボルト家の当主であるケイネスには助力を要請していた。
「私でなくとも、時計塔には遠坂の知己くらいいるだろうに……ああ、そいつらには生存を隠すのか」
「そうだ、師は自分につながる形跡を全て絶とうとしている。貴方の力を借りれば、完璧に身を隠すことも可能だろう」
決戦終結時、居合わせたのは時臣と綺礼と切嗣の三人だという。
天才魔術師とうたわれた自分も及ばなかった、遠坂の五代目当主。誇り高き聖杯戦争の勝利者。
ケイネスが手を貸してやる義理などないが、己を殺しサーヴァントを自決までさせた彼女への餞に、一度だけなら言うことを聞いてやってもいい。
「……今回だけだからな」
「恩に着る」
時臣は一人、冬木を去った。
ケイネスと綺礼と雁夜だけが、彼女の落ち着き先を知っている。
雁夜には危惧していることがあった。
「あいつ、本当に死ぬつもりなんじゃないか」
「いったん戦死を偽装したのに、か? 何故そんな回りくどいことをする」
死んだのは“遠坂家の時臣”だからだよ、と雁夜は説明した。
「俺は、間桐に対して嫌悪しか持ってなかったから家を出たが、時臣は生まれてずっと己の出自を誇って生きてきたんだ。結婚すら、血統相続のためにって割り切って決めた所がある。けど、あいつは英雄王に惹かれてたんだろ?」
雁夜がギルガメッシュと直接対峙したことはないのに、よくわかることだ。
「……まあ、何だかんだで付き合い長いから。療養中、ぽつぽつ聞かせてくれたよ」
自分のサーヴァントがどんな性格か――主に厄介だという愚痴だったのだが――無意識に口元を緩めて語った。
彼女が夫を愛していないというわけでは、ない。政略結婚でも、積み重ねた日々のなかで葵と時臣は確かな絆を築いていた。
出逢ってしまったのが運の尽きだったのだろう。
「桜を助け出して、凛に継がせたのは、魔術師としての時臣だ。あいつが“遠坂”でやり残したことはもうない。だから、今日は魔術師としての時臣の葬式だってこと」
そうして、新たに歩む機会を得たのだとしても。
恋した相手を滅した己を呪って生きていけるだろうか。
(そんな生活、すぐに破綻するのは目に見えている)
「生きるってのは、前を向かなくちゃ出来ないことなんだよ。ちょっと前まで俺もわかってなかった。あいつが死にたいと心から望むなら、それを阻むのは至難の業だぞ」
抜け殻のように過ごす日々など残酷なだけだ。
「私は師に無理をさせたくない。だが、少なくともあと二ヶ月は生き続けていただかなくては。打開策も立てられん」
「神父、お前一体何企んでるんだ?」
「知りたければまず師の自殺を止めろ。間桐雁夜、付き合い長いならそれくらい出来るだろう?」
しまった、言質をとられた。
「わかったよ。二ヶ月先、それまでは絶対あいつを死なせないから」
――後は任せたぞ、一番弟子。
+++++
ギルガメッシュは楽しげに肩を揺らした。
『賭けをせぬか、綺礼』
これ以上時臣を弄ぶな、と警告するために呼んだのに、綺礼の言葉の殆どを受け流し、埒があかないと諦めかけたところ、黄金のサーヴァントは脈絡なくそう持ち掛けてきたのだ。
『何を言っている? 貴様、私の話を聞いていなかったろう』
『ふん、忠義面した弟子なぞつまらぬものよ。それに、時臣に関する賭けだぞ?』
ますます呆れた。聖職者が賭け事に乗る道理はないだろう。
だが、遮ろうともギルガメッシュはどこ吹く風で言い放った。
『あの女は些末な存在に過ぎぬ。だが、この英雄王の心を欲すとは興味深い』
気づいて、いたのか。いや、綺礼でさえ早々にわかったのだ、視線を向けられた当人が悟らない方がおかしい。
ギルガメッシュの性格からして、あくまで臣下の礼を取る時臣をからかいたいのかもしれない。
『閨でも止めてくれと幾度も懇願するくせ、我を映す瞳には隠しきれぬ歓喜を宿らせて仰け反る……いっそ愛おしいほどの身の程知らずよ』
素直に、嬉しいと告げれば可愛げもあろうに。
綺礼は額に手をやった。聞きようによってはただの惚気である。
『は、その台詞だけ聞いているとまるで貴様の片思いだな』
『好きに言うが良い』
このサーヴァントは、聖杯戦争の真の目的、ひいては時臣がしようとしていることを知ったらどう感じるのだろう。
『賭けとやらの内容を言ってみろ。私は、師の味方だ』
ギルガメッシュはますます口角を上げた。
今にして思えば、あのとき既に、彼の英霊は時臣の望みを把握していたのだ。
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