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つむぎとうか

   
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One Holiday
意識させてみた

 休日、外出先で思いがけなく知り合いに遭遇することは誰しも経験があるだろう。
 だがあまりに意外な相手だったので、最初志摩は気のせいに違いないと思った。
 まじまじと二度見していたら、あ、こんにちは、などと普段どおりの調子で頭を下げられたので、紛れもなく同校生で放課後の塾では講師でもある奥村雪男その人なのだとわかってしまった。
 眼鏡と黒子がトレードマークの彼に、ハンバーガーショップで会うとは――想像だにしていなかった。



 寺の息子で祓魔塾に通っているという点を除いて、自分はごく一般的な男子高校生であると志摩は思っている。禁欲的な勝呂やそれに律儀に付き合う子猫丸とつるんではいるが、彼らとは根本的に考え方が異なるのだ。
 志摩の見立てでは、雪男は同学年だけれど勝呂たち以上に規格外の超人である。
 入学式から二ヶ月と少しが過ぎ、彼が首席合格者の名に恥じず特進科でも一目置かれているという噂は頻りに耳にしていた。
 桁外れに勉強が出来るというだけなら、彼個人に興味を抱くということもなかっただろう。
 だが、雪男は志摩も将来属するであろう世界の先輩であり、温和な物腰ながら授業では厳しく指導し、双子の兄に対しては丁寧な仮面も剥いだ。
 家族に遠慮なんかしないのは当たり前だが、燐と話す時の雪男は不思議と顔つきまで幼く見え、志摩はそんな彼の変化を面白いと思った。
 ――見ていて飽きないひとだ、と。
 かっこいいと騒ぐ女子たちとは別の意味で、いつしか目で追うようになっていた。もっとも、雪男はじろじろ見られるのを好まない性質でありそうなので、気づかれない程度にさりげなく。
 彼にとっては、志摩は少々手の掛かる生徒に過ぎないのだろうから。
(いや、俺は女の子が大好きなんやし。柔兄みたくモテる先生を見習いたいってだけやで?)
 誰にともなく言い訳する、認める前の段階。
 本当はこの時点で、とうに囚われていたのだけれど。



 空が晴れ渡っているくらいで、他には特筆することもない週末。
 休日だからといって寝坊なんてしない勝呂が早朝ランニングを終え、子猫丸にも手伝ってもらい本格的に部屋の掃除に取り掛かろうとした所で、志摩はようやく目を覚ました。
『何時やと思うとるんや、全く。志摩、掃除の邪魔んなるからどっか出とき』
『三人でやったら早よう済むんやけどね、志摩さんどうせ面倒がるやろ?』
 さすがといおうか、幼なじみたちは志摩の性格を的確に理解している。
 四人部屋の一つは空きベッドで、三人で使っている空間を散らかしているのは主に志摩だが、片付けさせるより追い出すほうがはかどるとの判断らしい。
 時計を見ると十一時半だった。
 娯楽も多い学園町をぶらり歩くだけで、暇潰しにはなるだろう。
『ほな、道行く綺麗なお姉さんナンパしてきますわ』
『好きにせえ、阿呆』
 手早く着替えて寮を出た途端、腹が鳴った。
 ……まずは腹ごしらえをしようか。



 ちょうど昼時にさしかかり、大通りは賑やかだった。
 志摩は手近な飲食店の看板を見、財布の中身とも相談して、期間限定のセットメニューに惹かれて有名なチェーン店に入って行った。
 こうした店はどの時間帯でもそこそこ混雑しているものだ。
 席数も多いのでまあ大丈夫だろうと踏んだが、予想以上に満員状態でレジに並ぼうにも座る席がない。
 ……困っていると、ごちゃごちゃした店内の隅の席、澄んだ碧が視界に飛び込んできた。
 志摩の視線が釘付けになる。
(錯覚やろ。先生がこないな店で食事するイメージ湧かへんもん)
 だが、雪男の姿は遠目でも間違えようがなかった。
 凝視しながら無意識のうちに近寄っていたらしい、それは向こうも気づくだろう。
「あ、こんにちは、志摩君もお昼を?」
 幻ではなく、雪男は二人席に一人で座っていた。
「レジへ注文しに行く寸前だったんです。良かった、入れ違いにならなくて」
 混み具合と志摩の様子を見比べて、雪男は相席しませんか、と提案してきた。ありがたく乗らせてもらう。
「おおきに、恩人ですわ」
「そんな大げさな」
 制服でも祓魔師のコートでもない、私服姿が新鮮に映る。
 シャツにジーンズの志摩と大差ないが、ポロシャツとパンツを同系色でまとめ、落ち着いた雰囲気を纏っているが、塾の時とは違う同級生の表情である。
 荷物を置いて財布を握り、一緒に注文の列に並んだ。
「にしてもびっくりしました、先生でもハンバーガーとか食べはるんやね」
「……志摩君は僕を何だと思ってるんですか」
 苦笑いでごまかしているうちに順番が来て、慣れた様子でセットを頼む雪男にまた驚く。
 燐が大層な料理上手だと聞いていたので、あまり外食はしないのだろうと思っていた。
「そうだね、兄はああ見えて食事はきっちり修道院(いえ)で摂るタイプだったけど。僕は塾もあったから」
 そういえば、中学生で資格を取ったのなら、当然それより前に祓魔塾にも通っていたということだ。
 講師としての彼しか知らないから失念してしていた。
 今日の場合は逆で、燐は朝から弁当持参で高等部の補習に呼ばれたのだという。
 それで、雪男はコンビニ弁当、もしくは町へ出かける二択を迫られることになった。
 折角天気も良いし、仕事も大体片付いたので、散歩がてら寮を後にしたということだ。
  

 代金を支払い、品物が揃ったトレイを運んで、雪男と志摩は席に戻り昼食を開始した。
 無言で咀嚼するだけなのも味気ないので、会話の糸口を掴もうとしたが、さて、どんな話題を選んだらいいのやら。
「ここへは良う来るん?」
 ポテトをつまみながら尋ねる。
 勝手な印象だが、食事する雪男はどう考えても周りから浮いているように感じられた。
 互いにラフな格好をしているにも関わらず、同席の志摩と友人に見えるかも怪しい。どこへ行こうと、超然とした優等生オーラとは存在するもの。
 志摩では決して持ち得ない種類のものだ。
「そりゃあ、志摩君たちと違って、僕はこの町で育ったから。中学の頃は週一で通ったかな」
 牛丼屋とかにも世話になったよ、深夜まで営業してたし――さらりと、これまでの多忙さがしのばれるような答えを返し、雪男はシェイクを啜った。
「俺ら、寺育ちなうえかなり貧乏やったから、あんまし寄り道とかせえへんかってん」
「修道院も似たようなものだったよ。消灯時間が早くて」
 おかげで燐は未だに小学生みたいな時間にぐっすり寝てしまうのだという。
 一方の雪男は訓練を始めた当時が七歳であり、すっかり効率良く短い睡眠時間で動けるような習慣をつけた。
「けど、夕飯の席に現れへんかったら奥村君も心配したんとちゃう?」
「図書館で勉強してるって言ったらずっと信じてたよ」
 ほとんど利用したことがない志摩も、図書館はそんなに遅くまで開いていないだろうとつっこみたい気がしたが、それだけ燐は雪男を信頼していたのだろう。
「うちなんか日が暮れるんが門限で、ちょっと遅うなっただけで兄貴やらお父にえらい剣幕で怒鳴られたで」
 小学校時代は何の疑問もなく守ってきた決まりではあるが、中学に進学しても一向に緩和されず、これでは部活にも入れないと猛抗議した。
 それまで志摩は中学生=青春=部活、のイメージ(というか妄想)を繰り広げていたから必死だった。
 が、両親も兄姉も末息子の懇願を一蹴した。
『何言うてるんや、廉造は。学校が終わったら、何はさておき寺で修行、やろ』
 勝呂や子猫丸と、ずっと行動を共にするのは嫌ではなかったが、暗記が苦手な志摩はあまり熱心になれなかった。家族は彼にもっと真剣になって欲しかったのだろうが、そんな思惑は遊びたい盛りにはまだ理解できない。
『嫌や、寺におるんはいくらでも許してくれるくせに!ええやろ、中学生らしいことに打ちこんでも!!』
『ははん、どうせ廉造が打ちこむんは部活違うて女子と一緒に過ごすことやろ?』
 盛大な泣き落としを使ってもあっさりスルーされ、放課後は修行、そのまま兄たちと共に帰宅し夕食、という、ストイックな三年間が幕を開けたのだった。

 いつのまにか愚痴まじりの語りに入っていた志摩に、雪男は冷静に冷めると不味いよ、と指摘した。
(うわあ俺、めっちゃうざいモードやったんちゃうん!?)
 はっと口を押さえたが、予想に反し、雪男は楽しそうに頷いている。修道院の食卓を懐かしんでいるのだろうか。
 もしかしたらと思い、軽い調子で提案してみる。
「――せやから、こっち来てうるさい家族と離れて清々しとるんです。でも、完全にひとりなんもつまらへんから、」

 またこうして、俺とごはん食べに行きませんか?
 


『俺たち、そんなに寂しくはなかったしな』
 何かの拍子に燐が語ったことがある。
 燐と雪男が住んでいた場所は、裕福ではないけれど賑やかな修道院。街では本人の望みに関係なく売られる喧嘩に明け暮れていた燐でも、帰れば必ず迎えてくれる誰かがいた。食事を作る楽しみを覚えたのもこの環境があったからだろう。
 世辞にも明るいとは言えない昔話だったが、やはり「崇り寺の子ども」として明陀の外では爪弾きにされていた志摩は頷きながら聞いていた。
『わかるわあ、うちも大家族やったし。食事の時はそりゃうるさかったで!』
『だろ!?やっぱ、メシは大勢で食うのが一番美味いよなっ』

 似ていないとはいえ彼らは双子だった。目を丸くした雪男は、一瞬考え込む表情をしたが、すぐに柔らかい微笑を浮かべる。
「ええ、ぜひ。志摩君といると飽きなさそうだし」
 深く考えずに放った言葉だとしても、決定打となるのに不足はなかったようで。

(あかん、デート誘うより緊張したわ)
 早鐘を打つ心臓を押さえて、女子に告白した直後のような紅潮を隠すべく、氷だらけのコーラを頬に当てる。

 自覚したばかりの恋は、一瞬にして志摩から平凡な休日を奪い去ったのだった。
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