つむぎとうか
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とある晩に
11/11は恋人たちの日なのだそうで。
「どうせお前かて、矛兄の方がかっこ良かったて思うてんねやろぉ……」
自分の家でなく宝生家の敷居を跨いで管を撒く酔っ払い。
家族は皆寝静まった真夜中、蝮は迷惑そうに顔をしかめたが、泥酔状態の柔造を追い払うのは難しい。事の発端は枕元で鳴った着信音。
“いま、お前ん家の玄関におるんや”
あんたはメリーさんか、というツッコミは今更である。酒の入った柔造が彼女の元を訪れるのは毎度のことだ。近所なのだからちゃんと帰って欲しいが、他の誰かの所に行かれたらと思うと心がざわつくので仕方がない。
翌朝の食卓がひとり増えて賑やかになるのも、月一の頻度で起こる光景だ。
父はじろりと一瞥するだけで黙々と食事に取り掛かるし、母は成人男性の食べっぷりに嬉しそうに給仕をする。妹たちも最初の数回こそ招かれざる客に対して文句や嫌味を垂れていたが、ごはんが不味くなると気づいてからは父に習って彼を無視する方向に落ち着いている。
後片付けを手伝い、風呂場を借りて、仕事がある日なら蟒や蝮(青と錦はもちろん断固拒否した)と足取りを並べて出勤するまでが泊まった日の一連の流れであった。
出張所の飲み会、と聞いて嫌な予感が襲ったのだが的中した。
一番隊は屈強な男達の集いであり、ノリも体育会系そのものである。忙しかった今週の祓魔案件もあらかた片付いて、明日は休日。みごとに羽目を外す要素が揃っている。
蝮の幼なじみ兼恋人である柔造を部下たちは慕っていたので、潰れた彼を店先に放っておくような仕打ちはしなかった。親切に肩を貸し、きちんと送ってから解散した――目的地に設定されているのはなぜか志摩家でなく宝生家であったが。
『それはそれは、申が迷惑掛けたなあ。……にしても志摩家は三軒隣やで?』
『けど、隊長が宝生さんの所にせえ、ってうわごとみたいにぶつぶつ言わはるもんやから』
部下たちは苦笑しつつ譲る気はないようだった。上司を甘やかすな、と叱りつけても効果はない。
『ほんなら俺らは退きますさかい。よろしゅう頼んます』
『あんたらもほんま良え性格しとるなあ』
志摩隊長の教育の賜物です、と褒めてもないのに誇らしげに胸を反らして、若い部下は去った。残されたのはでかい図体で蝮に寄り掛かる酔っ払い。
「おい申、志摩……柔造。部屋までくらい自力で歩きよし、重うて動けへん」
聞こえたのかどうか。柔造は離れるどころかぎゅっと彼女を抱きしめた。この腕の感触は嫌いじゃないけれど、酒くさい息でやられても。
「蝮ぃ……」
「うっさい」
ぱしり、容赦なく払い除ける。すると赤らんだ彼の頬が悲しげに歪んだ。
「――やっぱり、後悔しとるん?俺と付き合うてること」
(何でそうなるんや!?)
支離滅裂だ。相手にする必要もないのに、つい真面目に受け取ってしまう己にも呆れてしまう。適当に宥めておけば済む話を。
これは、あれだろうか。恋人同士にも関わらずさんざん邪険に扱い、時には罵倒までする蝮の普段の態度に不満を溜めていたりするのか。お互い様だと思うのだが。
いつもはひたすら尊敬の対象である亡き兄まで比較に出して訊ねてくるとは、相当重症のようだ。
「好きって言うてぇな……」
それまで梃でも動かない、と蝮の指を絡め取って離さない。まるで駄々っ子、少なくとも齢二十五の男の仕草ではないが。
惚れた弱味か、冷たく出来ないのはもう諦めた。
「柔造、ええか、良う聞き」
そもそも、この男はモテるので。素敵だとかかっこいいだとか、学生時代から飽きるほどちやほやされてきたはずだった。蝮も何度も現場に遭遇している。
好き、を捧げられた経験だって数えきれないに違いない。
「あんたはほんま、短気でどうようもない申やけど」
幼なじみだから把握せざるを得なかった、彼の歴代の彼女たち。とびきり可憐な少女も、絶句するような美人もいたけれど、彼女たちは柔造の短所を知らない。わかる前に別れてしまった。
何人もと付き合った後、告白をしたのは蝮にだけだと打ち明けた。――どうしようもなく罪な男だ。
「確かに、矛兄さんは格好よかったなあ。金造は阿呆やけど真っ直ぐやし、廉造も不純やけど根は良え子やわ。あんたが厄介やなんて、百万遍かて思うたわ」
柔造は大人しく項垂れている。でも意識はあるみたいで、彼女の手のひらを握って小刻みに震わせる。
「愛想尽かすならとうにしとる」
きっ、と見据えて、視線を合わせる。彼の酔いもそろそろ醒める頃だろう。
「せやかて、俺ばっかりあしらわれてるみたいで敵わんわ……」
自分が柔造を理解しているように、彼もわかってくれていると感じていたのは甘えなのか。二人きりの時は大抵、好き、と囁かれる。頷くだけでは足りなかったのかもしれない。
蝮は意を決して背伸びをした。それでも唇には届かないので、恋人の顎へと口づける。
掠めるように一瞬だけの、彼女からの初めてのキスだった。
「……これでわかったやろ!ちゃんと好きやから安心し、って……!?」
屈んだ柔造に触れるだけではないキスを降らされる。完全に油断していた。
「酔ってたんは演技か!部下も共犯かっ」
「お前から好きって言うてくれへんからやろ」
恥ずかしさに真っ赤に染まりながら抗議する彼女と、素面がばれて開き直る柔造。
先刻までと真逆の構図を、月明かりだけが照らしている。
幸せな心を示すように、じんわりと。
自分の家でなく宝生家の敷居を跨いで管を撒く酔っ払い。
家族は皆寝静まった真夜中、蝮は迷惑そうに顔をしかめたが、泥酔状態の柔造を追い払うのは難しい。事の発端は枕元で鳴った着信音。
“いま、お前ん家の玄関におるんや”
あんたはメリーさんか、というツッコミは今更である。酒の入った柔造が彼女の元を訪れるのは毎度のことだ。近所なのだからちゃんと帰って欲しいが、他の誰かの所に行かれたらと思うと心がざわつくので仕方がない。
翌朝の食卓がひとり増えて賑やかになるのも、月一の頻度で起こる光景だ。
父はじろりと一瞥するだけで黙々と食事に取り掛かるし、母は成人男性の食べっぷりに嬉しそうに給仕をする。妹たちも最初の数回こそ招かれざる客に対して文句や嫌味を垂れていたが、ごはんが不味くなると気づいてからは父に習って彼を無視する方向に落ち着いている。
後片付けを手伝い、風呂場を借りて、仕事がある日なら蟒や蝮(青と錦はもちろん断固拒否した)と足取りを並べて出勤するまでが泊まった日の一連の流れであった。
出張所の飲み会、と聞いて嫌な予感が襲ったのだが的中した。
一番隊は屈強な男達の集いであり、ノリも体育会系そのものである。忙しかった今週の祓魔案件もあらかた片付いて、明日は休日。みごとに羽目を外す要素が揃っている。
蝮の幼なじみ兼恋人である柔造を部下たちは慕っていたので、潰れた彼を店先に放っておくような仕打ちはしなかった。親切に肩を貸し、きちんと送ってから解散した――目的地に設定されているのはなぜか志摩家でなく宝生家であったが。
『それはそれは、申が迷惑掛けたなあ。……にしても志摩家は三軒隣やで?』
『けど、隊長が宝生さんの所にせえ、ってうわごとみたいにぶつぶつ言わはるもんやから』
部下たちは苦笑しつつ譲る気はないようだった。上司を甘やかすな、と叱りつけても効果はない。
『ほんなら俺らは退きますさかい。よろしゅう頼んます』
『あんたらもほんま良え性格しとるなあ』
志摩隊長の教育の賜物です、と褒めてもないのに誇らしげに胸を反らして、若い部下は去った。残されたのはでかい図体で蝮に寄り掛かる酔っ払い。
「おい申、志摩……柔造。部屋までくらい自力で歩きよし、重うて動けへん」
聞こえたのかどうか。柔造は離れるどころかぎゅっと彼女を抱きしめた。この腕の感触は嫌いじゃないけれど、酒くさい息でやられても。
「蝮ぃ……」
「うっさい」
ぱしり、容赦なく払い除ける。すると赤らんだ彼の頬が悲しげに歪んだ。
「――やっぱり、後悔しとるん?俺と付き合うてること」
(何でそうなるんや!?)
支離滅裂だ。相手にする必要もないのに、つい真面目に受け取ってしまう己にも呆れてしまう。適当に宥めておけば済む話を。
これは、あれだろうか。恋人同士にも関わらずさんざん邪険に扱い、時には罵倒までする蝮の普段の態度に不満を溜めていたりするのか。お互い様だと思うのだが。
いつもはひたすら尊敬の対象である亡き兄まで比較に出して訊ねてくるとは、相当重症のようだ。
「好きって言うてぇな……」
それまで梃でも動かない、と蝮の指を絡め取って離さない。まるで駄々っ子、少なくとも齢二十五の男の仕草ではないが。
惚れた弱味か、冷たく出来ないのはもう諦めた。
「柔造、ええか、良う聞き」
そもそも、この男はモテるので。素敵だとかかっこいいだとか、学生時代から飽きるほどちやほやされてきたはずだった。蝮も何度も現場に遭遇している。
好き、を捧げられた経験だって数えきれないに違いない。
「あんたはほんま、短気でどうようもない申やけど」
幼なじみだから把握せざるを得なかった、彼の歴代の彼女たち。とびきり可憐な少女も、絶句するような美人もいたけれど、彼女たちは柔造の短所を知らない。わかる前に別れてしまった。
何人もと付き合った後、告白をしたのは蝮にだけだと打ち明けた。――どうしようもなく罪な男だ。
「確かに、矛兄さんは格好よかったなあ。金造は阿呆やけど真っ直ぐやし、廉造も不純やけど根は良え子やわ。あんたが厄介やなんて、百万遍かて思うたわ」
柔造は大人しく項垂れている。でも意識はあるみたいで、彼女の手のひらを握って小刻みに震わせる。
「愛想尽かすならとうにしとる」
きっ、と見据えて、視線を合わせる。彼の酔いもそろそろ醒める頃だろう。
「せやかて、俺ばっかりあしらわれてるみたいで敵わんわ……」
自分が柔造を理解しているように、彼もわかってくれていると感じていたのは甘えなのか。二人きりの時は大抵、好き、と囁かれる。頷くだけでは足りなかったのかもしれない。
蝮は意を決して背伸びをした。それでも唇には届かないので、恋人の顎へと口づける。
掠めるように一瞬だけの、彼女からの初めてのキスだった。
「……これでわかったやろ!ちゃんと好きやから安心し、って……!?」
屈んだ柔造に触れるだけではないキスを降らされる。完全に油断していた。
「酔ってたんは演技か!部下も共犯かっ」
「お前から好きって言うてくれへんからやろ」
恥ずかしさに真っ赤に染まりながら抗議する彼女と、素面がばれて開き直る柔造。
先刻までと真逆の構図を、月明かりだけが照らしている。
幸せな心を示すように、じんわりと。
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