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つむぎとうか

   
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露見
いつまでもは続かない。

 ふと、声が聞こえたような気がしてペンを置いた。
 二人しか住んでいない旧男子寮は相当に老朽化の進んだ建物であり、一般生徒の暮らす寮よりも 野生の動物が寄り付きやすかった。春に入居して季節をひとつ越しただけであるのに、聴力の良い燐は既に両手の指でも足りぬ種類の鳴き声を聞き分けており、 たった今拾ったのは未知の音だった。
 短くとも甲高く響いた声。一瞬ののち、息を呑むような気配も感じた。
(何だ、いまの)
 好奇心がみるみる膨れ上がる。どの方向から聞こえてきたのかも見当がつくし、自称監視役の弟は留守だ。職員会議があるとかで、深夜までかかるとか言っていた。
  壁に掛かった時計に目をやる。課題に取り組み始めてから一時間半が経過していた。勉強机に三十分以上へばりつくことを大の苦手としている燐にしたら、かな り頑張った方である。残りはいくら考えても教科書を開いても解けない問題ばかりなので、塾の前に勝呂に見せてもらおう。

 真面目タイムはこれにて終了。そうと決めたら片付けるのは素早く、明日の準備を鞄に詰めこんだ。



  不思議な音がしたのは階下からだ。三、四階あたりのどこかの窓でも開きっ放しになっていたのかもしれず、セキュリティはどうなんだとちらっと思ったが、魔 神の息子に手を出す下級悪魔もそうはいないだろう。学園の敷地内だから泥棒の心配はしていない、というか盗まれて困るような財産は、悲しいかな持っていな い。
 同い年で祓魔師やら講師をしている雪男も必要な金額以外は預けてあるそうだし、何より夏が迫っている。冷房設備のない施設ではせめて風を通したいから、閉めておくことこそむしろ少なかった。

 無駄に良い勘を発揮して、二階のどこかだろうと廊下を見渡した。片っ端から覗くまでもなく、明かりの洩れている一室があり――動物でなく侵入者だったかと警戒心を纏って。
 忍び足で進んで、鍵の掛かっていない扉をガラリと引いた。



 そこには、予想外の光景が目の前に広がっていた。
 部屋の窓際に置かれた、ベッドの上に横たわる影。布団を被って苦しげに呼吸をしているのは、仕事中のはずの弟だ。
 上気した頬。眼鏡を外した双眸はとろりと潤んでおり、いつもの、憎たらしいほど落ち着き払った風情ではない。
「どうしたんだよ、雪男……志摩も」
 枕元に佇んでいるのは塾のクラスメートで、弟以上にこの場にいる理由が謎だ。
「兄、さん」
「先生、苦しいのに無理して喋らんでええよ。俺が説明するさかい」
 なおも動かそうとする雪男の口元を右手で覆い、志摩は燐に向けて左手を上げた。
「こんばんは、奥村君。さっきな、塾の教室に忘れ物取りに戻ったら、先生が職員室からふらふら出てきはるとこに遭遇してん」
 職員会議を終えて、他の講師が帰ってからも残って塾の準備をしていたらしい。
 ひと目で体調不良なことがわかるのに、挨拶だけで志摩の肩を借りることすら拒まれたのだと。
 無茶ばかりする弟の意地に燐が目尻を吊り上げると、そしたら倒れてしまわはって、と困惑したように説明を続けた。
「医務室はとうに閉まってるし、奥村君に知らせるのも止められたから、せめてちゃんと寝られる所はないかって捜して、とりあえずベッドのある部屋に運んだっちゅうわけや」
 志摩がこの部屋を見つけたのは、この間あったばかりの合宿で面白半分にうろうろしていた時だという。
 燐は大急ぎで志摩の隣まで駈けた。
「雪男の馬鹿野郎!苦しいならさっさと寮に戻って寝ろ、バカ弟っ」
「……馬鹿バカうるさいな……そうやって大袈裟に騒ぎそうだから、嫌、だった、んだよ」
 語尾は途切れがちではあったが、ちゃんと意識もあるし言葉も選んでいる。生意気だが返事がないよりはずっとマシだ。燐はほっと息を吐いた。
「付き添っててくれてありがとな、志摩。俺に出来ることはあるか?」
「せやなあ、水はさっき飲まはったし――部屋に戻って先生の替えのシャツ取ってきてもらえるやろか?ひどい汗やから脱いでもろたんや」
 言われてみれば雪男のシャツはベッドの柱に掛けられている。気のつく奴だと感激した。
「おう、待ってろ!薬とかは平気か!?」
 大丈夫やよと苦笑する志摩に背を向けて、燐は弟のクローゼットを探るべく再び廊下に飛び出したのだった。



「よくもまあ、あんな出任せを次々と……っ!」
「あれ、ほんまのこと言うた方が良かったん?」
 怒りに満ちた眼光が志摩の捲れあがった唇の端に刺さった。
(おお、怖)
「会議なんてはじめから無うて、お兄さんは課題で縛りつけて、俺らがここでこっそりしてたことを」
 始めたばっかで命拾いしたな、と酷薄に微笑みかける。
「もうちょっと経ってたら俺も服脱いでて、誤魔化せへんかったもんなあ……何、まさか見て欲しかった?」
 体調不良とは程遠い、理性を彼方に行為に耽るところを、お兄さんに。
「そんなわけないだろう――変態」
「お互い様やろ、」

 志摩は可笑しくてたまらなかった。鍵を使えばうまく隠れられるのに、わざわざ目と鼻の先での逢瀬を毎回指定してきたのは雪男の方だ。彼は乗っただけ。今日までばれずに繰り返してきたことが奇跡のようなものだ。
 いっそ見つかって白日に晒したらどうなるだろうと、窓の隙間をほんの1mm残しておいた。
 喘ぎが洩れたと気づいた雪男の動揺は面白かった。おそるおそる近づいてくる兄の足音に、滑稽なほど怯えて。
(でも、俺そろそろ限界なんやけど)
 ふざけ半分で誘いに応じたのは最初の頃だけ。乱れる姿を知るほど、遊びで括れなくなった。
 志摩だけ本気にさせておいて、逃げるなんて許さない。
「ああ、奥村君が戻ってきはるね」
 こんどは大きな音を立てて。純粋な心配に満ちた目で、こちらに来るのだろう。それがもし、偽りだとばれたら。
「ちょっ、」
 離れるどころか起こしかけた半身をねじ伏せて、抵抗なんかものともせずに覆い被さる。
 ふざけるなと叫びかけた唇を封じる。

「ええやん、見せつけたりましょ?」
 浮かべる涙を舐めながら囁きかけた。



 燐が扉に手を掛ける音が聞こえた。
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