つむぎとうか
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誓約
捏造・死にネタ注意
眩しさで白い坂道を、鍛え抜いた脚で柔造は歩く。
時折後ろを振り返るものの、大事な荷物はちゃんと抱えているので、背後から弟たちの泣き言が届いてもスピードは緩めない。
「柔兄、ちょっと待ってやー山道きっついで……」
「アホ廉造、お前が虫見る度大騒ぎするから距離開いてまうんやろが」
苦手なもんは仕方あらへんやろ!?と喚く末の弟を、金造がしばくのを気配で悟りながら、特に反応はせず歩き続ける。
兄弟を異様に構いたがる柔造だが、毎年この日だけは特別だ。別のことだけで頭を一杯にする、そんな時があってもいい。
着いた先は幾つかの白い石が並ぶ静かな場所。
荷物を降ろして、ひとつの前で止まる。
汚れた袈裟を視界に、蘇るのは幼少時の記憶。
『かんねんしぃや、おさるども!』
じりじり、詰められる間合い。子守しろと母に背負わされた廉造のせいで、体格差を考慮しても逃げ切るのは至難の業だ。
『ふっ……青、錦!つかまえたで』
『柔にいもつかまってしもたーうわあああん』
勝ち誇って妹たちを手招きする少女の頬は興奮のため紅潮していた。あねさますごーい、と駆け寄る青と錦の間には、二人がかりでとらえられた金造がべそをかいていた。
『ま、待て蝮っ話せばわかる!』
『だまりよし、鬼ごっこで負けた方が言うこと聞くって決めたんはあんたらやろ?それとも、さるやから約束のいっこも守れへんのんか?』
志摩と宝生に分かれて、遊びとはいえかなりハードな鬼ごっこをやった。大人たちも、怪我に至らなければ多少無茶をしても目くじらは立てなかった気がする。貧しい寺だったが、退屈するなんてことはなかった。
『へびがこわいのはあんたらの勝手やけど、私らの使い魔馬鹿にせんといて』
『ならお前らかて申呼ぶんやめろや!』
喧嘩ばかりなのはその頃から同じで、十数年を経ても同じようなやり取りを繰り返していた。成長して殆どが祓魔師になり、本心では互いの実力を認め合いながらも。
『さるはさるやんか、柔造は変なこと言うなあ』
不意打ちで放たれる笑顔や、たまに呼ばれる名前に。息ぎれだけじゃない動悸がしたことが懐かしい。そうだ、あの頃は着物を服を真っ黒に汚して、代わりに毎日がきらきら楽しかったのに。
回想を打ち切り、掌をあわせ瞑目する。
「懐かしいな、蝮」
答えが返ることはなくても、つい語りかけてしまう。一方的やなあと呆れる笑い声が届いた気がした。
「俺ら、いつから山にも登らんようになったんやったか。修行やら祓魔の勉強ばっかになって、でも目指すもんはおんなじやて、思っとったんやけどな……」
明陀を案じるあまり、藤堂に踊らされて目的を果たせば捨てられた蝮。柔造は塾でも比較的近くにありながら、ぼろぼろになった彼女を達磨に託されるまで気づけなかった。幾度己を呪っただろう。
俯いたそのとき、白いワンピースを着た小さな身体がぽてぽてと飛び込んできた。
「ててさま、痛いん?」
心配を滲ませ肩口によじのぼってくる娘の頭を撫で、色素の薄いをのぞきこんで言い聞かせる。
――だいじょうぶや、それよりここに来たら一番にすることがあるやろ?
優しく微笑む父の言葉に、娘はよいしょと立って真っ直ぐに石と対峙した。
「こんにちは、かあさま」
すっかり恒例となった、たどたどしいおしゃべりを始める。
(また、連れてきたで。俺よりこっちが待ち遠しかったんやろ、なぁ?)
注ぐ陽光と鳴く蝉に意識を委ね、柔造は瞑目した。
不浄王を復活させた重罪人――
討伐を成し遂げた後、蝮に残ったのは壊れた右眼と、裏切り者の烙印だった。騙されたのだと庇う意見も少なからずあったが、何より本人が極刑を望んでいた。
明陀宗から下された処分は、廃嫡の上での永久追放。達磨や八百造は減免を求めたが、深部の責任者である蟒がさせなかった。良き父親であったが、それ以上に組織内の秩序を重んじる人であった。
布団に臥し、まだ襲いくる後遺症と闘いながら、彼女はどこか救われたみたいにその決定を聞いていた。
諦めを宿した表情に、二の句が継げない。柔造が伝達役なのには理由があった。
『それで終わりやないんや、蝮。まだ続きがある』
『……?』
『お前は俺に嫁がされる』
責められる覚悟をしていた。辛そうな様子も見せず受け容れられ、むしろあんたに負担かけてしまうなあと、謝られるなど予想外で。動けるようになった蝮はそのまま実家に戻ることなく志摩の門を潜った。
ひっそり執り行われた婚礼の儀の最中、白無垢姿の彼女はいちども顔を上げなかった。
それまで築いた関係を全て無に帰したようなよそよそしい共同生活がはじまった。追放後の彼女に居場所を確保したくて結婚を提案したのは柔造だが、蝮には伝えなかった。恩に着せるようで嫌だったのだ。
幼なじみ以上に恋愛対象だったことを自覚したからなおさら。対等でいられなくなる気持ちなど、告げるべきではない。
ぎこちない夫婦生活が一年と少しを数えた翌年の夏、子どもを授かり――魔障で弱っていた彼女は、出産と引き換えにこの世を去った。
死の床で手を握った夫に、儚い微笑と囁きを遺して。
『せめて後継ぎを生みたかったんやけど……裏切り者の娘でも、お願いや、育てたってな――』
『阿呆っ、これから弟も妹もこさえたらええやろうが!お前はこないなとこで死ぬ女とちゃうやろ!?』
『ふふっ、泣かんといてや』
――ごめんな、志摩。私に縛られんと、新しい奥さん見つけるんやで。
こうして、彼の護りたかった女は逝ってしまった。
孫を引き取ろうという憔悴しきった蟒の申し出を拒んで、ふたりめの最愛を慈しんで柔造は生きている。母親そっくりに成長していく娘は、今年で七つになる。
再婚の話を持ち掛けられるそばから蹴っていたら、誰も何も言ってこなくなった。
きっと蝮は、墓参りのたびに彼岸で頭を抱えているのだろうが。
俺の女は、生涯あいつただ一人や
時折後ろを振り返るものの、大事な荷物はちゃんと抱えているので、背後から弟たちの泣き言が届いてもスピードは緩めない。
「柔兄、ちょっと待ってやー山道きっついで……」
「アホ廉造、お前が虫見る度大騒ぎするから距離開いてまうんやろが」
苦手なもんは仕方あらへんやろ!?と喚く末の弟を、金造がしばくのを気配で悟りながら、特に反応はせず歩き続ける。
兄弟を異様に構いたがる柔造だが、毎年この日だけは特別だ。別のことだけで頭を一杯にする、そんな時があってもいい。
着いた先は幾つかの白い石が並ぶ静かな場所。
荷物を降ろして、ひとつの前で止まる。
汚れた袈裟を視界に、蘇るのは幼少時の記憶。
『かんねんしぃや、おさるども!』
じりじり、詰められる間合い。子守しろと母に背負わされた廉造のせいで、体格差を考慮しても逃げ切るのは至難の業だ。
『ふっ……青、錦!つかまえたで』
『柔にいもつかまってしもたーうわあああん』
勝ち誇って妹たちを手招きする少女の頬は興奮のため紅潮していた。あねさますごーい、と駆け寄る青と錦の間には、二人がかりでとらえられた金造がべそをかいていた。
『ま、待て蝮っ話せばわかる!』
『だまりよし、鬼ごっこで負けた方が言うこと聞くって決めたんはあんたらやろ?それとも、さるやから約束のいっこも守れへんのんか?』
志摩と宝生に分かれて、遊びとはいえかなりハードな鬼ごっこをやった。大人たちも、怪我に至らなければ多少無茶をしても目くじらは立てなかった気がする。貧しい寺だったが、退屈するなんてことはなかった。
『へびがこわいのはあんたらの勝手やけど、私らの使い魔馬鹿にせんといて』
『ならお前らかて申呼ぶんやめろや!』
喧嘩ばかりなのはその頃から同じで、十数年を経ても同じようなやり取りを繰り返していた。成長して殆どが祓魔師になり、本心では互いの実力を認め合いながらも。
『さるはさるやんか、柔造は変なこと言うなあ』
不意打ちで放たれる笑顔や、たまに呼ばれる名前に。息ぎれだけじゃない動悸がしたことが懐かしい。そうだ、あの頃は着物を服を真っ黒に汚して、代わりに毎日がきらきら楽しかったのに。
回想を打ち切り、掌をあわせ瞑目する。
「懐かしいな、蝮」
答えが返ることはなくても、つい語りかけてしまう。一方的やなあと呆れる笑い声が届いた気がした。
「俺ら、いつから山にも登らんようになったんやったか。修行やら祓魔の勉強ばっかになって、でも目指すもんはおんなじやて、思っとったんやけどな……」
明陀を案じるあまり、藤堂に踊らされて目的を果たせば捨てられた蝮。柔造は塾でも比較的近くにありながら、ぼろぼろになった彼女を達磨に託されるまで気づけなかった。幾度己を呪っただろう。
俯いたそのとき、白いワンピースを着た小さな身体がぽてぽてと飛び込んできた。
「ててさま、痛いん?」
心配を滲ませ肩口によじのぼってくる娘の頭を撫で、色素の薄いをのぞきこんで言い聞かせる。
――だいじょうぶや、それよりここに来たら一番にすることがあるやろ?
優しく微笑む父の言葉に、娘はよいしょと立って真っ直ぐに石と対峙した。
「こんにちは、かあさま」
すっかり恒例となった、たどたどしいおしゃべりを始める。
(また、連れてきたで。俺よりこっちが待ち遠しかったんやろ、なぁ?)
注ぐ陽光と鳴く蝉に意識を委ね、柔造は瞑目した。
不浄王を復活させた重罪人――
討伐を成し遂げた後、蝮に残ったのは壊れた右眼と、裏切り者の烙印だった。騙されたのだと庇う意見も少なからずあったが、何より本人が極刑を望んでいた。
明陀宗から下された処分は、廃嫡の上での永久追放。達磨や八百造は減免を求めたが、深部の責任者である蟒がさせなかった。良き父親であったが、それ以上に組織内の秩序を重んじる人であった。
布団に臥し、まだ襲いくる後遺症と闘いながら、彼女はどこか救われたみたいにその決定を聞いていた。
諦めを宿した表情に、二の句が継げない。柔造が伝達役なのには理由があった。
『それで終わりやないんや、蝮。まだ続きがある』
『……?』
『お前は俺に嫁がされる』
責められる覚悟をしていた。辛そうな様子も見せず受け容れられ、むしろあんたに負担かけてしまうなあと、謝られるなど予想外で。動けるようになった蝮はそのまま実家に戻ることなく志摩の門を潜った。
ひっそり執り行われた婚礼の儀の最中、白無垢姿の彼女はいちども顔を上げなかった。
それまで築いた関係を全て無に帰したようなよそよそしい共同生活がはじまった。追放後の彼女に居場所を確保したくて結婚を提案したのは柔造だが、蝮には伝えなかった。恩に着せるようで嫌だったのだ。
幼なじみ以上に恋愛対象だったことを自覚したからなおさら。対等でいられなくなる気持ちなど、告げるべきではない。
ぎこちない夫婦生活が一年と少しを数えた翌年の夏、子どもを授かり――魔障で弱っていた彼女は、出産と引き換えにこの世を去った。
死の床で手を握った夫に、儚い微笑と囁きを遺して。
『せめて後継ぎを生みたかったんやけど……裏切り者の娘でも、お願いや、育てたってな――』
『阿呆っ、これから弟も妹もこさえたらええやろうが!お前はこないなとこで死ぬ女とちゃうやろ!?』
『ふふっ、泣かんといてや』
――ごめんな、志摩。私に縛られんと、新しい奥さん見つけるんやで。
こうして、彼の護りたかった女は逝ってしまった。
孫を引き取ろうという憔悴しきった蟒の申し出を拒んで、ふたりめの最愛を慈しんで柔造は生きている。母親そっくりに成長していく娘は、今年で七つになる。
再婚の話を持ち掛けられるそばから蹴っていたら、誰も何も言ってこなくなった。
きっと蝮は、墓参りのたびに彼岸で頭を抱えているのだろうが。
俺の女は、生涯あいつただ一人や
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