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つむぎとうか

   
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道中
SQ8月号ネタばれ

 腕の中で蝮は息をしている。
 先程は柔造の背中で、現在は両腕のなかで。幽かな呼吸音とぐったりした重みが柔造の足を縺れさせずに動かした。
 生きている、かろうじて。
 喧嘩の延長線上ではなく彼女に触れたのがいつ以来だったのか。その時の状況さえ覚えていないけれど、叶うものなら時を戻したかった。こんなことになる前に。
 もしもやり直せるものなら。蝮が藤堂に唆され、明陀のためにと信じて踏み出す、その瞬間を迎えさせないのに。
(あの頃、気づいてやれるのは俺しかおらんかったのに)
 一緒の道を選んできたつもりだったのに、いつのまにか大きく隔たってしまっていた幼なじみと、重なっていた高校時代を思う。近くに居ながら少しもわかっていなかったのだ。
 女だからと型に嵌められるのを厭う少女だった。知っていたのに、彼女を誰より女と見ていたのは柔造かもしれない。反発され、親しかったはずの距離は遠のくばかりだった。



 竜士たちと別れ、医務室まで。長くもない廊下を歩く。
 多くの者とすれ違ったが、柔造と――蝮を認めると、皆一様に視線を逸らした。裏切りもの、そんな声が聞こえた気がした。
 彼女の方が肌で感じているだろう。責められるべきでないとは言わないが、今は治療に専念して欲しい。医工騎士が私情で手を抜くことはないだろうが――
「もうちっと辛抱せぇ、じき手当てしてもろたるからな」
 運ぶには背負う方が楽だったが、抱え支えているのはちょっとした表情の変化も逃したくないからだ。右目から滴る血が痛々しい。その緋色は、顔色が白いぶんいっそう生々しい傷だった。
「私はええから、早く、和尚を、」
「心配せんでも考えとる!」
 苦しいだろうに。体はぼろぼろで心も折れてしまったのに、放っておいてくれと請う。そうしてやった方が蝮に僅かでも安らぎをもたらすとわかっていたが、聞き入れなかった。
 独りでは到底医務室まで辿り着けまいという判断と、彼自身の欲求だった。
 医務室の襖を開けば、待ち構えていたように一斉に医工騎士たちが振り返った。託せると確信できたことにほっと息を吐く。
「し、ま、」
「無理に喋るな」
 寝かしつけたらもう柔造に出来ることはない。
 つかのま、縫い止められたように動けなかった。側に付き添っていたいという浅ましい願望は振り払ったけれど、浮かんだ言葉を落とさずにはいられなかった。
「坊にも伝えた通りや。俺は一番隊の所に行く。……なあ、蝮」
 彼女が全身を強張らせるのがわかった。
 反論の声が届く前に、ひらりと立ち上がって部屋を出た。


 
 ――全部解決したら、俺がお前を貰うたる――
 会う度罵倒しかしなかった、罪人で仇の、傷物の女なんかに。
「しまの、あほぅ……」 
 囁き声は儚く脆く、抱き降ろされた布団の白に呑まれて、消えていった。

 
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