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つむぎとうか

   
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喜劇役者
志摩→雪(→燐?)

 秘めた想いを押し殺すような呻きを上げる。
「あまり、声を出さない方が良い。万一見つかったら、僕等は破滅するしかないんだから」
 そう言って雪男は兄の左肩を掴んだ。
 触れられた燐が息を殺し、耐えきれないというようにゆっくりと首を振れば、雪男は宥めるように甘く優しく囁いた。
「ごめんね、きょうだいなのに。愛してる、」
 涙をいっぱいに溜めた瞳で――燐は、弟に向かって、



 爆笑した。



「ぶっ……クックック、ははっ、もうムリ!!」
「もう?兄さん、笑いの沸点低すぎだよ」
 泣くほど可笑しかったの?と、燐が腹を抱えて床にうずくまるのに呆れた視線を向けつつ、雪男は兄を放置して教室の後方に退がった。
 奥村兄弟の片手に握られているのは丸めた台本である。
「これで、良いんですか?カントクさん」
「あかんわ先生、こっちも呼吸困難に陥ってます」
 何で俺ここにおるんやろ、と自問自答しながら勝呂は椅子の背に縋ってひいひい唸っている志摩の頭を叩いた。スパーン、と快音が響いた。
「いったぁ!坊、加減知らんの!?」
「良い突きです。これで志摩君の煩悩が少し消えたらなお良いですね」
 この場にいない子猫丸の代わりのような台詞を呟きつつ、雪男はぱたんと紙束を閉じた。役目は果たしたと荷物に手を掛ける。
「じゃ、僕は職員室で休け……授業準備とかしてきます」
「ちょっ、若先生行ってしまわんといて!あんたがおらんかったら演出考えられへん!!」
「生憎暇じゃないので」
  嘘やな、と勝呂は口に出さず思った。職務を理由に、雪男の出席率がかなり低いことは燐や志摩には口外しないという条件で教えられている。そんなサボリ癖さ え「ミステリアスでカッコいい!!」と女生徒たちがきゃあきゃあ騒いでいるので、もてる男は何をしても一緒なんだなと微妙な気持ちになったのは夏前の話 だ。

 ここは祓魔塾の教室だが、授業開始まではあと小一時間ほどある。
 高等部が特別時間割で変則的に動いているために、全員が揃うまでもうしばらく待たなければならない。
 二学期。文化祭の準備も佳境に入り、雪男の属する特進科は学校行事など眼中にない人間が多数派を占めるが、普通科には各クラスにそれなりにお祭り好きの人間がいるようで。
 その筆頭である志摩はクラス演劇の監督 兼 演出係という、偉いのかどうかよくわからない役割に燃えていた。

 役者じゃないのか、と燐は素朴な疑問を浮かべたが、
『せ やかて、主人公は誰もが認めるイケメン君が抜擢されてて異論も出えへんかったんですもん!ヒロインはもちろんクラスで一番可愛い子がやらはるんやし、 ちょっとでもお近づきになれるんなら儲けものですやろ。「志摩くん、ここの所いまいちうまく出来ないの。演技指導して?」って近くで“お願い”されたら、 いくらでも相談に乗るしむしろそれをきっかけにどんどん距離が縮んで』
『あ、ごめんもういい』
 要するに、可愛い子に演技指導したいという動機で立候補したらしい。何とも不純だ。それでも、細々とした雑用なども厭わない志摩はそれなりに信頼もされているらしい。

「……台詞回しチェックしたいから読み上げてくれ、ってのには協力するけどよー、何で俺がヒロイン担当だったんだよ?雪男相手とか、冗談にしても面白くねーぞ」
「若先生は逃げまわらへんかったら順調に王子役にでも選ばれたんとちゃう?自分のクラスで」
 志摩は照明係にしてもらった、と述べた担当講師を思い浮かべた。決める時にやんわりと裏方を希望したのだろう。自分の希望は曲げずに通す人だ。
「ヒロインを頼んだんは、単に奥村君がこの場で一番背が低かっただけや」
 爽やかに酷いことを言う。やっぱり志摩はどこをとってもかっこよくなんてねー、と燐は思った。
「やってもろたんは一番盛り上がるクライマックスの勝負場面やったんよ。気障なとこ見直すわ」
「それって志摩が脚本も書いたってことか!?」
 すげー、ブンサイあるんだな!と尻尾を振りつつ感心する燐に、いやいや俺は最終調整するだけやで、と否定してみせる。禁断の愛をテーマにした壮大なラブストーリー、まあ高校一年生なので陳腐なあらすじなのだが。
(きょうだいで恋人とか、笑えへんわ)
 志摩は渋々演技していた先刻の雪男を脳裏に浮かべた。内心動揺していたのかもしれない。

 主人公とヒロインは血の繋がった兄妹で、二人は愛し合い、いくら周囲に隠してもやがて知られることとなる。
 ――そして、逃避行の末に死の結末。
 私立とはいえ、こんなん上演してええん?と首を傾げたくなるような展開であった(理事長の方針とやらで、内容に関してどうこう言われることはないらしい)。

 家族の絆を断って激情を告げた主人公の姿が雪男と重なる。
「俺が書くんやったら、主人公は妹より新しい女の子と出逢って夢中になって、どっちも関係ない相手と幸せになる話にしたと思うで」
「話の根本から崩れてまうやないか」

 ……さ、若先生もいーひんことやし。次は坊にやってもらいましょうか!奥村君は引き続きヒロイン役な?異論は認めへんよ。
 うげぇ、と逃げ腰の勝呂と、開き直ってヒロインの台詞をノリノリで繰り出す燐の様子を横から眺めながら、志摩は目を細める。
 そろそろ出雲や子猫丸もやって来る頃だろうか。



「悪趣味だな」
「熱心に監督しとるだけですわ」
 塾の放課後、陽もすっかり息を潜めた教壇で。採点済みのプリントを確認しながら、用もないのに出て行こうとしない志摩に苛立ちが募った。
「書いてくれた子には悪いけど、あの話は虫唾が走るわ。誰かさんを見てるみたいで」
 つかつか近づいて、座ったまま表情を消した雪男の頬を包む。
「俺にしとき?」

 ゆっくり降らせたくちづけは抵抗なく受け止めるくせに。
 戯言を装った本気の言葉に応えてくれることはないのだ。
(それでもいつかはこっちを向いてくれはるんやろうか)
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