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つむぎとうか

   
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きをつけて
志摩君は雪男さんを放っておけない。

 ――ガシャン――
 燐の留守中に旧男子寮に遊びに来て、お茶でも淹れるからと厨房に発った雪男が中々戻って来ないので、後を追ってみたら案の定。
 やかんが沸騰した音に焦って振り向いた彼の指から、握りしめたカップが滑り落ち、床に当たって無残に砕けた。
 慌てた志摩は駆け寄ろうとしたものの、破片を処理しなければと思い直し、用具庫から箒と塵取りを取ってきた。

 厨房に入った志摩にも気づかないかのように、雪男は立ち尽くしていた。睫毛を伏せた視線は虚ろで。 
 コンロの火こそ止めてあったものの、素手で破片をかき集めようとしたのか、袖から先から幾筋もの血が流れている。
 咄嗟に救急箱も引っ掴んだ判断は正しかったようだ。
「せーんせ、奥村先生っ!貧血でも起こしてへん?」
 耳元で囁いて、肩を揺らすこと数秒。眼鏡の奥の双眸が、ようやく志摩の方を向いた。
 いつも下がっている志摩の目尻が吊り上っているのを見て、首を縮める。
「……あ、遅くなってすみません」
 怒っているのはそこではない。
「掃除するから、部屋で血ぃ拭いて待っといて」
「でも、」
「早う!」
 大家族の末っ子である志摩はわりかし人を動かすのに長けていて、ここで強く言えば彼が逆らわないことを知っている。雪男がふらふら廊下を歩くのを見届けて、やれやれと溜め息を吐く。
 危なっかしいったらありゃしない。
 


 共に過ごすようになってわかった。
 弱点なんてないみたいに振る舞っている彼は、意外と不器用で抜けているということ。
 そして、己の傷には無頓着なこと。

「もうちょっと自分を大事にしてください」
 医工騎士ではなかったかこの人は。手当てをしながら心底から願ったら、切り傷くらい任務では茶飯事なので、とか的外れな答えが返ってきた。
「普段の生活でもちゃんと気ぃつけてってことです。何か俺オカンみたいやで!?」
「中学までは兄に言う方だったんだけどね」
 注意される側になるとは思わなかった、と目瞬きを繰りかえす。奥村君かて弟の怪我は喜ばはらへんやろ、と重ねて告げれば、大袈裟だなあと頬に苦笑を刻む。全く、ひとの気も知らず。
「奥村君は良く喧嘩売られたって聞いてるけど、先生の別の意味で心配や。目ぇ離せへんやんか」
 巻き終えた包帯の上に口づけたら、至近距離で雪男は赤面していた。
「それ、ちょっと嬉しいって言ったら怒る?」
 兄の派手な傷の手当ばかりしてきたので、自分の傷なんて軽いと判断したら放っておくのが常だった。自然治癒に任せるのも慣れたら楽だ。誰かに心配される感触は久しぶりで。
「誰かって、誰でもええんですか?心外やな」

 ――訂正、君が気に掛けてくれるのが嬉しいです。

 恥ずかしくて小声で囁いたら、これやから放っておかれへんのや、と志摩の両腕に抱きすくめられた。
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