つむぎとうか
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バニカ嬢とヨーゼフ。
『バニカ、ああ、そこに居たの?晩餐がはじまるわよ』
――はい、おかあさま。
残さず食べなさい、それは少女の頃からずっと聞かせられてきた言葉。
領民たちが苦労して出来た作物を血肉にしているのだから、私たちは感謝して糧にしなくてはいけない。
一人娘だから、いずれは結婚して領地を治める身分。
母が亡くなり嘆いた父が、急に縁談を沢山持ってきた。この中から伴侶を捜しなさいという。
『この人がいいわ。私、マーロン国の料理をあまり知らないもの』
夫になったら名物も教えてくれるでしょう。色気より食欲優先の娘。
父は苦笑して頭を撫でた。綺麗になったのに、中身は昔と変わらないままだ。
『本当にメグルの言いつけをよく守っているのだな、バニカ。早く身を固めて、父のことも安心させてくれ。幸い、皇太子側は婚約に乗り気だ』
……半年後、両家が揃った会食の席でバニカはマーロン王族の不興を買った。
ムズーリがいくら執り成しを望んでも、当の娘が謝る気はないので、縁談は立ち消えになった。
『だってあの人たち、少し冷めてるってだけで料理を下げさせて新しく作らせようとしたのよ?コックが腕によりをかけた皿たちを!そんな家とは付き合えないわよ、結婚したって』
『それで――お前は、あちらからコック一人を連れ帰っただけか』
自分(の料理)のために無礼と罵られても冷めた料理を平らげ絶賛してくれたバニカに、コックの青年は心酔したようだった。
マーロン家を辞めたヨーゼフは、そのまま志願してコンチータ家の十五人目のお抱えコックの座を手に入れた。
『安心なさって、お父様。独身の女領主だっていいじゃない』
その後、父もまた母と同じ心臓発作で世を去った。食道楽の娘の行く末を、最期まで案じながら。
※
「長く仕えてきましたが、ここまでです。バニカ=コンチータ様、そろそろお暇をもらえませんか」
「……止めたってどうせムダなんでしょう。他の十四人と同じで」
全く、使えない料理人ばかりだったわ――鈴を転がすような音で舌を打つ。
ヨーゼフはただ一人残ったお抱えコックだった。
「あなたがいなくなれば、私は飢えて執務も出来なくなるわ」
「なら、姿を見せてください!あの使用人たち以外との面会を拒絶なさるなんて、偽物と疑われても仕方ないんですよ!?」
彼女は変わった。料理人たちは、加速していく主の食欲に恐れをなして留まっていられなかった。
「本当に見たいの?」
閉ざされていた扉がゆっくりとひらく。
そこに居たのは――
ヨーゼフの意識は、そこで途絶えた。