忍者ブログ

つむぎとうか

   
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

幻想円舞曲

ヴェノマニア公の狂気が好き過ぎます。

その館は、特に辺境に建てられたというわけではなかった。
街外れにはあるが、貴族の邸が林立する、よくある風景。
並ぶうちの一棟でありながら、特異な雰囲気を有していた。
妖しくて抗えない何か。
闇に紛れて、吸い寄せられていくーー

「ようこそ、愛しい貴女」
扉が開けられる。
紫の髪とマントを靡かせて、微笑みをたたえた“彼”が右手を差し伸べる。
毎晩のように繰り返される光景だった。

誘われた広い地下室には、魅了された多くの女たちが集う。
揃いのドレスと足飾り。
とても、とても、幸せそうに。
新たな“仲間”を迎え入れた。
「おかえりなさい、ヴェノマニア公」
主は、満足そうに玉座に座った。

古の悪魔と結んだ契約。
異性の心を奪う禁断の魔法。
彼の目に射抜かれたら、もう元の世界には戻れない。

(ここには、もうあの親族達はいない)
かつて嘲った視線の持ち主たちは。
彼は、ヴェノマニア家の直系嫡子ではなかった。
母親の死後、情けで引き取られただけの庶子だ。継承権など無きに等しかった。
同居していた異母兄弟たちには蔑まれ、父親には疎んじられ育った。
唯一平等に接してくれた従妹兼幼馴染も、ある事件を機に離れていった。
忘れたい、昔のことは。
当時の肖像は燃やしてしまった。
炎を見ると否応なく蝕む、凄惨な苦い記憶を葬るべく。

十の夏、屋敷が燃えた。
蜜事に耽っている現在の館は、新たに造らせたものだ。
誰からも省みられなかった彼は、逃げ遅れて顔に大火傷を負った。
『醜い顔を見せないで』
手ひどく拒絶したかつての幼馴染も、いまや侍る女のひとりだ。
魔法を授かったほかには、顔を元に戻してもらっただけだというのに!
地獄は永くは続かず、謎の疫病が流行して、彼に家督がまわってきた。
真っ先に屋敷に地下室を増築し、悪魔を喚んだ。

身体が朽ちた暁には、魂と、残った全財産を悪魔に。
地上の快楽を貪るために。
神に逆らった、堕落した楽園を作り上げた。

今宵もまた、狂宴が繰り広げられる筈だった。
訪れた客人は、栗色の巻毛に美しい深藍の瞳。
抱きしめた、次の瞬間。

公は、己が生命の終焉を感じ取った。
突き刺さる鋭い刃。胸に広がっていく血痕。
滴るものは、やがて紫の液体へと化して。
魔法が解けていった。

客人の正体は、消えた恋人を探していた青年。
深夜、彷徨う女が足を踏み入れたのがヴェノマニア邸だと突き止めた。
悪魔に近づくには、女を装えば良い。
青年に知恵を注いだのは誰だったのか。

我にかえった女たちが、一斉に屋敷の外へと逃げていく。
音を立て崩れ落ちたヴェノマニア公は、出口で一瞬だけ振り返った幼馴染の娘に向かって、涙を流しながら手を伸ばした。
「待っ、て・・・」
でも、届くはずもなかった。

欲しかったものは、たった一人の心だったのに。
気づくのが遅く、叶えるための手段が間違っていた。
紫の血溜まりに倒れ伏した男が、最後に視た幻想はーー

PR
  
COMMENT
NAME
TITLE
MAIL (非公開)
URL
EMOJI
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
COMMENT
PASS (コメント編集に必須です)
SECRET
管理人のみ閲覧できます
 
カウンター
Copyright ©  -- 紡橙謳 --  All Rights Reserved

Design by CriCri / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]