つむぎとうか
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終わりの鐘は、高く Ⅶ
パラレル・女体化・死にネタ注意。舞台はどこか外国。時臣と凛と桜が姉妹。
「本当に、何もありませんね」
優越感と嘲りを存分に滲ませた声で、男は評価を下した。
時臣の現状を端的に表す、家具だって最低限しかない簡素な部屋に、がっかりした様子だ。値踏みし甲斐がない、とでもいうふうにため息を吐いた。
「ああでも、これだけは格別、ですか? いつ見ても立派な剣だ」
触れるなと叫びたかった。
最後に残った遠坂の家宝、武器としても装飾としても一級品のそれは、永い時を経ても刃こぼれひとつしていない。
いざとなれば手放す覚悟はできているが、この剣の価値を金銭でしか量れない男に預けてしまうだなんて虫唾がはしる。
「……不快な瞳だ」
知らず睨んでしまっていて、男の表情が心外そうに歪んだ。
「昔からそうでしたね。裕福だった頃は私を見下して、婚約中も蔑ろにして――どんなに屈辱だったかわかりますか?」
じり、と距離を詰められた。時臣が後ずさったぶん歩を進められて、そのうち逃げ場をなくす。
「勘違いです。あの頃私は、貴方に限らず似たような態度をとっておりました」
「ならば、使用人などと馴れあうべきでもなかった!」
理性を失った男が怒鳴り、びくついた時臣の肩を掴む。
はらり、右手に携えていたリボンが解けて、彼女の心を支えていたものが崩れた。
「どういうつもりだ、この私があんな神父に劣るとでも!? 財も地位も身分も、すべて上回る私を、それでも拒絶するとは――ふざけるな、私、はっ!!」
男の言葉がだんだん支離滅裂なものになる。
一対一で行使される暴力。その場には二人しかおらず、じたばたともがく手足も押さえつけられた。
(助けて)
床に組み敷かれた全身が麻痺してゆく。
苦しい。痛い。嫌だ、厭だいやだ――
「たすけて、綺礼」
悲鳴は、荒れ狂う風に掻き消された。
+++++
夕方、遠坂邸に戻ったときには、もう何もかもが手遅れで。
綺礼の眼が真っ先にとらえたのは、放心したように膝を突き、虚ろに目線を泳がせる時臣の姿だった。
「時臣師!」
「こない、で」
叫んで、駆け寄ろうとした綺礼を呟きで制し、彼女は怯えるように両手で顔を覆った。
掠れきった声で、拒絶の言葉を吐く。
「近寄らないで……みない、で」
緩慢な動きはさながら人形のよう。
乱れた呼吸と、皺だらけの衣服とが、無機物めいた印象を打ち消しているのだけれど。
彼女に従い、数歩ぶんの距離を保って足を止めると、時臣は綺礼を見ないまま静かに涙を流した。
光を失った双眸が、硝子玉みたいな危うさで床だけを見つめている。
数刻前、凛と桜を見送った時の笑顔が嘘のようだ。
いや、綺礼はこの瞬間こそを嘘にしてしまいたかった。
(悪夢ならば覚めてくれ)
祈りは届かず、次の瞬間、綺礼は現実に揺り戻された。
「おや、ようやくのお帰りか、神父殿」
この場に居たもう一人の、揶揄するような声が響いたことによって。
優越感と嘲りを存分に滲ませた声で、男は評価を下した。
時臣の現状を端的に表す、家具だって最低限しかない簡素な部屋に、がっかりした様子だ。値踏みし甲斐がない、とでもいうふうにため息を吐いた。
「ああでも、これだけは格別、ですか? いつ見ても立派な剣だ」
触れるなと叫びたかった。
最後に残った遠坂の家宝、武器としても装飾としても一級品のそれは、永い時を経ても刃こぼれひとつしていない。
いざとなれば手放す覚悟はできているが、この剣の価値を金銭でしか量れない男に預けてしまうだなんて虫唾がはしる。
「……不快な瞳だ」
知らず睨んでしまっていて、男の表情が心外そうに歪んだ。
「昔からそうでしたね。裕福だった頃は私を見下して、婚約中も蔑ろにして――どんなに屈辱だったかわかりますか?」
じり、と距離を詰められた。時臣が後ずさったぶん歩を進められて、そのうち逃げ場をなくす。
「勘違いです。あの頃私は、貴方に限らず似たような態度をとっておりました」
「ならば、使用人などと馴れあうべきでもなかった!」
理性を失った男が怒鳴り、びくついた時臣の肩を掴む。
はらり、右手に携えていたリボンが解けて、彼女の心を支えていたものが崩れた。
「どういうつもりだ、この私があんな神父に劣るとでも!? 財も地位も身分も、すべて上回る私を、それでも拒絶するとは――ふざけるな、私、はっ!!」
男の言葉がだんだん支離滅裂なものになる。
一対一で行使される暴力。その場には二人しかおらず、じたばたともがく手足も押さえつけられた。
(助けて)
床に組み敷かれた全身が麻痺してゆく。
苦しい。痛い。嫌だ、厭だいやだ――
「たすけて、綺礼」
悲鳴は、荒れ狂う風に掻き消された。
+++++
夕方、遠坂邸に戻ったときには、もう何もかもが手遅れで。
綺礼の眼が真っ先にとらえたのは、放心したように膝を突き、虚ろに目線を泳がせる時臣の姿だった。
「時臣師!」
「こない、で」
叫んで、駆け寄ろうとした綺礼を呟きで制し、彼女は怯えるように両手で顔を覆った。
掠れきった声で、拒絶の言葉を吐く。
「近寄らないで……みない、で」
緩慢な動きはさながら人形のよう。
乱れた呼吸と、皺だらけの衣服とが、無機物めいた印象を打ち消しているのだけれど。
彼女に従い、数歩ぶんの距離を保って足を止めると、時臣は綺礼を見ないまま静かに涙を流した。
光を失った双眸が、硝子玉みたいな危うさで床だけを見つめている。
数刻前、凛と桜を見送った時の笑顔が嘘のようだ。
いや、綺礼はこの瞬間こそを嘘にしてしまいたかった。
(悪夢ならば覚めてくれ)
祈りは届かず、次の瞬間、綺礼は現実に揺り戻された。
「おや、ようやくのお帰りか、神父殿」
この場に居たもう一人の、揶揄するような声が響いたことによって。
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