つむぎとうか
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終わりの鐘は、高く Ⅵ
パラレル・女体化・死にネタ注意。舞台はどこか外国。時臣と凛と桜が姉妹。
その日、太陽はちっとも姿を見せなかった。
時臣も綺礼も、朝から口数が少なく、凛と桜は自分の荷物をまとめるのに午前中を費やした。
衣類や大量の本は、綺礼が数日前からこつこつと禅城邸と間桐邸に運んでくれていたので、手に持つものはカバンひとつで収まった。
ほとんど空っぽになった自室にいるとさびしくなる。居間で時臣と三人、紅茶を飲みながら話をした。
この小さな屋敷で過ごすのも、きっと最後になるだろう。
「凛、桜。私たちは確かに離ればなれになってしまうけれど――いつか必ず、迎えに行くから」
時臣は毅然と告げた。
昼食後、教会の仕事を終えた綺礼が迎えに来て、三人は遠坂邸を後にした。
「禅城は隣町だから、まず間桐に行こう」
間桐の門前では雁夜が構えていた。昔は姉妹全員と頻繁に遊んでくれた雁夜は、よろしくおねがいします、とお辞儀した桜の頭を撫でて、安心させるように笑った。
「かしこまらなくても平気だよ、桜ちゃん。凛ちゃんも心配しないで、いじめたりしないから」
凛の影に隠れておとなしい子どもと見られがちな桜だが、忍耐力は姉妹で一番かもしれない。雁夜もいてくれるなら大丈夫だろう。
ちぎれそうなくらい大きく手を振って、桜と別れた。
禅城家へ向かう道のりで。
並んだ綺礼の横顔を見上げ、凛は問いかける。
「お姉さまに、どうして好きだと言わないの?」
「この大変な時期に、か? 私の気持ちなど伝えたら師が困るだろう」
「そんなことないわ!」
心外だと唇を尖らせた。きっと、時臣は待っているだろう。
「綺礼は、お姉さまを見てるくせに、お姉さまのこころはわからないの? まさか諦めるつもりなの!?」
凛は思い返す。両親の死後、妹二人のためだけに頑張っていた時臣。
綺礼が来るまでは、無理を重ねているようで痛々しかった。
彼女が再び前を向いて歩き出せたのは、間違いなく綺礼の功績なのに。
「だが、今はさすがに……弱っている彼女に付けこむみたいじゃないか」
「良いじゃない。両思いよ、何を迷うことがあるの」
綺礼は慎重にしているつもりなのだろうが、ヘタレの言い訳にしか聞こえない。もっと簡単に考えたらいいのだ。
現実がかなり苦しいものであるとはわかっている。ばらばらになった家族が戻れる日が来るとしたら何年も先だろう。
ただ、待っているだけだなんて嫌だ。自分たちはまだ幼いけれど、きっと姉を支える力を手に入れるから。
目配せして激励を送る。綺礼がいる限り、時臣はひとりぼっちにはならずに済む。
「私と桜が帰るまで、お姉さまを守ってよね」
葵の待つ、禅城の屋敷はもう目の前だ。
+++++
換気のために窓を開けると、曇天に加えて強い風が吹いていた。
木立は枯れ、もうすっかり冬の景色だ。
束の間、冷たい空を仰いで、来客の応対準備に取り掛かる。
(凛と桜は、無事に着いただろうか)
禅城も間桐も快く引き受けてくれたけれど、本来ならもっと前から根を回しておくべきだった。
時臣も必死だったのだ。きょうこの日には、自分しか残っていないように、と。
かつて婚約していた男は、手段を選ばず遠坂を破滅に追いやろうとしている。
凛と桜を矛先から逸らすためには、不本意でも家から出すしかなかった。
もっと、時臣が強かったら。事業の勉強だって数年早く始めていれば、陥れられることもなかったかもしれない。
悔やんだって取り戻せない。せめて、出来る手は尽くそう。
(あとは、綺礼を解放するだけ)
約束の刻限にはまだ余裕があるので、時臣はペンを持ち書類を作成した。
――言峰綺礼の解雇を通知する文言。
現在、教会勤めの傍ら遠坂家で預かりとなっている綺礼の、管理者としての任を解く。
思えば彼には済まないことをした。将来ある聖職者だったのに、縁故で引っ張られて、財産管理など任せて。教会の仕事に専念したいだろうに。
時臣の我が儘でここまで付き合わせてしまった。
申し訳ないと思いながら、彼の優しさに甘えきっていた。
綺礼が側に居てくれた三年間、時臣は数え切れないほどのものをもらった。そう伝えても彼は首を傾げるだろうが、時臣は確かに受け取ったのだ。
生活が逼迫していたとはいえ、先祖代々の資産を売る勇気も、事業のやり方を学んでみようという気概も、綺礼がいなければ持てなかったに違いない。
それに、髪を切った時。凛や桜が惜しんでくれた気持ちも嬉しかったが、髪の短い姿を肯定してくれて、どんなに救われたことだろう。
『時臣師』
紡がれるたびに心音が跳ねる、彼だけの呼び名。
いつからだろう、遠坂時臣は言峰綺礼に恋をしている。
自覚した次の瞬間には心に蓋をした。
だって、ますます綺礼を縛ってしまう。自分を慕う女を彼は見捨てられない。
時臣の気持ちは、想い人を遠坂から離れられなくするだけ――
重荷になるくらいなら、何も言わずに終わらせるべきだ。
綺礼から贈られたリボンを、いまの髪型にはそぐわないので手首に結ぶ。
それだけで強く在れる気がした。
時臣も綺礼も、朝から口数が少なく、凛と桜は自分の荷物をまとめるのに午前中を費やした。
衣類や大量の本は、綺礼が数日前からこつこつと禅城邸と間桐邸に運んでくれていたので、手に持つものはカバンひとつで収まった。
ほとんど空っぽになった自室にいるとさびしくなる。居間で時臣と三人、紅茶を飲みながら話をした。
この小さな屋敷で過ごすのも、きっと最後になるだろう。
「凛、桜。私たちは確かに離ればなれになってしまうけれど――いつか必ず、迎えに行くから」
時臣は毅然と告げた。
昼食後、教会の仕事を終えた綺礼が迎えに来て、三人は遠坂邸を後にした。
「禅城は隣町だから、まず間桐に行こう」
間桐の門前では雁夜が構えていた。昔は姉妹全員と頻繁に遊んでくれた雁夜は、よろしくおねがいします、とお辞儀した桜の頭を撫でて、安心させるように笑った。
「かしこまらなくても平気だよ、桜ちゃん。凛ちゃんも心配しないで、いじめたりしないから」
凛の影に隠れておとなしい子どもと見られがちな桜だが、忍耐力は姉妹で一番かもしれない。雁夜もいてくれるなら大丈夫だろう。
ちぎれそうなくらい大きく手を振って、桜と別れた。
禅城家へ向かう道のりで。
並んだ綺礼の横顔を見上げ、凛は問いかける。
「お姉さまに、どうして好きだと言わないの?」
「この大変な時期に、か? 私の気持ちなど伝えたら師が困るだろう」
「そんなことないわ!」
心外だと唇を尖らせた。きっと、時臣は待っているだろう。
「綺礼は、お姉さまを見てるくせに、お姉さまのこころはわからないの? まさか諦めるつもりなの!?」
凛は思い返す。両親の死後、妹二人のためだけに頑張っていた時臣。
綺礼が来るまでは、無理を重ねているようで痛々しかった。
彼女が再び前を向いて歩き出せたのは、間違いなく綺礼の功績なのに。
「だが、今はさすがに……弱っている彼女に付けこむみたいじゃないか」
「良いじゃない。両思いよ、何を迷うことがあるの」
綺礼は慎重にしているつもりなのだろうが、ヘタレの言い訳にしか聞こえない。もっと簡単に考えたらいいのだ。
現実がかなり苦しいものであるとはわかっている。ばらばらになった家族が戻れる日が来るとしたら何年も先だろう。
ただ、待っているだけだなんて嫌だ。自分たちはまだ幼いけれど、きっと姉を支える力を手に入れるから。
目配せして激励を送る。綺礼がいる限り、時臣はひとりぼっちにはならずに済む。
「私と桜が帰るまで、お姉さまを守ってよね」
葵の待つ、禅城の屋敷はもう目の前だ。
+++++
換気のために窓を開けると、曇天に加えて強い風が吹いていた。
木立は枯れ、もうすっかり冬の景色だ。
束の間、冷たい空を仰いで、来客の応対準備に取り掛かる。
(凛と桜は、無事に着いただろうか)
禅城も間桐も快く引き受けてくれたけれど、本来ならもっと前から根を回しておくべきだった。
時臣も必死だったのだ。きょうこの日には、自分しか残っていないように、と。
かつて婚約していた男は、手段を選ばず遠坂を破滅に追いやろうとしている。
凛と桜を矛先から逸らすためには、不本意でも家から出すしかなかった。
もっと、時臣が強かったら。事業の勉強だって数年早く始めていれば、陥れられることもなかったかもしれない。
悔やんだって取り戻せない。せめて、出来る手は尽くそう。
(あとは、綺礼を解放するだけ)
約束の刻限にはまだ余裕があるので、時臣はペンを持ち書類を作成した。
――言峰綺礼の解雇を通知する文言。
現在、教会勤めの傍ら遠坂家で預かりとなっている綺礼の、管理者としての任を解く。
思えば彼には済まないことをした。将来ある聖職者だったのに、縁故で引っ張られて、財産管理など任せて。教会の仕事に専念したいだろうに。
時臣の我が儘でここまで付き合わせてしまった。
申し訳ないと思いながら、彼の優しさに甘えきっていた。
綺礼が側に居てくれた三年間、時臣は数え切れないほどのものをもらった。そう伝えても彼は首を傾げるだろうが、時臣は確かに受け取ったのだ。
生活が逼迫していたとはいえ、先祖代々の資産を売る勇気も、事業のやり方を学んでみようという気概も、綺礼がいなければ持てなかったに違いない。
それに、髪を切った時。凛や桜が惜しんでくれた気持ちも嬉しかったが、髪の短い姿を肯定してくれて、どんなに救われたことだろう。
『時臣師』
紡がれるたびに心音が跳ねる、彼だけの呼び名。
いつからだろう、遠坂時臣は言峰綺礼に恋をしている。
自覚した次の瞬間には心に蓋をした。
だって、ますます綺礼を縛ってしまう。自分を慕う女を彼は見捨てられない。
時臣の気持ちは、想い人を遠坂から離れられなくするだけ――
重荷になるくらいなら、何も言わずに終わらせるべきだ。
綺礼から贈られたリボンを、いまの髪型にはそぐわないので手首に結ぶ。
それだけで強く在れる気がした。
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