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つむぎとうか

   
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終わりの鐘は、高く Ⅷ
パラレル・女体化・死にネタ注意。舞台はどこか外国。時臣と凛と桜が姉妹。

 客人と呼ぶのもおぞましい、時臣を貶めた張本人である男は笑う。
「まるで聖職者の鑑じゃないか。ひとつ屋根の下の女主人に、まさか手も出していなかったとは」
 ――ああそれとも、これから愉しむ腹だったのかな?
 ねっとりと、わざとらしく語尾を撥ねさせて、勝ち誇ったように唇の端を上げた。醜悪さに耐えきれず目を逸らしたが、そんな綺礼の様子など無視して言い募る。
「元は婚約関係にあったのだから、構わないだろう? 初めての相手が私でも」
(何を、笑っている?)
 憎しみに理性が焼き切れていくのを感じた。
 綺礼が誰より守りたかった、愛しい女性に絶望ばかりを植えつけておいて。
 財も事業も、家族も、そして矜持すら、奪い尽くした。
 ……それを防げなかった。
『待っていてください』
 そう言って、凛とも約束したのに。
 話し合いの席でも、時臣を決してひとりにはさせない、と。

 彼女が泣いているのは綺礼が間に合わなかったせいだ。
 助けられなかった己が許せない。
(そうだ、こんな役立たずは消してしまえ)
 耳障りな哄笑を止めない声の主を道連れに。

「っ、な、にを」
 微笑みながら、誂えたように転がっていた剣を鞘から抜いた。
 金属の重みが、すうっと手に馴染んでいく。まるで綺礼に操られるために存在するみたいな武器だと心を浮かせながら。
 恐怖に足が竦んだのか、動かない男に狙いを定めて。
 一息に刃を振り下ろす。

 骨肉が切れる音と、断末魔の悲鳴が谺した。

   +++++

「血を、洗い流してきなさい」
 存外力の入った時臣の懇願――否、命令に浴室へ追いやられ、絶命した男の返り血を消した。
 再び元の部屋へ帰ると、彼女の姿はなく、男の死体だけが綺礼を待っていた。

 時臣はどこに行ったのだろう。
 ちいさな邸のこと、見当はすぐについた。果たして、内側から鍵が掛かっている部屋がひとつ。
 人殺しの綺礼を恐れて閉じこもっているのか?
 いや、ならば外へ逃げ出すはず。
「時臣師、貴女に害は加えませんから」
 呼びかけても、何の反応も返ってはこない。
「……失礼します」
 分厚くもないドアを蹴り破った向こうには、凄惨な光景が広がっていた。

   +++++

 遠坂時臣は息絶えていた。
 寝台の上、胸の上で指を組んで、枕元には空になった薬壜が転がっている。
 眠っているようにも見えたが、かたく瞑った瞼は開かない――もう二度と。
 白い頬に、苦悶が刻まれていないのは、即効性の毒によるものだろう。

「ときおみ、し、わたしは」
 刃を握った瞬間から覚悟はしていた。
 彼女を悲しませた元凶を排するのと引き換えに、優しい笑顔にも会えなくなること。
 己の手を血で染めてでも、これまで聖職者として築いてきた全てを失ってでも。
 どんな形でも、幸せを掴んでくれるならと――生きていればいつかは叶ったはずの願い。
 それが、潰えた。時臣が選んだのはいのちごと消えてしまうことで。
 ……違う、こんな結末を望んだんじゃない。
「わたしは、貴女が」
 それ以上は言葉にならず。
 呻き声を合図に、綺礼は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
 顔をくしゃくしゃにして佇んだ足元に、かさり、走り書きの手紙が触れた。



“ねえ、綺礼。君は、人前ではいつも落ち着きを持って、あまり感情を揺らさなかったね。
 いまもきっと、そうしているんだろう。
 私の亡骸を前にして、もしかしたら茫然としているのかもしれないけれど。
 万が一、涙をこぼしそうになっていたら大変だから、こう言うよ。

 泣かないで、綺礼。
 
 彼を殺したのは、この私、遠坂時臣だ。
 かつての婚約者に借金を断られた女が、逆上して男を刺した。
 遠坂時臣は、人を殺めた自分を赦せず自死を選ぶんだ。
 君のせいなんかじゃない。
 机の上の解雇通知は見ただろう? 
 言峰綺礼は、遠坂家とはもう関わりのない教会の神父様だ。
 偶然、惨劇の目撃者になってしまっただけ。

 そう、きちんと説明するんだよ。

 重荷を背負わせて、ごめん。
 この期に及んでまで君の手を煩わせてばかりだね、私は。
 凛と桜には、私が急死した場合のことも万一として伝えてある。葵も雁夜も力になってくれるはず。
 だからあとは、君のことだけが心配だ。

 両親が亡くなって、財のほとんどを失ったけど、君がいてくれた三年間は楽しかった。
 でもこれで、やっと自由にしてあげられる。
 どうか気に病まないで。
 私が死ぬのは、君を庇うためじゃない。あんな男に良い様にされた自分を生かしておけないからだ。
 それだけは覚えていて欲しい。
 あとは、忘れてしまいなさい。今日起こった出来事は、ぜんぶ私の仕業だ。

 この紙も、読み終わったらきちんと燃やすこと。
 私からの最後の頼みだから。

 願わくば、いつか君が素敵な人と出会って、幸せになれますように。
 さようなら”



 署名と共に、その文面は締めくくられていた。
 彼女の最後の肉筆となったそれを、綺礼は二度、三度と読み返した後――
 仮面のような無表情で、指示された通り、その場で火を点け消し去った。 

 そのまま、夜明けを迎えて。
 言峰綺礼は、駆けつけた役人によって取り押さえられた。
 仕えていた女主人に毒を盛り、居合わせた元婚約者の青年をも手に掛けた、凶悪犯として。
 時臣の遺書にあったような抗弁は一切試みないまま、彼は二件の殺人罪を負うことになる。

『聖職者の皮を被った畜生が……!!』
 憤りに任せた被害者の父親の糾弾に遭い、間もなく、極刑の判決が下され――
 衛宮切嗣が勤める獄舎で、彼はただ絞首台に呼ばれるのを待つ身となった。

 約二年にわたる服役期間中の彼の様子は、規則正しい機械と形容されるものだった。




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