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つむぎとうか

   
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ねがいごと
学パロ・女体化・妊娠ネタ注意
アイリさんは切嗣さんのお姉さん(矩賢さんが国際結婚した)
葵さんは時臣さんの従姉

遠坂時臣は弱り切っていた。
 ここ数日、まともな食事を摂れていないのと、寝不足でもないのにしじゅう訪れる睡魔との格闘とで、気力・体力ともにがりがり削られている。引退したとはいえ元生徒会長の優等生が居眠りなんて醜態を晒すわけにもいかず、根性で覚醒状態を保っている。半端な疲労度じゃない。
 一人娘が寝込んでいたら両親に心配をかけるだろう。優雅たれ、の家訓を胸に、家でも学校でも平常通りに過ごそうと努めている。幼馴染の雁夜に言わせれば「ただの痩せ我慢」だけれど。
 鍵を閉めた自室では、ずっとベッドに身を横たえている始末だ。
(熱……は、ない。喉も鼻も無事だから、風邪ではない、か……)
 胃の中は空っぽなのに、嘔吐感は手加減なしに苦しめてくる。ほとんど暴力だ。
 体調管理には気をつけてきた。となれば、この症状が意味するのは?
 思い当たった可能性を、無意識に潰す。心当たりはあるにはあるが、まさか。

 従姉の葵にそれとなく相談してみようか。
 これまで保健室には縁のなかった時臣だが、卒業間際にいちどくらい世話になるのもありだろう。昼休みまでの我慢だ。ちなみに欠席という選択肢ははじめからない。
(会いたいな、切嗣に)
 しばらく会えていない恋人のことを考えた。
 クラスは違うが同学年の切嗣とは、高二の終わり頃から付き合っている。
 広言することでもないだろうという点で二人の意見は一致していたので、校内ではこっそり会うだけ、登下校も別々。表向き接点の無い自分たちの関係を、誰も知るはずがない。
 なぜ隠れるのかといえば、時臣の場合は自信が持てないからだ。
 衛宮切嗣は不思議と人を惹きつける。サボリ癖があり、しばらく学校に来ないこともあるが、顔を出せば当たり前のように受け容れられる存在。彼を好く女子は多いが、男子から嫌われているわけでもない。
 比べて、遠坂時臣は歪だ。生真面目な優等生、それ以外に何の価値があるのか。親しい友人も片手の指で足りる程度で、他の生徒には完璧に取り繕った表情でしか接せないのに。
 自分のようにつまらない人間が、堂々と切嗣の恋人だなんて名乗れるはずがない――
 当の切嗣が聞いたら、「いや、君の方があちこちから狙われてるよ!?」と心外そうに叫ぶだろうが、時臣は真剣に悩んでいた。
 彼のことは大好きだけれど、このまま隣に居てもいいのだろうか、と。
 底無しの沼にはまってしまったような気分だ。常ならば前向きに楽観的に物事を捉えられる時臣だが、こうなると厄介である。ずぶずぶと沈んでゆく。
 そのまま、眠ってしまった。外からの陽射しと目覚ましの音に急かされて、重たい足取りで学校へ向かった。

 どうしよう。
 いつも以上の怠さにうんざりしていたら、眩暈まで襲ってきた。
 朝、登校中にギルガメッシュに遭遇した。顔色が悪い、と真っ先に指摘され、曖昧に誤魔化す。尊大な態度とは裏腹に、彼の紅眼は観察力に長けているのだ。
 平気なふりで授業を受けたが、移動中にぼろが出てしまった。よりによって人の多い廊下で倒れるだなんて。
『大丈夫だから、先に行ってて』
 話をしていたクラスメートに言ったけれど、起き上がれないから説得力に欠ける。
 結局動けないまま、通りかかった綺礼に抱えられた。
『綺礼。君のクラスも授業があるでしょう?』
『こういう場合は病人第一で動くものです』
 頼もしい後輩だ――安心したところで意識が途切れた。

 ぼんやりと瞳を擦ると、見慣れない天井が視界を埋めていた。
 薬のにおいが鼻につく。ああそうか、保健室に運ばれたのか。
「大丈夫? これを飲めるかしら」
 白衣の従姉が、コップと錠剤を両手に持たせてくれる。冷たい水で薬を喉に流し込んだ。
「ありがとう……」
 葵の優しげな手つきに髪を梳かれて、くすぐったくなり目を閉じる。
 そのまま、再び眠りの世界へ誘われた。

   +++++

 ぎゃあぎゃあと、同じ部屋で複数名が大声をあげている。
 そのどれもが聞き覚えのある声だが、きっと夢なのだろう。ギルガメッシュと雁夜と綺礼が揃う偶然はあっても、切嗣は昨日まで登校してもいなかったのだから。
 この場にいるとは思えない。
(やっぱり、会いたいから?)
 願望が幻を連れてきたということか。虚しい。実物に触れたい。
「……葵さん、お願いします。時臣さんを僕にください」
 おかしい。さっきより幻聴のボリュームが上がったような。

「切嗣!?」
 飛び起きた。
 急に上体を起こした衝撃で貧血になり、落ち着くまで深呼吸。瞬きをしても、目の前の腕は消えたりしなかった。
「僕は、時臣に謝らなきゃいけないことがある」
 首を傾げて葵を見ると、従姉はにこやかに切嗣を促した。というか脅した。
「そうね、私の大事な時臣に何してくれたのか一語一句違えず説明して土下座して欲しいわ」
「あ、葵先生……」
 ちっとも言い返せない切嗣は一体どんな悪さをしたのだろう。
「この前、デートした夜のこと、覚えてる?」
 耳元に囁かれた。生々しい記憶が蘇って、頬が火照る。
 二ヶ月以上経っているが、忘れるわけがない。が、葵もいる場でなんて話題を――!
「避妊具切らしたって、嘘」
「え」
「本当は持ってた」
 茫然としている時臣に、賭けだったのだと告げる。
 あのとき、色めいた雰囲気になって、けれど準備がなくて。どうしても繋がりたいのだと懇願され、流されるようにそのまま。
 断固として拒絶した結果なら切嗣が悪いが、結局時臣も折れたのだ。
 ぜんぶ仕組んだことだったのだと、それが“悪事”の顛末だと言う。
「どう、して?」
 続く内容に息が止まりそうになった。
「ずっと君を独占したくなったから」
(私は、退屈で感情表現も下手で)
 自分の欠点だから仕方がないと、いつしか諦めていた。
 だけど、たった一人、飽きられたくない相手がいた。
 はじめて恋した人。焦がれてやまなかった、時臣を選んでくれた切嗣に。
 ――求められた事実に涙が滲んだ。

「時臣、あなたは妊娠三ヶ月目に入ったところよ」
 咳払いをして、葵が言う。
 勝手に盛り上がらないでちょうだい、私もいるのよ、と知らせるように。
「現実は甘くないわ。進路も決まってる時期にいろいろ台無しになるのよ? 遠坂の叔父様叔母様なら、説得を手伝ってあげるけど」
「衛宮の父と姉は反対しないはずです。恋人がいることは結構前に伝えておいたので」
 いや、私初耳なんだけど――時臣は突っ込みたかった。が、このタイミングで吐き気をもよおして言葉も紡げない状態だ。
 切嗣が背中をさすってくれる。彼の手のあたたかさが好きで、気持ち悪いのも大分ましになったが、それくらいで帳消しになるものか。
「あと、肝心なことをまだ言ってなかった」
「……な、に?」
 屈んだ切嗣が、真っ直ぐに視線を合わせてくる。手のひらをぎゅっと握られて動けなくなった。
 心の準備も整っていないのに、目を逸らすこともできなくて、一秒。
 真摯な声が彼女に届く。
「時臣、愛してる。僕と結婚して、幸せになろう?」


 ずるいなあ、と嘆息する。
 聞いた傍から赤くなるような科白を、照れもしないで一息に吐くなんて。
 それでも、彼なりに緊張しているのか、つないだ指先が小刻みに震えているのがわかる。
 こんなの、頷くしかないじゃないか。
(私のねがいでも、あるんだから)


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