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つむぎとうか

   
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はかりごと【下】
学パロ・女体化・妊娠ネタ注意
アイリさんは切嗣さんのお姉さん(矩賢さんが国際結婚した)
葵さんは時臣さんの従姉

 衛宮切嗣は焦っていた。
 別に、慌てなくても保健室は逃げない。わかっていても、急ぎ足になる。校内ってこんなに広かったっけ、と、半ば八つ当たり気味に思ったりもした。

 もともと碌に通っていなかった高校は、試験の点数さえ足りれば、少なすぎる出席日数でも文句は言われない。それでなくとも、高等部三年の三学期。自由登校をいいことに、学校にはほぼ寄りつかなかった。
 始業式以来で顔を出してみると、ある噂を耳にした。
 ――さっき、遠坂時臣さんが倒れたんだって。
 ――うそ、あの完璧超人が!?
 人間なのだから体調を崩すことくらい当然あるはずだが、彼女は自己管理の鬼でもあり、初等部から高等部まで一貫して欠席も早退もゼロで通してきた。サボリ常習犯の切嗣とは真逆の生活態度である。
 時臣の場合は、たかだか保健室に運ばれたくらいでも騒ぎになるのだ。
(大丈夫だろうか?)
 続く女子生徒たちの話し声を、切嗣は興味のないふりをしながらしっかり拾っていた。もっとも、切嗣の一挙一動に注意を払うクラスメートなどいないのだけれど。

 片や、絵に描いたような優等生。片や、教師さえ見放す不良生徒。
 表向き、彼らには何の接点も見当たらないが―― 
 実のところ、彼らは恋人同士だった。周囲の誰ひとりとして知らないのは、付き合うと決めた時に切嗣が提案したからである。
『僕らの関係、わざわざ言って回ることもないよね?』
 できれば誰にも知られたくはなかった。それは切嗣の勝手な言い分だ。
 本人は鈍いので気づかないが、時臣を想う男子は複数いる。しかも、一筋縄ではいかない連中ばかりだ。
 牽制しておきたいのは山々だけれど、もし切嗣が時臣の恋人だと宣言すれば、身を引くどころか全力で引き裂こうとしてくるだろう。
 衛宮切嗣は先読みに長けていた。学校では彼氏彼女だなんてちっとも悟らせず、休日のデートもお互いの家で過ごすのみ。
 世間一般の男女交際とは程遠い形態だが、特に不満はなかった。一緒に居られるならそれで。
 単純に、可愛い恋人を独占したかっただけかもしれない。

 高二の終わりから付き合い始めて一年。交際は順調だ。
 お互い、目指す進路のこともあり、二学期までと比べると会う機会は減ってしまったが、ちゃんと愛してるし愛されている。
 ひた隠しにしてきたが、ギルガメッシュや言峰綺礼は下手したら卒業後も時臣を諦めない可能性が大である。間桐雁夜も幼なじみのポジションでは満足できなくなるかもしれない。
 恋人とはいえ、切嗣に彼女の心を縛る権利はない。浮気ならまだしも、本気で別の男に惚れられたらどうしたらいいのか。
 ――切嗣。いや、衛宮君。別れて欲しい。幸いこっそり付き合ってたんだから、一年前みたいに共通点のない二人に戻ろう?
 (……冗談じゃない)
 想像しただけで泣けてきた。
 一年間で、時臣の存在はとっくに欠かせないものになっていた。
 手放すつもりなんて欠片もないのだ。

 そろそろ、次の手を打つべき頃合いかもしれない。
 少々卑怯な方法かもしれないが、構うものか。恋は盲目。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてしまえ。
 計画は秘密裏に進められた。
 真意を打ち明けたらその時点で時臣に嫌われても文句は言えないレベルの企みだが、切嗣は罪悪感を感じながらも恋人を欺いた。
 そして、今日。
 久しぶりの逢瀬の約束を交わすために、朝から教室に顔を出した、というわけだった。 
 昼休みにでも会いに行こうか、と呑気に考えていたら、当の時臣が倒れた、という知らせ。
 やばい。彼女が倒れた理由に心あたりしかない。本人と話し合わないと――!
 上の空で授業をやり過ごし、次の休憩時間、衛宮切嗣は焦りながら保健室へ向かったのである。

 保健室には立入禁止の札がぶら下がっていた。
 が、人の気配はする。鍵を開けてもらうべくノックを三回。
「どうかしたのかしら、衛宮君」
 養護教諭の葵は柔らかく微笑んで迎えてくれたが、目は全く笑っていない。怖い。
「遠坂さんを見舞いに来ました」
「あの子に? 今はね、薬が効いて寝ているのよ」
 時臣と葵は仲の良い従姉妹だと聞いている。が、二人とも公私混同はしない性格で、普段は「禅城先生」「遠坂さん」と呼び合っているのに。
 何だろう、この剥き出しの敵意は。
「……だったら、起こすのも悪いですね。お大事に、とお伝えください」
「ううん、そうはいかないの」
 がしっと、逃げ腰の袖口を掴まれ、笑顔を消した真剣な眼差しの葵に問われる。
「ねえ衛宮君、あなたが時臣の彼氏なの?」
 これまで追求されたことはなかった。
 なぜなら、時臣と切嗣の仲を疑う者はいなかった。彼女も彼もベクトルは違えど頭が良かったので、それぞれ親しい人にも気取らせなかったからだ。
 誤魔化す術には長けていない。
「はい、時臣さんとお付き合いさせていただいてます」
 精一杯の誠意をこめて、まっすぐに見返した。

「貴様だったかこの雑種風情が!」
「衛宮先輩、以前銀髪の美しい女性と大通りを歩いてたじゃないですか」
「うわ何それひでえ二股? 時臣は知ってんのか!?」
 待ち構えていたようにカーテンを開けて口々に叫ぶのは、切嗣が避けていた面々で。
「黙れ、彼氏でもないのにお前等三人が番犬みたいにうろついてるから、隠れるしかなかったんだよ! 銀髪の美人は姉だ、時臣と付き合い出してからは浮気なんて一度たりともしてない!」
 負けじと言い返すと、葵が地の底から響くような声を出した。
「うるさいわ、四人共……時臣が起きちゃうでしょう?」
 一瞬で静かになった。

 なおも言い募ろうとするギルガメッシュたちを教室に帰し、葵と時臣と切嗣だけが残った空間に、しばらく気まずい沈黙が落ちた。
「時臣が選んだのはどんな子かな、って、ずっと気になってたの。彼氏の存在を打ち明けられたんじゃないわよ? 雰囲気でわかるわ」
 一年くらい前からでしょ、と、的確に時期まで当てられてしまった。
「あの子が見違えるくらい綺麗になってるんだもの。恋かしら、ってどきどきしたものよ。でも、あなたたちの交際は秘密だったのよね?」
「ええ――ライバルは多くいましたから」
 切嗣は無心に眠る時臣の傍らに移動した。陽に透けた茶色の巻毛を梳いて、頬にそっとキスを落とす。
「馬鹿ね、それでこんな筋書きを思いついたの? ……子どもを作って認めさせる、だなんて」
 先のことが見えていないのね、と、葵は呆れて溜め息を吐く。
「我が家は代々早婚の家系なので、問題ないかと。大学に進むのは一、二年遅れてしまいますが、彼女ならすぐに追いつくでしょう。……葵さん、お願いします。時臣さんを僕にください」
 ――彼女に宿った生命ごと、幸せにしてみせますから。



「頭を下げるべきは、私じゃないでしょう」
 葵は呆れた。外堀攻略もよいけれど、まずは当人同士で対話をしなさい、と。
 目を覚ました時臣が、真っ赤になって切嗣を見つめる。先刻のやり取りを実は聞いていたとバレバレの態度である。
 本当に、なぜ気づかなかったのか。並んでいる二人はごく自然な恋人同士にしか映らず、従妹はじつに幸せそうで。
(叔母様たちの説得くらいなら、協力してあげてもいいわ)
 衛宮切嗣の作戦勝ちだ。高校卒業と同時に結婚に至るまでの道筋を組み、見事渡りきってみせた。
 フラれた三人は哀れだが、葵は時臣さえ笑っていられれば良い。
 可愛い従妹をとられたみたいで癪だし、独占欲のために妊娠させただなんて最低の所業だけれど、それだけ切嗣が時臣に執着しているということならば。

 仕方がないから、祝ってあげよう。
「ただし、時臣を不幸にしたら後悔する羽目になるわよ?」
 淑やかな美人が繰り出す、背筋が凍りそうな迫力の宣戦布告に、切嗣は苦笑いで応じた。


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