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つむぎとうか

   
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終わりの鐘は、高く Ⅳ
パラレル・女体化・死にネタ注意。舞台はどこか外国。時臣と凛と桜が姉妹。

 親も財も失った娘に用は無い――
 当然の判断で、かつて青年は婚約者を切り捨てた。
 罪悪感はなかった。遠坂時臣は稀に見る美人には違いなかったが、惹かれたのは彼女がもたらしてくれるだろう富だったのだから。
 出費を惜しまなければ、さらに良い女だって簡単に手に入る。金さえあればどんなことでも思い通りになる。
 前当主夫妻の急逝は悼みもしよう。莫大な遺産が将来の妻、ひいては彼の手に渡ることを思えば、傷心の時臣を慰めて結婚を早めるくらいの心づもりでいたのだ。

 だが、期待していたものは何も得られなかった。
 遠坂家の内情は代々重ねてきた借金を減らしてゆくことに精一杯で、努力の甲斐あってかだんだんと改善されていったものの、夫妻の死後は時臣が背負うことになったのだそうだ。
(冗談じゃない!)
 彼からしたら騙されたも同然の仕打ちだった。穏当に婚約破棄の話を打ち出した己に寧ろ感謝して欲しいくらいだ。

 時臣たちとの交友を一方的に断って数年。
 予想通り、遠坂は巨大な本宅を手放したらしい。他にも事業の縮小や土地権利の譲渡など、昔の権勢の面影はない。姉妹三人で、ちっぽけな家に居を移したのだという。 
 面白くない話も耳に入った。
 時臣に財産整理を任され、共に暮らしているのだという若い男。
 教会の神父で怪しくないというが、下賎な町人であることには違いない。それを住まわせている、だと?
 管理人が聞いて呆れる。要するに気に入って手放したがらぬだけではないか。
 婚約時代さえ、彼を嫌って避けていた時臣が、神父風情に夢中になっているだなんて気にくわない。
 彼女は没落と共に誇りを捨ててしまったのだろう。憐れな想像にほくそ笑んだ。
 もし、彼が金銭を幾らか都合してやるとでも申し出たら、きっと泣いて歓ぶのだろう。靡かなかった女の惨めな姿をこの目に焼き付けたい。
 狭い家に乗り込んで、遠坂の現状を嘲ってやる。

 それが、一体どういうことだ?
 不本意そうに案内された居間で、時臣は媚びた眼差しなど見せなかった。
 あの頃忌々しかった高潔さはそのままで、彼のことを相変わらず拒絶する、許し難い態度。
 綺礼、と親しげに呼んだ青年が無遠慮に止めに入ったとき、ほっとしたような笑顔さえ浮かべたのだ。
(まさか、私よりあんな下賤の輩なんかが良いとでも言うのか!?)
 信じられない。
 認めるものか。利用価値なんてもうどうでもいい、掻かされた恥を濯がなければ。
 綺礼や凛にまで虚仮にされた。彼らも揃ってどん底に突き落とさなければ気が済まない。

   +++++

 春の間、遠坂が手を貸した事業はどれも順調に進んでいた。
 といっても、当主たる時臣は名義だけの責任者であり、実際は綺礼が紹介した代表者が経営を担っていた。
 時臣は頭も良いし、努力家だ。しばらくは勉強を続けて、いずれは亡父から引き継いだ事業に着手したいと考えており、綺礼も彼女の方針を尊重した。
 だから、利益を見込めそうな事業からは撤退しなかった。手放せば幾許かの見返りは得られるけれど、所詮は一時的なものだ。長い目で見て財政を支えられる手を打つのが賢い選択だろう。
 当面、楽な生活をさせてやれないが、凜も桜も姉を応援してくれている。
 時臣は勉強の合間に町の子どもたちの家庭教師を引き受けるなどして、ささやかながら収入の足しにしようと頑張っていた。
 綺礼も、教会勤めを再開した。璃正に現状を打ち明けたところ、管理人業との両立を快く了承してくれたのだ。
 忙しい日々はあっという間に流れていった。

「教会からの収入くらい、君の自由にして欲しいんだけどなあ」
「ええ、私の望むように使っておりますが」
 どこが、と呆れた目を向けられる。
「百歩譲って、凜や桜に服や本を買ってくれるのはありがたいよ、うん。本当に感謝してるんだ。でも私には要らないんだってば!」
「駄目です。返品不可ですので」
 綺礼も譲らなかった。重たくなるような贈り物はしていない、と主張する。
 髪留めだとか、ブラウスやスカートだとか。飾り気もないシンプルなデザインのものを、月一の頻度で求めているだけだ。
 町中を歩いていたら、ふと、店頭に飾られている品に意識を奪われる。綺礼自身は着るものなどどうでもよく、少女たちや、大切な女性を思い浮かべたら自然と手に取っているだけで。
 どれが似合うだろうと、想像するのも楽しみなのだ。高価でもないので気に病まないで欲しい。
 ちなみに、店の人は立派な図体の神父が女物の服や子ども用の本を指さすたびにあたたかな笑みを浮かべる。“遠坂さん家の神父さん”は、真面目な好青年ということで特に年輩の方から受けが良いのだ。
「わかったよ。ずっと箪笥にしまっておくのも勿体無いから着させてもらうけど……あまり、気を遣わないでね?」
 時臣は微笑む。ふわりと、申し訳さなさと嬉しさを半々に滲ませて。
 いつか、彼女の憂いを全て取り去れたらと思う。よろこびだけに輝く笑顔を浮かべる彼女を、遠くからひと目だけでも見られるなら。
 そこに、綺礼の幸福があるはずだ。



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