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つむぎとうか

   
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終わりの鐘は、高く Ⅴ
パラレル・女体化・死にネタ注意。舞台はどこか外国。時臣と凛と桜が姉妹。

 異変がはじまったのは初夏のこと。
「これ、数字がおかしくありませんか?」
 綺礼の指摘で、原因も宛先も不明の出費が、いくつもの帳簿から見つかった。問い詰めた時臣に、責任者たちはそれぞれ言葉を濁した。
「止むを得ない事情が生じまして……運営に支障がない範囲で収めますから」
 納得のいく説明がないまま、流出金額はだんだん規模の大きなものになってゆく。
 代表者たちが、揃ってある青年からの示唆を受けていたと判明する頃には、利益源のはずの事業がかえって負債を増やす悪循環を生みだしていた。
 歯車が廻る。狂った方向へ、軌道修正はかなわずに――



 夏が終わり、状況は悪化する一方だった。
 時臣は背中の真ん中まで伸びていた髪をばっさり切った。
 長く艶やかな巻毛は高値がつくからと、妹二人や綺礼に黙ってさっさと散髪してからの事後報告。
 凛と桜がそれぞれ泣いたり怒ったりして嘆く中、綺礼だけは少々思案した後にこう言い放った。
「短くなって、以前より意思の強さが明確になったのではありませんか? 貴女にはどちらも似合いますね」
 綺礼にしてみたら長さなど些細な問題な本音を垂れ流したに過ぎないのだが、三人からは熱でもないかと心配されてしまった。
「今の、聖職者の台詞じゃないわよ……」
「なんぱ、というやつですよね。このまえ読んだ本にのってました」
「どんな本を読んだの? 桜、あとで見せなさい」
 ませた内容だったら没収しなくちゃ、と時臣は保護者の立場で考え、改めて綺礼の言葉を咀嚼して真っ赤になった。
「き、綺礼、君は信者のみなさんにもそういう感じで話してるの?」
「いえ、何かまずいことを申し上げましたか?」
 まずいわよ、――このままだとお姉さまが呼吸困難に陥っちゃう。深刻ぶって凛は告げた。
「……大丈夫ですか」
 うずくまった時臣の背中をそっと撫でてみた。華奢だけれど、いつもぴんと伸ばしている背筋。いつも、どれだけ重いものを背負っているのだろう。
 綺礼にくらいは寄り掛かってもらいたいのだが。
「り、凛! 余計なことは言わなくていい、」
(からかい甲斐のあるお姉さま)
 ちょっとふざけ過ぎたかもしれない。近ごろ綺礼も時臣も険しい顔ばかり浮かべているから、息抜きになっただろうか。
 凛と桜は幼い。時臣たちと苦しみを分かち合うにもまだ子どもな自分たちに出来ることは、邸内の空気を暗くしないことだけだと悟っている。



 晩秋。
 とうとう、借金は家族を引き裂くほどに膨れ上がった。
 綺礼は己の無力さを悔やんだ。元・婚約者の指図だと疑い出してから確定するまで一ヶ月、誰の仕業であるかわかった所で遅い。
「凛と桜を遠坂から離す」
 苦渋の末、時臣はそう決定した。
「凛は母方の禅城に預かってもらうことになった。従姉の葵が付いてくれるだろう――桜は、知己の間桐に。ここの雁夜は桜を本当の妹みたいに思ってくれるはずだ」
 時臣が一番、守りたかったはずの妹二人も、もう側に居てやれないのだと。
 涙を零すこともなく淡々と続ける彼女の双眸は、泣いてもどうにもならない絶望を宿していた。

 そして、忘れられない日が訪れる。
「今週の末、彼が来るそうだ。話し合いの名目だが、こちらの立場は弱い。その日に妹たちを禅城と間桐に行かせようと思う」
 あの子たちには聞かせたくないと、手のひらで顔を覆う。
 綺礼は囁いた。彼女の指にそっと触れながら。
「――わかりました。凛と桜は昼までに送り届けます。それからは、同席しても?」
「また、君に迷惑を掛けてしまうことになるね」
 自嘲する時臣に、迷惑なんかじゃない、と否定しても信じてもらえないだろう、それほど追い詰められているように見えた。
(貴女は何も悪くない)
 子どもじみた腹いせに、元婚約者は遠坂をどこまでも叩き落としたいのだ。
「氏を激昂させたのは、元はといえば私が出しゃばったからです。時臣師のせいではない」
 完全に逆恨みとはいえ、この苦境を招いた原因は綺礼にもあるのだ。時臣ひとりを窮地に立たせてなるものか。
「待っていてください」

 卑劣な男だとは承知している。
 凛と桜がいなくなった邸内で、時臣相手に狼藉に及ぼうとしたら、どれだけ罵倒されようとねじ伏せてやる――

 綺礼の決意は正しかった。
 けれど、間に合わなかった。




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