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つむぎとうか

   
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行方も知らぬ
パラレル・時臣さん先天性女体化注意
凛ちゃんは時臣さんの妹
言時←ギル

 遠坂時臣と共に姿をくらましていた、言峰綺礼からの伝言を受け取ったのは凛だ。
 昨晩より不穏な空気が漂う屋敷内で、幼いながらも気丈にふるまい両親を励まし続けた少女である。藁にもすがる思いで見張っていた電話のベルが高らかに鳴ったのは、眠りの誘惑に抗い難くなってきた夜半のことだった。

「はい、遠坂です」
 ――……凛か、
「綺礼っ、あんたどこにいるのっ!? お姉さまを返しなさいよ!!」
 ――時臣師にはまだ代われない。近くにご両親はおられるか?
「二人とも疲れてお休みになったところよっ」
 憎らしいほど冷静な調子でそうか、と頷いて、では、と要求された相手は、呼ぶまでもなく来て受話器をひったくった。
「よくも逃亡中の家に連絡が入れられたものだな?」
 怒りに染まったギルガメッシュは普段よりも声が低い。静かに紡がれる言葉のひとつひとつが、傍で聞いているだけの凛も震えてしまうほど恐ろしく響いた。
 ――彼女には止められた。先ほどようやく寝たんだ。
「はっ、間男がぬけぬけと」
 送られた視線が、口出しするな、と語っていたけれど、凛は怯まなかった。自分が生まれた時から遠坂家の為に在ったような敬愛する姉、時臣が自らの意思で逃避行など思い立つだろうか。きっと綺礼に唆されたに違いない。
 だが、気高き姉は意に添わぬことを強要されたとしてもきっぱり撥ねつけるはずだ。高校で姉の後輩だったという綺礼はどこか得体の知れないところはあったけれど、凛の記憶では常に姉に従順だった。
 つまり、この事態は時臣も望んでのことであるのだ。
 凜は認めたくない。誇らしく美しい姉が、十年来の婚約を反故にして、身ひとつで逃げたなどと。
 そう、こんなの現実だとは思えない。ならば凛は眼を開き、きちんと見届けなければいけないのだ。この悪夢の結末を。
「いいや、君もそろそろ寝た方がいい」
 薄れゆく意識のなか、凛はふわりと抱き上げられるのを感じた。そのまま自室に運ばれ、ベッドに横たえられる。
(私は、お姉さまの無事を確かめなくちゃ……)
 けれど限界だった。瞼が鉛のように重くて閉じてしまう。

+++++

 凜がすうすうと寝息を立てるのを確認して、雁夜は再び電話するギルガメッシュの背中を眺めた。
 広大な遠坂邸は、夜には水を打ったかのような沈黙が支配する。
 静寂のなか、綺礼とのやり取りは耳をそばだてずともよく聞こえた。

 ――お前さえ受け容れてくれたなら、私たちはすぐにでも帰ろう。叶わないなら遠坂時臣は二度と戻らない。ギルガメッシュ、政略結婚など冗談ではないと抜かしていただろうが。
「呆れたことだな、綺礼。それで神職志望だと? 誰ひとり救われぬわ」
 綺礼とギルガメッシュは、もともとは馬が合う友人同士だった。出会いも時臣は関係ない場所でだったはずだ。
 それが、こうまで拗れるとは。
 ――五月蠅い。お前の所為であの人がどれだけ苦しんだか知っているか? 無理やり許嫁にしたくせに、自分は遊び歩いて……挙句、泣かせて放置した奴にこれ以上任せておけるか。
 ――彼女は私を選んだ。
「ふざける、な」
 感情を抑えた綺礼の声が、ギルガメッシュを責める。
 もはや隠そうともしない激情で、ギルガメッシュは綺礼を詰る。
 収拾がつかなくなる前にと、雁夜が受話器を引き受けた。
「言峰、俺は時臣の安否だけわかれば追及はしない。凛ちゃんもご両親も衰弱しかけだ、せめて声だけでも確かめさせたい」
 ――残念だが、ぐっすり眠ってるのを起こすのもしのびない。また昼間に出直そう。
「ああ、忘れるなよ」
 まったく、手のかかる腐れ縁と後輩だ。ギルガメッシュも雁夜もそれぞれ勝手に押し掛けたのだが、この我様男は正直邪魔なだけだった。
 雁夜は凛を宥め、捜索に必死な両親と交代要員として休んでもらい、なおかつこの男の面倒まで見た。冗談ではない。
 通話を切って、雁夜は未だ殺人的な眼光を放ってくるギルガメッシュに向き直った。



 遡れば単純な話だ。
 雁夜の古い友人である遠坂時臣は、跡取り娘で、資産家の息子であるギルガメッシュを婿にと約束していた。
 当人たちは十にも満たぬ頃に親の取り決めたことで、成長と共にいずれ解消されるべきものだった。
 が、異国の地の許婚に会うためギルガメッシュは来日した。留学するまで娘を想ってくれていたのか、と感動した遠坂家当主は、時臣の大学卒業後に式を挙げることを大々的に公表した。
 肝心の娘の気持ちを知らぬままに。

 ギルガメッシュは間違っても誠実な男などではない。日本に来たのは時臣のためなどではなく、雁夜も派手に遊ぶ彼の姿を幾度となく目撃している。居合わせた彼女はただ耐えて唇を噛んでいた。
『私は、つまらない女だと――面と向かって言われたよ。ねえ雁夜、だからといってどう振る舞えば彼は満足するんだろう? 常に余裕を持って優雅たれ、を実践してきただけなのにね……』
 傲慢な男だった。彼女にどんな言葉をぶつけても、やがて所有物となることを欠片も疑わず。
 いっそ、ギルガメッシュが時臣を嫌っていたなら早々に破談となったろう。
 けれども彼は気まぐれに時臣を惹きつける。デートを二度まですっぽかすくせ、三度目には時間通りに現れて全て帳消しにするような優しさを降らせてゆく。
 いつもは苦手にしている彼女がそうした愚痴を零す度、雁夜は慰めることにしていた。何だかんだで結婚したらうまくいくんじゃないか、と、それは本心から出た言葉だったのだ。

 結婚すれば落ち着くのでは、と踏んでいたけれど。
 彼女のことを異性として見ない雁夜すら心配させられたくらいだ。同じように相談されていた綺礼はどう思っていたのか。
 時臣は綺礼を信頼していた。受験勉強を教えたこともあり、父親たちも親交が深い、何でも打ち明けられる後輩として。
 雁夜にはそうは映らなかった。綺礼が時臣に向ける表情で容易に察せたし、熱を孕む視線に警戒もした。本気で惚れているなら傷つくことになる、と。
 報われる可能性などないはずだった。ギルガメッシュとの婚姻は遠坂のために最善と、曇りなく笑っていた時臣がまさか応えるとは。
 綺礼に告白された、と彼女が打ち明けたのが一週間前。
 雁夜は迷ったが、相も変わらずあちこちふらふらしているギルガメッシュよりは腐れ縁と後輩の方を優先することに決めた。
 決断したのは時臣と綺礼だが、逃げるよう提案したのは雁夜である。
『お前の親父さんもお袋さんも、好きな相手がいるならたぶんわかってくれるって。時臣は遠坂のためにギルガメッシュの勝手にも文句を言わなかったんだろう? 俺は、お前らに幸せになって欲しい』

 これまで後継ぎとして模範的だった長女の、恋愛くらい大目に見てもらおう。
 最悪、勘当されたとしても凛がいる。綺礼も時臣もこれまでの蓄えですぐに飢える状況にも陥らないだろう。
 何も知らない凛と接しているとさすがに胸が痛んだが、雁夜は影ながら二人の出奔に手を貸した。

 予想外だったのはギルガメッシュの反応だった。
 友人と婚約者が手を取り合って逃げた、と聞いた時、この男は案外面白がるだろうと考えていた。雁夜は自分の軽率さを悔やんだ。
 告げた直後の、呆然とした態度。しばらくして猛然と捜索の手配を始めた怒りの形相を見て、ギルガメッシュが本気で時臣を娶るつもりだったのだと悟った。
 それでも、望むことは変わらない。



 雁夜はせいぜい不敵に笑ってみせた。
「言峰と時臣の行く先、教えるつもりはないよ」
(だって、お前より言峰の方がまだ有望だしな。俺だって時臣を不幸にしたいわけじゃないし)
 調子に乗るな雑種、と睨まれたがきっぱり無視した。

+++++

 ――私と逃げてくれるかい、綺礼。
 不安そうに見上げてくる眼差しを和らげて欲しくて、握りしめた指にそっと力をこめた。

 狭い宿の一室。
 電源を切った携帯電話をしまい、綺礼は眠る恋人の名を呼んだ。
「時臣師」
 腫れた目の下、流れ落ちた涙の痕をなぞる。
 やっと好きな人と両想いになったというのに、綺礼は彼女を泣かせてばかりだ。それでも彼のように不誠実な真似だけはしないでおこうと誓う。
 やがて彼女を手に入れるくせして、時臣を大事にしないギルガメッシュに腹が立って仕方がなかった。
 焦がれて歯止めが利かなくて、諦めきれずに手を伸ばした。
「……すまない……綺礼、」
 夢の世界でさえも彼女は罪の意識に苛まれているのか。
 時臣は数えきれないほどの謝罪を口にした。ギルガメッシュを裏切ったこと、協力者の雁夜に手間を掛けさせたこと、このままいけば優秀な聖職者になっていただろう綺礼を巻き込むこと、――それから、何だっただろうか。
 どんなことでも、時臣を得るためならば厭わないというのに。
「貴女に出会うまで、私は先の見えない勝負に出たことなどなかった」
 ギルガメッシュを敵に回して、明日どうなるかもわからない逃走劇に心が躍る。綺礼は初めて目も眩むほどの喜びに見舞われていた。
 返してなどやらない。不遜な、彼女の献身に胡坐を掻いた王様に。
(たとえ、これ以上貴女を悲しませることになったとしても)

 さあ、どこまで逃げようか。

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