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つむぎとうか

   
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恋ぞ積もりて
パラレル・時臣さん先天性女体化注意
凛ちゃんは時臣さんの妹
言時←ギル

 待つのには慣れている。
 遠坂の者として、また時臣の性格からしても、待ち合わせする際はどんなに遅くても5分前には到着するのが常だった。息を整えて相手を出迎える余裕を作っておく。相手が先に着いていても、遅刻じゃないからとペースを崩さずゆったりと姿を現す。
『人形のようだな、まるで』
 面白みがないと吐き捨てた、許婚の声が蘇る。
 歪んだ瞳は彼女を蔑んでいたが、そういうギルガメッシュは三回に二回は出向きもしない男だった。

 だから逆に、待たれていると思うと自然と駆け足になる。
 ざわつく駅の構内で、乗り換え電車を待つあいだ。温かい飲み物でも、と寄り道して遅くなってしまった。
「待たせたね、綺礼」
 切符を片手に佇んでいる男に呼びかければ、無表情なりに心配そうな視線を向けられる。
「いいえ、というか危なっかしいので走らないでください」
 また転んでしまいますよ? とからかわれたが、その時は転倒寸前に腕ごと抱き留めて助けてくれたので未遂である。綺礼と居るとつい油断してしまう。
 いけない、しっかりしなければと頭を振って、時臣は自動販売機で買ったコーヒーを綺礼にも渡した。行儀が悪いが立ったままで開ける。
「熱、っ!?」
「大丈夫ですか? 舌、火傷してませんか」
 彼女は自分が猫舌であることを忘れていた。缶入りの飲料は冷めるのも早い、と聞いていたので、そうなる前にと急いで流し込んだのが原因である。
 またしてもうっかり。優雅さはどこに行った。
「……子どもみたいだと呆れているんだろう」
 傍らで綺礼は噴くのを堪えている。わかりにくいけれども、仮面の下に沢山の感情を飼っているのだ。高校時代から彼に接している時臣にはその変化を読み取ることが出来た。
「まさか。可愛いなと思いまして」
 僅かに頬を緩めて、綺礼は適温になったブラックコーヒーを一気に煽った。彼女が飲み干すのを待って空き缶を受け取る。
「そろそろ、電車が来ます」
 導くようにホームへ降りて、二つの缶を素早く屑籠に放り投げる。そのまま、時臣の荷物でふさがっていない方の手を握る。
 宝物のように恭しく、それでいてはぐれないよう力をこめて。
 誰かと手をつなぐのは久しぶりだ。遠い昔には友人の雁夜、自分が成長してからは妹の凛、そして来日したばかりのギルガメッシュくらいだろうか。
 もっとも、ギルガメッシュの場合はいたわりなんて皆無だった。彼のペースについていけない時臣に苛立ちを覚えたのか、痛いくらいに掴まれた記憶しかない。
 綺礼と共に過ごすようになってから、彼女は数え足りないほどのぬくもりを分けてもらっていた。
(なのに、私がしたことといえば)
 彼の好意に付けこんで、何もかも捨てさせて。ギルガメッシュを怒らせた者には未来がないのに。
 時臣は己の狡猾さを認識している。
 ――それでも、綺礼の腕を必要としたのだ。

   +++++

『決めた。我が妻となれ、時臣』
 幼い頃に指切りして以来、ギルガメッシュの言葉を疑いはしなかった。
 両親は子ども同士の約束を微笑ましく応援していただけだったが、彼が来日したことで現実味を帯びた。留学先にわざわざ時臣の大学を選んで、それだけならば婚約者にべた惚れの男に見えるだろう。
 実態は違う。彼はただ、自国での遊びに飽きただけ。冬木の地はお気に召したようで、時臣には義務のようにたまに会うだけで無視を決め込んでいた。

 デートの名目で呼び出される度、愚かしい期待が消えなかった。
 今日こそは、退屈そうな舌打ちを聞かずに済むかもしれない。時臣はギルガメッシュと色々なものを共有したかった。他愛のない話もしたかったのだ。
 でも、うまくいかなかった。引き出せたのは溜め息か適当な相槌ばかりで、彼が待ち合わせ場所に現れないことも珍しくなく、携帯電話を持ち歩かない時臣はいつまでも待ちぼうけをくらった。
 何度もすっぽかされたらさすがに学習した。一時間経っても来なければ、その約束は反故にされたということ。諦めて帰路につく。
 待たされるのは構わないが、当てもないのに立ち続けるのは虚しい。道行く人たちの視線が刺さる。
 悔しくて、悲しくて、惨めな気分を味わう。常に優雅で在りたいのに。
 ギルガメッシュは彼女の望みに耳を傾けない。いつまでも互いをわかりあえない。
 


 例によってギルガメッシュの気まぐれな誘いに応じたある日。
 ベンチに座り腕時計と睨めっこしていたら、偶然通りかかった綺礼に事情を聞かれた。
「寒いでしょう、風邪をひいてしまう。貴女が意地っ張りなのは存じていますが、せめて近くの喫茶店なり移動してはどうですか」
「うん、でも指定された場所はここだから」
 心配してくれてありがとう、と強がってみせれば、彼は時臣の隣に腰を下ろした。
「……ならせめて、話し相手でもいた方が気が紛れるでしょう」
 寡黙な後輩が思いやりから提案してくれたことが嬉しくて、素直に甘えることにした。会話といっても、二言三言で終わる些細なものだったのだけれど。

 以来、綺礼は時臣の動向をさりげなく気にかけてくれるようになった。先輩であり、友人であるギルガメッシュの勝手に振り回される彼女を純粋に心配してくれての行動だ。
「綺礼は優しいね。教会も御父上も、将来有望な志願者を得られてさぞお喜びだろう」
「はあ、恐れ入ります」
 やり取りを見ていた雁夜が、時臣の額を軽く小突いた。痛いじゃないか、抗議すれば呆れたような言葉が返ってきた。
「鈍い奴だな、前々から思ってたけど。俺は言峰が気の毒になってきた」
「そうだね。職業柄とはいえ、親切過ぎるのも問題かもね」
 昔ながらの友人に駄目だこいつ、と肩を竦められ、時臣はむっとした。一体自分のどこが駄目だというのか。
「俺が教えても意味ないんだよ馬鹿」
 馬鹿とは失礼な。雁夜なんて試験前はいつも時臣のノートを当てにしているくせに。反論すれば、そういう問題ではないのだと溜め息を重ねられた。



 その日は酷い雨だった。
 朝からの曇天でも、時臣は浮かれていた。数日前にギルガメッシュがわざわざ訪ねてきたのである。
『確かに、誕生日は来週ですが』
『だから最初に言っただろう。祝ってやるから空けておけ、と』
 大学は休みなので、家族とゆっくり過ごすつもりだったが、珍しく優しい声に心音が撥ねた。一も二もなく頷く。
 彼は覚えているだろうか。初めて会ったのもこの季節で、当時もらったのは嫁にという約束だけでなく、おめでとうの言葉だった。――あの頃みたいに過ごせるなら。
『はい、ギル。じゃあ日曜日に』
 本当に楽しみにしていたのだ。

 言われた通りの場所に来て、座れそうにないので隅に立って、許婚を待つ。
 時間は刻々と進んでゆく。
 三十分、一時間が経過しても、ギルガメッシュは現れなかった。俯いて腕時計に視線を落とす。
 忘れたのか、すっぽかしか。いつもなら帰ることにしていたのに足が重い。動けなかった。
 きっと来ると信じたかったのだ。
 彼からしたら取るに足らないことなのだろう。つまらなくて足枷で――祝うにも値しない女。
 なら、どうして捨て置いてくれない。たまに与える優しさで、いつまでも時臣を縛るのか。
『お前は、やがて我の物となるのだから』
(いいえ、ギル。私は物でも、人形でもない)
 こころがあるのだ。
 冷たくされれば傷つく。想うほど増す苦しさを、彼は知らない。時臣を見ようとはしない。
 ぽたり、滴が零れた。
 それは雨ではなく、人前では終ぞ流したことがなかった涙だった。
 
   +++++

 嫌な予感がして、綺礼は遠坂邸に電話を入れた。
 機会全般が苦手な彼女が出ることはまずない。両親か凛に取り次いでもらおうとしたが、今朝は張り切って出掛けたのだという。杞憂であってくれれば良いのだが。
 詳しい場所まではわからなかったが、どの方面に向かったのかは教えてくれた。しらみつぶしに辺りをさがす。
 ……いた。項垂れて静かに頬を濡らす人。

「帰りましょう」
 綺礼の中で、時臣はいつでも真っ直ぐに前を見て歩く女性だった。たまにうっかりしているけれど、堂々とした姿は眩しいほどだった。
 憧れはいつしか恋に変わり、その恋も婚約者の存在を打ち明けられた時に破れたはずだったのに。
 無防備に泣く彼女を見て、自制心が砕けた。
「きれ、い……っ」
 しゃくりあげる背中をおそるおそる撫でる。折れそうな細さに恐怖した。
「時臣師、私は――私なら、あなたを泣かせたりはしない」
 無意識のうちに肩ごと引き寄せ、耳朶に囁きを落としていた。
 胸に収めた彼女が息を呑む。強張って逃れようと足掻く。
「はなして、綺礼。同情なんていいから」
「同情?」
 わかっていない。ギルガメッシュが時臣を顧みないように、時臣もまた綺礼の想いを知らなかったのだ。
 もう遠慮しなくていいだろうか。
「触れたいのも、抱きしめたいのもあなた一人です」
「……わたし、は、」
 告白に驚いたのか、彼女はしばらく息も継げないようだった。涙が止まったようなのは良かった。
(あの男のために流す涙なんて腹立たしいだけだ)
「この場で答えてくれなくていい。でも、選んでください」
 綺礼か、ギルガメッシュか。財力も家柄も持たない自分の手を取ってくれるなら、綺礼は何を引き換えにしてでも時臣を守り通そう。
 ずっと、彼女が欲しかったのだ。



 それから一週間。
 共通の知人である雁夜にも相談して、綺礼は時臣を攫うことに決めた。
 父や彼女の両親からの信頼を裏切ることになっても、ギルガメッシュの逆鱗に触れることになっても、不思議と後ろめたさはなかった。迷いの末に自分を選んでくれた時臣への愛おしさが勝った。
 願うことはただ一つ。

 ――ギルガメッシュ、今すぐ婚約を破棄しろ。彼女を解放してくれ。
 怒りに染まった男の返事は否、だった。

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