つむぎとうか
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手をつなぐ二人の話
年齢操作・捏造設定注意ラスト。
大型連休の初日、なぜか平日の朝と変わらない時刻に母と姉が起こしに来た。
どちらかというと休みは遅くまで寝ていたい桜だったが、何か理由がありそうだから仕方がない。というのは、葵も凜も明らかに普段着でない装いをしているので。
食事も着替えも済ませた二人は、桜も早く、と促した。
「私も行かなくちゃだめなの?」
「というか、桜がいなくちゃ話にならないでしょ。まさか、忘れてるの?」
凜は怪訝そうに眉を顰めた。――ゆうべ、食事の時にお父様が言ってらしたじゃない。
(そうだったかしら)
思い返せば、昨夜は特にぼーっとしていたような気がする。母には悪いが献立すら思い出せない、まして父の喋った内容までは。姉の父に対する敬愛っぷりは凄 まじく、細かいこともしっかり記憶しているのだろうが、桜はそこまでファザコンではなかった。世間一般並みか、それ以上に父のことは好きだが。
桜の不調の原因は単純だ。想い人に会えないせい。
ここしばらく、保健室を訪れても雁夜は席を外していることが多かった。三、四日も続けば、さすがに避けられているかも、という可能性に思い至り憂鬱になった。
今まで、逃げ腰ではあってもちゃんと応対はしてくれていたのに。
「覚えていないなら仕方がないわ、とにかく桜は支度しなくちゃ。ほら、時臣さんも。ネクタイが歪んでいるわ」
よく見れば父も余所行きの格好だった。四人揃って外出する機会など滅多にないのに。
葵から渡されたのはふわりとしたチェックのワンピースだ。まるでデートのために買ったような。むしろ、雁夜とデートするなら着て行きたい、とこっそり考えていたものとかなり似通っていた。
「髪は下ろした方が……ううん、せっかくだから巻いちゃおう。それだけで印象変わって新鮮だもんね」
なぜか凜は異様にはりきっている。こういう時、姉は大抵企みごとを抱えている。
手伝いだとか称して自室の鏡の前で二十分。反抗するのも面倒だから口を挟まないでおいた。
そういえば、つい最近も同様のことがなかったか。わけがわからないうちに葵に振袖を着せられカメラに収まったのだった。母も姉も、桜のことを着せ替え人形扱いして何なのだ。
「完成! 仕上げに、リボンでも飾る?」
意味ありげな微笑を浮かべ、凜は目線を引き出しに向ける。桜本人さえ滅多に開けない最上段を。
そこにしまわれているのは、子どもの頃にもらった数々の贈り物だ。当時は背伸びしたようなデザインだったが、高校生にもなればそろそろ幼稚、とされるものたちだろう。
雁夜がくれた、ブレスレットやヘアピンや――大切にしまいこんで、とうとう使わなかったアクセサリーたち。
せっかくだから、身に着けてみようか。
「すごく似合ってる。おじさん、十年先も考えて選んだなら大したものよね」
今日の服にも、現在の桜にも。誂えたようにぴったりな薄紅色のリボンを結びつけて、凜は楽しげに妹をからかった。
「やめてよ、見せるあてもないのに」
会えるのは学校の保健室でだけ。一人暮らししていることは知っているけれど、押し掛けたりなんてもちろんできない。片思いは色々と制限付きなのだ。
だから、雁夜と顔を合わせられないここ最近は地味に辛かった。桜は姉をそっけなくあしらった。
その人の名を告げられてもぴんとこなかった。
「改めまして、間桐慎二です。何年ぶりだっけ?」
苗字からして、一時期養子に行った関係での知り合いだろう。正直さっぱりわからないので、曖昧に笑って誤魔化した。
連れてこられたのは有名なホテルのレストランだった。
父が地元の名士であるため、縁がない場所ではない。だが、先方の同伴者も含め全員が退席し、桜はここにいなさい、と残された。
個室で二人きり、これではまるで。
「遠坂桜、です……あの、どういう状況ですか?」
姉と同い年と名乗った慎二の顔を見てみる。
血縁者だからか、雁夜の面影もないことはない、たぶん造作的には慎二の方が整っている。
在りし日の彼はこんな自信満々な態度じゃなかった。もっと頼りなくて優しかった。
「あれ、てっきり君も承知してるものだとばかり。少なくとも俺は、見合いのつもりでここにいるんだけど」
絶句した。向かい側の慎二にはわからないよう膝元で拳を握った。
(どういうことなの? お母さん。お姉ちゃん。――お父様)
桜の胸に、消し去ったはずの家族への不信感が蘇ってくる。遠い昔、絶望に染まった日々の。
自分は、再び間桐へやられるのだろうか。今度こそ、助けてくれる人もなく。
( 嫌、)
涙が淵に溜まって落ちかけた、そのときだった。
「それは許せないな」
困ったように、だがきっぱりと空気を震わせる言葉が降ってきた。
「桜ちゃん、泣いてるし。慎二君のせいだけじゃないけどね」
「雁夜、さん!?」
安堵のあまり涙をとめどなく流す桜の側に寄りながら、彼は告げる。あっけにとられた慎二に説明していく。
「何なんだよおじさん。どっかに行ったと思ったら甥の見合いに乱入とか」
「まあまあ。じじいはともかく、兄には後で謝るよ。多分」
邪魔しに現れたのが他人ではなく伯父であったことに、慎二は怒るというより呆れていた。彼の姿を認めた桜が瞬時に頬を染めたも癪だった。……こんなの、食い下がったら自分が道化師みたいではないか。
急に持ち掛けられた話ではあった。桜の写真を見せられ、悪くはないな、と応じてみたらこれだ。鶴野は抜けているので、遠坂家にまんまとしてやられた、ということだろう。
抜けているといえば、父の弟であるこの伯父もだ。
若さにそぐわぬ外見――間桐の宿命、とは承知していたが、慎二からしたら絶対こうはなりたくない見本である――なのに、桜に注ぐ眼差しはまるで少年で。きっと不器用なのだろうと思う。
「勘弁してくれ。せっかくの一時帰国に、こんな茶番に付き合わされるとかさ」
慎二は生憎、恋仲の二人を引き裂くほどの情熱は持ち合わせていない。父に後で文句を言うことを決め、さっさと退散した。
闖入者の雁夜はくたびれたスーツを纏っている。白衣以外の彼をはじめて見た。
桜はハンカチで濡れた顔を拭って、泣き声を鎮めた。
「かりや、さん」
「ん?」
「どうやってここを知ったんです、か」
「それは内緒。……桜ちゃん、怒ってない?」
「なにをっ」
「しばらく避けてたこと。なのにこんな所までのこのこ来て、見合い壊したこと。慎二君も将来性はあるからさ、」
「それ本気で言ってるんなら怒ります」
何日ぶりだろう、雁夜の前ではなるべく笑顔でいたかったのに。心を揺さぶられたらもう無理で、胸が熱くなって、悲しくもないのに涙が溢れっ放しだ。
けれど、子どもみたいなのは彼だって同じ。
「そのリボン、俺があげたやつだよね。似合ってる」
脈絡もなく指摘をして、照れくさそうに桜の頭を撫でるのだから。
これでは出逢った時の再現だ。凜が整えてくれた髪型がくしゃくしゃになってしまったのに、嬉しそうに頬を緩めるところまで。
――ずるい。
「お見合いなんてさっきまで知らなかったけど、雁夜さんはわかってたの? どうして、来たの?」
縋りついて背中を叩く。いっそ皺になってしまえ。
「私は、あなたが好き。ずっと逃げてるくせに無駄な期待させて、これ以上好きにさせないで……!」
中途半端な希望を与えられるのは苦しい。いっそ迷惑だと、きっぱり振られたなら諦めもつくだろう。
(答えてよ、ちゃんと)
返事の前に、彼の腕が桜の背にまわされた。
「俺は、君を護れなかった。
悲しくて、間桐に戻ってからもずっと悔やんでた。幸せになって欲しくて。
こんな俺じゃ駄目だ、お見合いなんて絶好のチャンスじゃないか、って、毎日言い聞かせたよ。
でも、渡したくなかった」
それがたとえ誰もが認める素晴らしい男であろうと、雁夜は反対する。桜の相手には相応しくない、と。
他でもない、彼自身がすっかり恋に落ちてしまっているのだから。
「俺を選んだら、きっと沢山後悔する」
「あなたの後悔でしょう。私は大丈夫」
「君は若いし、俺はおじさんだ」
「会った時は十代だったでしょ」
「……本当に、良いの?」
愚問だと笑い飛ばした。雁夜がヒーローなんかではないことを、桜は知っている。
臆病で後ろ向きな人だ。そんなの幼い頃からわかっていた。わかったうえで、惹かれた。
「雁夜さんが好き」
導かれるままに何度か、想いを口にして。あなたこそどうなんですかと見上げれば、もう視線は逸らされなかった。
「俺も、桜ちゃんが好きだ」
だからどうか、側に居て。
雁夜の闖入はもちろん時臣や葵の手引きだった。夫妻は面目を潰されたと怒り心頭の鶴野に謝り倒した。
桜が一瞬だけ家族に覚えた不信感は、心配顔で待機していた凜に力の限り抱きしめられたことで跡形もなくなった。それはもう潰されるかというほどの勢いだった。
囮にされた慎二はもっと怒っても良かったが、面倒だからと父親を宥めるのに協力してくれた。
連休が明けてから――
桜は以前ほど頻繁に保健室には行かなくなった。せいぜい週一くらいだ。代わりに張り切って生活能力の低い恋人の部屋に通う。恐ろしいことに家族公認である。
雁夜は毎回夕飯までに桜を帰すことにしている。それが合鍵を渡す条件だった。送って行った遠坂邸で、そのまま食事を馳走になることもしばしば。
晴れた休日にはデートを。どこで過ごそうと一緒にいられたら満足なのだが、あえて言うなら青空の下の散歩が好きだ。どこを目指すわけでもなく、ゆっくりと並んで歩く。
もちろん、手をつないで。
どちらかというと休みは遅くまで寝ていたい桜だったが、何か理由がありそうだから仕方がない。というのは、葵も凜も明らかに普段着でない装いをしているので。
食事も着替えも済ませた二人は、桜も早く、と促した。
「私も行かなくちゃだめなの?」
「というか、桜がいなくちゃ話にならないでしょ。まさか、忘れてるの?」
凜は怪訝そうに眉を顰めた。――ゆうべ、食事の時にお父様が言ってらしたじゃない。
(そうだったかしら)
思い返せば、昨夜は特にぼーっとしていたような気がする。母には悪いが献立すら思い出せない、まして父の喋った内容までは。姉の父に対する敬愛っぷりは凄 まじく、細かいこともしっかり記憶しているのだろうが、桜はそこまでファザコンではなかった。世間一般並みか、それ以上に父のことは好きだが。
桜の不調の原因は単純だ。想い人に会えないせい。
ここしばらく、保健室を訪れても雁夜は席を外していることが多かった。三、四日も続けば、さすがに避けられているかも、という可能性に思い至り憂鬱になった。
今まで、逃げ腰ではあってもちゃんと応対はしてくれていたのに。
「覚えていないなら仕方がないわ、とにかく桜は支度しなくちゃ。ほら、時臣さんも。ネクタイが歪んでいるわ」
よく見れば父も余所行きの格好だった。四人揃って外出する機会など滅多にないのに。
葵から渡されたのはふわりとしたチェックのワンピースだ。まるでデートのために買ったような。むしろ、雁夜とデートするなら着て行きたい、とこっそり考えていたものとかなり似通っていた。
「髪は下ろした方が……ううん、せっかくだから巻いちゃおう。それだけで印象変わって新鮮だもんね」
なぜか凜は異様にはりきっている。こういう時、姉は大抵企みごとを抱えている。
手伝いだとか称して自室の鏡の前で二十分。反抗するのも面倒だから口を挟まないでおいた。
そういえば、つい最近も同様のことがなかったか。わけがわからないうちに葵に振袖を着せられカメラに収まったのだった。母も姉も、桜のことを着せ替え人形扱いして何なのだ。
「完成! 仕上げに、リボンでも飾る?」
意味ありげな微笑を浮かべ、凜は目線を引き出しに向ける。桜本人さえ滅多に開けない最上段を。
そこにしまわれているのは、子どもの頃にもらった数々の贈り物だ。当時は背伸びしたようなデザインだったが、高校生にもなればそろそろ幼稚、とされるものたちだろう。
雁夜がくれた、ブレスレットやヘアピンや――大切にしまいこんで、とうとう使わなかったアクセサリーたち。
せっかくだから、身に着けてみようか。
「すごく似合ってる。おじさん、十年先も考えて選んだなら大したものよね」
今日の服にも、現在の桜にも。誂えたようにぴったりな薄紅色のリボンを結びつけて、凜は楽しげに妹をからかった。
「やめてよ、見せるあてもないのに」
会えるのは学校の保健室でだけ。一人暮らししていることは知っているけれど、押し掛けたりなんてもちろんできない。片思いは色々と制限付きなのだ。
だから、雁夜と顔を合わせられないここ最近は地味に辛かった。桜は姉をそっけなくあしらった。
その人の名を告げられてもぴんとこなかった。
「改めまして、間桐慎二です。何年ぶりだっけ?」
苗字からして、一時期養子に行った関係での知り合いだろう。正直さっぱりわからないので、曖昧に笑って誤魔化した。
連れてこられたのは有名なホテルのレストランだった。
父が地元の名士であるため、縁がない場所ではない。だが、先方の同伴者も含め全員が退席し、桜はここにいなさい、と残された。
個室で二人きり、これではまるで。
「遠坂桜、です……あの、どういう状況ですか?」
姉と同い年と名乗った慎二の顔を見てみる。
血縁者だからか、雁夜の面影もないことはない、たぶん造作的には慎二の方が整っている。
在りし日の彼はこんな自信満々な態度じゃなかった。もっと頼りなくて優しかった。
「あれ、てっきり君も承知してるものだとばかり。少なくとも俺は、見合いのつもりでここにいるんだけど」
絶句した。向かい側の慎二にはわからないよう膝元で拳を握った。
(どういうことなの? お母さん。お姉ちゃん。――お父様)
桜の胸に、消し去ったはずの家族への不信感が蘇ってくる。遠い昔、絶望に染まった日々の。
自分は、再び間桐へやられるのだろうか。今度こそ、助けてくれる人もなく。
( 嫌、)
涙が淵に溜まって落ちかけた、そのときだった。
「それは許せないな」
困ったように、だがきっぱりと空気を震わせる言葉が降ってきた。
「桜ちゃん、泣いてるし。慎二君のせいだけじゃないけどね」
「雁夜、さん!?」
安堵のあまり涙をとめどなく流す桜の側に寄りながら、彼は告げる。あっけにとられた慎二に説明していく。
「何なんだよおじさん。どっかに行ったと思ったら甥の見合いに乱入とか」
「まあまあ。じじいはともかく、兄には後で謝るよ。多分」
邪魔しに現れたのが他人ではなく伯父であったことに、慎二は怒るというより呆れていた。彼の姿を認めた桜が瞬時に頬を染めたも癪だった。……こんなの、食い下がったら自分が道化師みたいではないか。
急に持ち掛けられた話ではあった。桜の写真を見せられ、悪くはないな、と応じてみたらこれだ。鶴野は抜けているので、遠坂家にまんまとしてやられた、ということだろう。
抜けているといえば、父の弟であるこの伯父もだ。
若さにそぐわぬ外見――間桐の宿命、とは承知していたが、慎二からしたら絶対こうはなりたくない見本である――なのに、桜に注ぐ眼差しはまるで少年で。きっと不器用なのだろうと思う。
「勘弁してくれ。せっかくの一時帰国に、こんな茶番に付き合わされるとかさ」
慎二は生憎、恋仲の二人を引き裂くほどの情熱は持ち合わせていない。父に後で文句を言うことを決め、さっさと退散した。
闖入者の雁夜はくたびれたスーツを纏っている。白衣以外の彼をはじめて見た。
桜はハンカチで濡れた顔を拭って、泣き声を鎮めた。
「かりや、さん」
「ん?」
「どうやってここを知ったんです、か」
「それは内緒。……桜ちゃん、怒ってない?」
「なにをっ」
「しばらく避けてたこと。なのにこんな所までのこのこ来て、見合い壊したこと。慎二君も将来性はあるからさ、」
「それ本気で言ってるんなら怒ります」
何日ぶりだろう、雁夜の前ではなるべく笑顔でいたかったのに。心を揺さぶられたらもう無理で、胸が熱くなって、悲しくもないのに涙が溢れっ放しだ。
けれど、子どもみたいなのは彼だって同じ。
「そのリボン、俺があげたやつだよね。似合ってる」
脈絡もなく指摘をして、照れくさそうに桜の頭を撫でるのだから。
これでは出逢った時の再現だ。凜が整えてくれた髪型がくしゃくしゃになってしまったのに、嬉しそうに頬を緩めるところまで。
――ずるい。
「お見合いなんてさっきまで知らなかったけど、雁夜さんはわかってたの? どうして、来たの?」
縋りついて背中を叩く。いっそ皺になってしまえ。
「私は、あなたが好き。ずっと逃げてるくせに無駄な期待させて、これ以上好きにさせないで……!」
中途半端な希望を与えられるのは苦しい。いっそ迷惑だと、きっぱり振られたなら諦めもつくだろう。
(答えてよ、ちゃんと)
返事の前に、彼の腕が桜の背にまわされた。
「俺は、君を護れなかった。
悲しくて、間桐に戻ってからもずっと悔やんでた。幸せになって欲しくて。
こんな俺じゃ駄目だ、お見合いなんて絶好のチャンスじゃないか、って、毎日言い聞かせたよ。
でも、渡したくなかった」
それがたとえ誰もが認める素晴らしい男であろうと、雁夜は反対する。桜の相手には相応しくない、と。
他でもない、彼自身がすっかり恋に落ちてしまっているのだから。
「俺を選んだら、きっと沢山後悔する」
「あなたの後悔でしょう。私は大丈夫」
「君は若いし、俺はおじさんだ」
「会った時は十代だったでしょ」
「……本当に、良いの?」
愚問だと笑い飛ばした。雁夜がヒーローなんかではないことを、桜は知っている。
臆病で後ろ向きな人だ。そんなの幼い頃からわかっていた。わかったうえで、惹かれた。
「雁夜さんが好き」
導かれるままに何度か、想いを口にして。あなたこそどうなんですかと見上げれば、もう視線は逸らされなかった。
「俺も、桜ちゃんが好きだ」
だからどうか、側に居て。
雁夜の闖入はもちろん時臣や葵の手引きだった。夫妻は面目を潰されたと怒り心頭の鶴野に謝り倒した。
桜が一瞬だけ家族に覚えた不信感は、心配顔で待機していた凜に力の限り抱きしめられたことで跡形もなくなった。それはもう潰されるかというほどの勢いだった。
囮にされた慎二はもっと怒っても良かったが、面倒だからと父親を宥めるのに協力してくれた。
連休が明けてから――
桜は以前ほど頻繁に保健室には行かなくなった。せいぜい週一くらいだ。代わりに張り切って生活能力の低い恋人の部屋に通う。恐ろしいことに家族公認である。
雁夜は毎回夕飯までに桜を帰すことにしている。それが合鍵を渡す条件だった。送って行った遠坂邸で、そのまま食事を馳走になることもしばしば。
晴れた休日にはデートを。どこで過ごそうと一緒にいられたら満足なのだが、あえて言うなら青空の下の散歩が好きだ。どこを目指すわけでもなく、ゆっくりと並んで歩く。
もちろん、手をつないで。
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