つむぎとうか
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執着始点
ヤンデレ入りましたー
窓の外の夕陽は今にも沈みそうだった。屋敷を訪れた顔も知らない誰かから、やけに親しげに肩を叩かれた。
「時臣君は、間桐家の御子息と親しいのかい?」
長男である鶴野とは面識がないから、雁夜のことで間違いないだろう。ただ、その音にざらりとした響きが混じっており、少々どころではなく不快だった。時臣は相手にわからないくらい幽かに肩を竦ませた。
(雁夜が、どうかしたのか)
幼い日、こっそり忍び込んだ間桐の庭に佇んでいた年下の少年は、時臣の中で特別な位置を占めていた。いきなり現れた挙動不審な自分の手を引いてくれた男の子。帰った時臣は待ち構えていた父親にこってり怒られることとなったが、あの日出逢えたことに感謝している。
数年を経て再び会った、クラスメートである葵の幼馴染であるという、彼。嬉しい偶然が重なったものだ。
遠坂には聖杯を得るという悲願があり、間桐も似たようなものだろう。雁夜が嗣子であったら、争うのに躊躇するだろう程度には大切な存在と化していた。
「はい、友人としてたまに話したりする程度ですが」
身を構える。おそらく、何か嫌なことばを吹きこまれるのだろう。お節介な人間というのはどこにでもいるもので、名門・遠坂家に身を置いているとそういう輩が集まってくる。子どもと侮ってわざとらしい猫撫で声で取り入ろうとするのだ。
対象が時臣自身や父のことならばまだいい。適当にあしらう術もあるから。だが同じ御三家ではあっても無関係な、弟のように大切に思っている雁夜とのことに言及されるのは我慢ならない。
「なに、あの家の嗣子には魔術の素養が乏しいと聞き及んだものでね。次男が継承するかもしれないという噂だ。あまり仲良くしていると、後でつらくなるかもしれないよ?」
――まあ、君の敵にもならないだろうが。
下卑た笑いでしめくくり、名前さえ認識していなかった男は去り、心に一滴の染みを落として行った。
当時、時臣の年齢は十を数えたばかりだったが、このとき芽生えた葛藤はずっと消えることがなかった。
……戦いたくない。出来ることならば、彼とは穏やかに共に過ごしたい。それでも、いつか倒さなければならないのだとしたら。
(他の者には任せない。かならず、私の手で)
それが、遠坂時臣が間桐雁夜に対して抱いた最初の執着だった。
雁夜の出奔は争いたくないという時臣の意向とも一致する。希望が叶ったはずなのに、音信不通になるくらいなら無理にでも引き留めるべきだったと後悔した。会えないよりは敵対した方がましだ。
彼が葵に焦がれていることを知っていた。伴侶に選んだ理由はそれだけじゃないけれど、彼女の側に居れば雁夜が来てくれるかもしれないと淡い期待も抱いた。
醜く足掻くのは家訓に反する。“遠坂家当主”が、魔術を捨てた人間に会いたいだなんて言えやしない。出奔以降、時臣は雁夜の名は一切口にせず過ごしてきた。
屋敷で彼の背中を見つけた時は、都合の良い幻かと疑ったくらいだ。
……どんな雁夜でも構わないと気づいた途端、饗応の酒に睡眠薬を盛っていた。
夕餉の席で、妻と娘たちが楽しそうに話している。
どうやら、昼間雁夜に会った話をしているらしく、時臣は優雅に微笑んで相槌を打ってみせた。穏やかに振る舞いながら胸の内に浮かんだのは、また手紙を書かねばならない、ということ。
春の気配が濃くなってきた、今日が雁夜の誕生日だったらしい。何か贈ろうか、と考え、そんなのどかな関係は遠い昔に消滅してしまったことを思い出した。受け取ってくれるわけがない。
いっそ、絶望で黒く塗り潰してしまおうか?
自室に戻って、雁夜からの唯一の贈り物である腕時計を取り出した。
大切にしまいこんでいた品だ。結婚祝いで、正確には時臣のために購入したのではない。ちょうどそれまで使っていた腕時計を失くしたからと、葵に申告して譲り受けた。
無造作にケースから抜いて、文字盤を粉々に壊す。
砕いて、時が止められるとしたら、もっと早くこうしていた。幼いあの頃のまま寄り添って離れずにいたのに。
(どうしたら君はこちらを見てくれる?)
答えがわかった。向けられる感情は憎しみでいい。
彼の心を壊してしまおう。
「時臣君は、間桐家の御子息と親しいのかい?」
長男である鶴野とは面識がないから、雁夜のことで間違いないだろう。ただ、その音にざらりとした響きが混じっており、少々どころではなく不快だった。時臣は相手にわからないくらい幽かに肩を竦ませた。
(雁夜が、どうかしたのか)
幼い日、こっそり忍び込んだ間桐の庭に佇んでいた年下の少年は、時臣の中で特別な位置を占めていた。いきなり現れた挙動不審な自分の手を引いてくれた男の子。帰った時臣は待ち構えていた父親にこってり怒られることとなったが、あの日出逢えたことに感謝している。
数年を経て再び会った、クラスメートである葵の幼馴染であるという、彼。嬉しい偶然が重なったものだ。
遠坂には聖杯を得るという悲願があり、間桐も似たようなものだろう。雁夜が嗣子であったら、争うのに躊躇するだろう程度には大切な存在と化していた。
「はい、友人としてたまに話したりする程度ですが」
身を構える。おそらく、何か嫌なことばを吹きこまれるのだろう。お節介な人間というのはどこにでもいるもので、名門・遠坂家に身を置いているとそういう輩が集まってくる。子どもと侮ってわざとらしい猫撫で声で取り入ろうとするのだ。
対象が時臣自身や父のことならばまだいい。適当にあしらう術もあるから。だが同じ御三家ではあっても無関係な、弟のように大切に思っている雁夜とのことに言及されるのは我慢ならない。
「なに、あの家の嗣子には魔術の素養が乏しいと聞き及んだものでね。次男が継承するかもしれないという噂だ。あまり仲良くしていると、後でつらくなるかもしれないよ?」
――まあ、君の敵にもならないだろうが。
下卑た笑いでしめくくり、名前さえ認識していなかった男は去り、心に一滴の染みを落として行った。
当時、時臣の年齢は十を数えたばかりだったが、このとき芽生えた葛藤はずっと消えることがなかった。
……戦いたくない。出来ることならば、彼とは穏やかに共に過ごしたい。それでも、いつか倒さなければならないのだとしたら。
(他の者には任せない。かならず、私の手で)
それが、遠坂時臣が間桐雁夜に対して抱いた最初の執着だった。
雁夜の出奔は争いたくないという時臣の意向とも一致する。希望が叶ったはずなのに、音信不通になるくらいなら無理にでも引き留めるべきだったと後悔した。会えないよりは敵対した方がましだ。
彼が葵に焦がれていることを知っていた。伴侶に選んだ理由はそれだけじゃないけれど、彼女の側に居れば雁夜が来てくれるかもしれないと淡い期待も抱いた。
醜く足掻くのは家訓に反する。“遠坂家当主”が、魔術を捨てた人間に会いたいだなんて言えやしない。出奔以降、時臣は雁夜の名は一切口にせず過ごしてきた。
屋敷で彼の背中を見つけた時は、都合の良い幻かと疑ったくらいだ。
……どんな雁夜でも構わないと気づいた途端、饗応の酒に睡眠薬を盛っていた。
夕餉の席で、妻と娘たちが楽しそうに話している。
どうやら、昼間雁夜に会った話をしているらしく、時臣は優雅に微笑んで相槌を打ってみせた。穏やかに振る舞いながら胸の内に浮かんだのは、また手紙を書かねばならない、ということ。
春の気配が濃くなってきた、今日が雁夜の誕生日だったらしい。何か贈ろうか、と考え、そんなのどかな関係は遠い昔に消滅してしまったことを思い出した。受け取ってくれるわけがない。
いっそ、絶望で黒く塗り潰してしまおうか?
自室に戻って、雁夜からの唯一の贈り物である腕時計を取り出した。
大切にしまいこんでいた品だ。結婚祝いで、正確には時臣のために購入したのではない。ちょうどそれまで使っていた腕時計を失くしたからと、葵に申告して譲り受けた。
無造作にケースから抜いて、文字盤を粉々に壊す。
砕いて、時が止められるとしたら、もっと早くこうしていた。幼いあの頃のまま寄り添って離れずにいたのに。
(どうしたら君はこちらを見てくれる?)
答えがわかった。向けられる感情は憎しみでいい。
彼の心を壊してしまおう。
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