つむぎとうか
[PR]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
生徒会室の朝
学ヘタ設定
陽が昇って間もない時間帯。
立ちこめる靄のなか、金髪の青年が男子寮の門前に立ち尽くしていた。
「やばいな。合鍵は教室にしかない、か…」
一見すると門扉がかたく閉ざされているとはいえ、この学園に侵入する不届き者はそうそういないので、警備は緩く穴だらけ――生徒ならば誰でも知っている事実だ。
ゆえに、不真面目な生徒が寮を抜け出して夜遊びに繰り出すこととなる。巨大な学園にはじゅうぶんな遊侠設備さえも整っているのだが、与えられるものだけではつまらないと、羽目を外したがる一定数の層が存在した。
校則などあってないような環境のため、表だって注意できない町の人々は困っていた。自分たちと同じように生活して学校に通っているとはいえ、なにせ相手は国の化身。
鍵を失くして困り顔の髭面の青年も、コスプレで制服を纏った不審者ではない。
れっきとした国立世界W学園の“生徒”なのだった。
「何を往生しているんだ、フランスさん?」
訝しげな声に俯いていた顎をあげると、また朝帰りか、とでも言いたげに眼鏡の奥からジト目を覗かせた少女が視界に映った。
男子寮は女子寮と学園の中間にあるので、目に留めざるを得なかったのだろう。知人以上の間柄なのだから尚更。
救世主に遭遇したフランスは顔を輝かせた。
「モナコー、お兄さん部屋に入れないんだ」
「どうせ飯や支度は出先で済ませてきたのだろう。始業まで教室で過ごせばいいではないか」
ロッカーの奥に合鍵をストックしてあることは彼女にも知らせてあった。
「今行っても、時間厳守のドイツだってまだ来てないってば。…はっ待てよ、ってことは誰か登校してくるまでモナコと二人っきり」
最後まで言わせる必要もなさそうだと判断した少女が遮った。
「生憎だが、私は生徒会室に寄ってやることがある。そのためにこの時間に出たのだから」
三つ編みがいかにもきっちりした印象を与える彼女は生徒会会計係で、ついでにいえばフランスは副会長だった。遊び呆けているものの。
えーヤダ寂しい、などといい年こいて駄々をこねている男に、モナコは仕方なしに手を差しのべた。
「ならば、フランスさんも一緒に行こう。溜まっている副会長の仕事でも片付けてはどうだ?」
国として生まれたら必ず一度は登校しなければいけない国立世界W学園。校則はないも同然、しかし守るべき掟は存在する。
そのひとつで、最も重きを置かれているのが“弱肉強食”であった。
同じヨーロッパクラスの制服を着用し、ついでに髪も瞳もお揃いの青年と少女だが、国の規模は桁ちがいだ。モナコは世界で二番目の小国である。
だがそれはあくまで面積だけを見た話。
「もうじきバレエ部の発表会だ。数少ない新入部員獲得のチャンスだからな、放課後の練習が忙しい。生徒会の仕事は朝のうちに済ませておきたいんだ」
机の上にファイルを広げ、モナコはてきぱき書類を捌いていった。
カジノが有名で舞踏にも長けた、裕福なリゾート地。恵まれた待遇を受けている優等生の彼女だが、その地位に驕ることなく、部活動にも生徒会活動にも熱心だ。
サボり常連の副会長はぽりぽり頭を掻いた。
「なあモナコ、少し手伝おうか?」
「本来の仕事で手一杯だろう。私のことは気にしなくても」
「いや、バレエの方。王子役が助っ人しかいなくて、練習不足とか愚痴ってなかったっけ」
「…よく憶えているな」
モナコは人に甘えるのが得意ではない。根は楽天家だが悩みが尽きず、フランスは彼女が根を詰め過ぎないよう息抜きさせる術に長けていた。
「俺、モナコのことなら何でもわかるもん」
曇りのない眼差しで笑う男を残し、モナコは隣室で練習着に着替えた。
「じゃあ、まずは私が王子の役で踊るから」
生徒会室はかなり面積が広い。机を壁に寄せれば、二人で踊る空間くらい楽に創りだすことが出来る。
主に古典的名作の上演を活動内容としているバレエ部は、奇抜な振り付けをしない。
基本の型をほぼマスターしているフランスなら、一、二度観ただけで練習に付き合える筈だった。
予想に違わず、彼らの呼吸はぴたりと合った。
「これだけ上手なのに、本番は引き受けてくれないんだな」
心地よい汗を拭きながら、モナコは残念そうに言った。入部までは望まないが、今回の助っ人だって真っ先に頼んだのに、彼は首を横に振るばかり。
「だって髭とか剃れって追いかけまわすだろ?」
「舞台に立つのだから当たり前だろう!」
手入れをすれば相当印象が変わるのに、フランスはなぜか身だしなみを整えたがらない。学園生活はゆるくやっていきたい、のだそうだ。
「きちんと衣装を着て、完璧な王子様役。ファンも増えちゃうと思わない?それなら普段どおり変態のままで、こうしてモナコだけの王子様でいられたらいいよ、俺は」
ばっちりウインクを決められては言い返せない。
(やっぱり、このひとはずるいな)
くしゃくしゃと頭を撫で、素早く櫛を当てて。男は少女の乱れた髪を結び直す。優しい手つきで触れるから、大切にされているのを実感する。独占したいと願ってしまう。
「そろそろ始業時刻だ。教室へ向かおう」
胸の内の動揺をきれいに押し隠して。
フランスの腕を引き、モナコは歩く。
立ちこめる靄のなか、金髪の青年が男子寮の門前に立ち尽くしていた。
「やばいな。合鍵は教室にしかない、か…」
一見すると門扉がかたく閉ざされているとはいえ、この学園に侵入する不届き者はそうそういないので、警備は緩く穴だらけ――生徒ならば誰でも知っている事実だ。
ゆえに、不真面目な生徒が寮を抜け出して夜遊びに繰り出すこととなる。巨大な学園にはじゅうぶんな遊侠設備さえも整っているのだが、与えられるものだけではつまらないと、羽目を外したがる一定数の層が存在した。
校則などあってないような環境のため、表だって注意できない町の人々は困っていた。自分たちと同じように生活して学校に通っているとはいえ、なにせ相手は国の化身。
鍵を失くして困り顔の髭面の青年も、コスプレで制服を纏った不審者ではない。
れっきとした国立世界W学園の“生徒”なのだった。
「何を往生しているんだ、フランスさん?」
訝しげな声に俯いていた顎をあげると、また朝帰りか、とでも言いたげに眼鏡の奥からジト目を覗かせた少女が視界に映った。
男子寮は女子寮と学園の中間にあるので、目に留めざるを得なかったのだろう。知人以上の間柄なのだから尚更。
救世主に遭遇したフランスは顔を輝かせた。
「モナコー、お兄さん部屋に入れないんだ」
「どうせ飯や支度は出先で済ませてきたのだろう。始業まで教室で過ごせばいいではないか」
ロッカーの奥に合鍵をストックしてあることは彼女にも知らせてあった。
「今行っても、時間厳守のドイツだってまだ来てないってば。…はっ待てよ、ってことは誰か登校してくるまでモナコと二人っきり」
最後まで言わせる必要もなさそうだと判断した少女が遮った。
「生憎だが、私は生徒会室に寄ってやることがある。そのためにこの時間に出たのだから」
三つ編みがいかにもきっちりした印象を与える彼女は生徒会会計係で、ついでにいえばフランスは副会長だった。遊び呆けているものの。
えーヤダ寂しい、などといい年こいて駄々をこねている男に、モナコは仕方なしに手を差しのべた。
「ならば、フランスさんも一緒に行こう。溜まっている副会長の仕事でも片付けてはどうだ?」
国として生まれたら必ず一度は登校しなければいけない国立世界W学園。校則はないも同然、しかし守るべき掟は存在する。
そのひとつで、最も重きを置かれているのが“弱肉強食”であった。
同じヨーロッパクラスの制服を着用し、ついでに髪も瞳もお揃いの青年と少女だが、国の規模は桁ちがいだ。モナコは世界で二番目の小国である。
だがそれはあくまで面積だけを見た話。
「もうじきバレエ部の発表会だ。数少ない新入部員獲得のチャンスだからな、放課後の練習が忙しい。生徒会の仕事は朝のうちに済ませておきたいんだ」
机の上にファイルを広げ、モナコはてきぱき書類を捌いていった。
カジノが有名で舞踏にも長けた、裕福なリゾート地。恵まれた待遇を受けている優等生の彼女だが、その地位に驕ることなく、部活動にも生徒会活動にも熱心だ。
サボり常連の副会長はぽりぽり頭を掻いた。
「なあモナコ、少し手伝おうか?」
「本来の仕事で手一杯だろう。私のことは気にしなくても」
「いや、バレエの方。王子役が助っ人しかいなくて、練習不足とか愚痴ってなかったっけ」
「…よく憶えているな」
モナコは人に甘えるのが得意ではない。根は楽天家だが悩みが尽きず、フランスは彼女が根を詰め過ぎないよう息抜きさせる術に長けていた。
「俺、モナコのことなら何でもわかるもん」
曇りのない眼差しで笑う男を残し、モナコは隣室で練習着に着替えた。
「じゃあ、まずは私が王子の役で踊るから」
生徒会室はかなり面積が広い。机を壁に寄せれば、二人で踊る空間くらい楽に創りだすことが出来る。
主に古典的名作の上演を活動内容としているバレエ部は、奇抜な振り付けをしない。
基本の型をほぼマスターしているフランスなら、一、二度観ただけで練習に付き合える筈だった。
予想に違わず、彼らの呼吸はぴたりと合った。
「これだけ上手なのに、本番は引き受けてくれないんだな」
心地よい汗を拭きながら、モナコは残念そうに言った。入部までは望まないが、今回の助っ人だって真っ先に頼んだのに、彼は首を横に振るばかり。
「だって髭とか剃れって追いかけまわすだろ?」
「舞台に立つのだから当たり前だろう!」
手入れをすれば相当印象が変わるのに、フランスはなぜか身だしなみを整えたがらない。学園生活はゆるくやっていきたい、のだそうだ。
「きちんと衣装を着て、完璧な王子様役。ファンも増えちゃうと思わない?それなら普段どおり変態のままで、こうしてモナコだけの王子様でいられたらいいよ、俺は」
ばっちりウインクを決められては言い返せない。
(やっぱり、このひとはずるいな)
くしゃくしゃと頭を撫で、素早く櫛を当てて。男は少女の乱れた髪を結び直す。優しい手つきで触れるから、大切にされているのを実感する。独占したいと願ってしまう。
「そろそろ始業時刻だ。教室へ向かおう」
胸の内の動揺をきれいに押し隠して。
フランスの腕を引き、モナコは歩く。
PR
COMMENT