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つむぎとうか

   
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四月
蛇足開始。

 触れるだけのキスなら、もはや習慣と化すまでに交わした。
 最初は緊張で抱き寄せる度ぎくりと硬直していた雪男が、次第に安心して瞳を閉じるよ うになり、たまに真っ赤になりながら腕を掴んできたりもして。街中では手を繋ぐだけでもきつく睨んで止めさせられる代わりに、医大からほど近いアパートの 一室ではいくら触れても怒られなかった。
 医工騎士の資格に免じて、大学では基礎課程を免除された雪男ではあったが、特例で組まれた実習に休業中 でも構わず持ち込まれる祓魔案件、またそれを断ることなく引き受けてばかりいるものだから、高校時代と大して変わらないような多忙な日々が続いていたが、 少なくとも彼の帰る場所は築10年の広くもないアパートだった。
 肌身離さず持ち歩く鍵の価値がわかろうというものである。

 志摩だって暇な身分ではない。不浄王の一件後、体制の建て直しに奔走中の京都出張所に就職したのである。
次代座主の勝呂や三輪家当主の子猫丸も経験の浅いうちはひよっこだとばかりに、上司にこき使われる日々が続いている。
 目の回りそうな勤務状況の内実は、疲れた身体でも二日とあけず電車に揺られて通って来る志摩から愚痴られていた。
「また休日潰れてしもた! 柔兄も「勉強のうちや、きばりや」ってニコニコしとるし、金兄には「お前新米のうちからんなヘロヘロんなって使い物になるんかぁー?」って馬鹿にされるし……ううっ、デートの約束またにしてください……」
「良いよ別に、ちょうど僕も本部に呼ばれたし」
 一日ぱぁーっと遊びましょ!と目を輝かせる恋人に、どうやって断ろうか迷っていたところだ。志摩は雪男がきちんと休養をとらないことには異様に沸点が低くなるので、おそるおそる告げてみる。
「先生の阿呆、仕事中毒!俺が休日出勤の間に、ここぞとばっかりに働くつもりやろぉ!?」
 ほら、やっぱり怒った。

 泣き言を遠慮なく零すかわりに、その日あった楽しいことも全て共有したいとばかりに話しかけて、聞き役にもまわる。春先から随分と口数が増えたという自覚はある。燐と同室だった時は、肉親だから言葉にせずとも伝わったという事情もあるが。
 志摩は家族ではない。理解したいけれど、絶対に不可侵な領域というものはある。いつ離れることになっても傷つけないように。
 並んで歩くことがすっかり日常になった今では、その覚悟も怪しいものではあるが。

「間違えんといてな、中止やのうて延期やから!」
 ――有給もぎ取ったらずーっと側に居て監視しますさかい、待っててや?
 勝ち誇るように宣言する彼に、真面目にやれ、と唇を尖らせるが、頬が緩んでいては説得力がないだろう。
 ……予定を埋めるのは好きだが、確実でない約束を交わすのは恐い。
 そうした雪男の心境を知ってか知らずか、志摩は簡単に“いつか”を口にするから。

 全ての約束を守るためには、どれだけ過ごせば足りるのか見当もつかず、ただ傍らの温もりを愛おしいと思い。
「はいはい、楽しみにしてるよ」
 志摩の額に掠めるだけのキスを降らせた。
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