つむぎとうか
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Desire
アニメ16話ネタバレ
――え?
どんな夢を見たか、ですか。相変わらず君は面白くもないことを知りたがる。
眠りが浅い者ほど鮮明に覚えているという。そして僕は当然はっきり刻んでるわけです。悩みが尽きないのでね。
悪夢にうなされて体調にも影響するんだったらあんまりですが――昨夜はそう、有り得ないくらい幸せな夢を見た。
堰を切ったみたいに喋り出した雪男は、仕向けた志摩も面食らうくらい途切れなく言葉を紡いだ。用意された台詞をなぞるかのように、淡々と。無機質な“幸せ”の響き、眼鏡の奥の瞳はどんな光を湛えているのだろう。
授業も引けた祓魔塾の教室、二人しかいないのはほんの数分前まで志摩が補習を受けていたからである。理解度では燐もどっこいどっこいで居残り組に指名されかけたのだが、スーパーのタイムセールを理由に後日に延期してもらっていた(彼ら兄弟の食糧事情を考えれば譲歩せざるを得なかったのだろう)。
解説を受けての小テストで、及第点を貰えホッとした志摩は、寮の夕食にありつくまでの隙間時間を部屋には戻らず、目の前の担当講師との親睦を深めようと気まぐれに提案したのだった。立場は異なれど同い年、もしかしたら話が弾む可能性だってあるのではないか。
が、振った話題が「きのうどんな夢見ましたか?」では、どんな広がりようがあるというのだ。一対一で接するのに志摩は無意識に緊張していたのかもしれない。
最年少資格保持者で、新入生総代。対・悪魔薬学の天才。凄い同世代がいるのだとは明陀のために騎士団に属する兄たちから聞いていたけれど、直接教わること になるとは思わなかった。雪男は見た目も中身も少年らしさはあまり残しておらず(双子の兄とは随分ちがうことだ)、コートの下に高等部の制服を纏っている イメージさえ浮かばなかった。
夢という単語を持ち出したのは、志摩の希望する進路――つまりは“将来の夢”――がどうにも僧正家らしい詠唱騎士 でなく騎士に適正があるのでは、と徒然に自己問答していたからである。勝呂や子猫丸のようにすらすらと詠唱できるわけではない、ならば得意を極めた方が有 益ではないのか。
それなりに悩んではいるが、動機が「苦手なものにはさっさと見切りをつけて楽がしたい」だからそのまま雪男に相談するのは憚られた。どこまでも定めた目標に邁進していそうな彼には言いづらい。
「幸せな夢って、どんなです?」
乗ってくれたことに感謝しつつ、続きを促す。授業でないなら、雪男の低い声は途端に志摩の耳に心地よく届くものとなった。
――兄と僕は、孤児なんですよ。修道院の養父に預けられたことで、幼い頃はしっかり、肉親も敵わないような情を注いで育てられました。その当時を夢に見たんです。
といっても、実際とは多少違う点もありまして。養父が実の父だった、ということです。浅ましいですが、血のつながりを欲したくなるほどに慕っていたんですよ。兄も口にはしなくても何処かで思ってたはずです。
養父は、教会で働いていましたが悪魔祓いでなくちょっと乱暴なただの神父だった。虚無界すらも存在しない……そんな日々を送っていたんです。
「そりゃ、ええですね。そんな世界やったら青い夜かて起こらへんのやねぇ、サタンが来いひんのやったら」
志摩も思わずうっとり想像した、目に見えないものなどいない世界。恐らく明陀宗はあり、座主血統だの本尊だのは護られているのだろうが、一介の僧侶として、この学園自体が必要とされない生活。そこでなら志摩はずうっと京都で過ごしていた筈だ。
――臆病者の見る夢、ですね。
「そんなわけあれへん。先生は早いうちから訓練をはじめて、人一倍怖い思いもしてきはったんやろ?優しい夢くらい見とうもなるわ。俺かて憧れるし。ま、そうなったらここでせっせと補習受けることもなかったんですけど」
――そうですね、悪魔のいない世界では。兄と養父はいてくれるかもしれないけれど、塾の皆さんや……志摩君には会えない。それはそれで、寂しいかも。
「先生、すごい殺し文句ですよ、それ。こら女子が放っとかへんのも納得やわ」
――何か、妙なことでも言いましたか?
「いや、自覚ないんならそのままでおってください」
君に会えない世界は寂しい。ふっと唇の端を上げて、意訳でもそう告げられたら。
不思議そうに問う雪男をはぐらかしつつ、志摩は夕陽でかろうじて誤魔化せる程度には赤面した。
(俺のことなんてどうも思うてはらへんやろうに)
つまりはそれが、惹かれたきっかけだった。
雪男の仮定が、もっともっと重い意味を持っていたと知るのはそれから数ヶ月後だ。
(悪魔のおらへん世界。それはつまり、奥村君がふつうの人間やったら、ゆうこと?)
どこにでもいるような、当たり前の、兄と弟。
兄を守りたいと、叫んだ彼。
「……阿呆やなぁ。そんなん夢見てええに決まっとるやん。俺らの存在なんて霞んでしまうほどの幸福やろ」
願いは叶わない。燐はその血ゆえに連行されてしまい、志摩たちに出来ることなど僅かで。
意志を奪われた燐の苦痛や、雪男の孤独な背中がフラッシュバックする。
それなら、出逢って良かったという結論に導くまでだ。
(戦闘力なら先生には遠く及ばへん。足手まといやのうて、あの人が寄り掛かれるように)
強くて脆い、あのひとの支えになりに行こう。
志摩は錫杖を構えた。
どんな夢を見たか、ですか。相変わらず君は面白くもないことを知りたがる。
眠りが浅い者ほど鮮明に覚えているという。そして僕は当然はっきり刻んでるわけです。悩みが尽きないのでね。
悪夢にうなされて体調にも影響するんだったらあんまりですが――昨夜はそう、有り得ないくらい幸せな夢を見た。
堰を切ったみたいに喋り出した雪男は、仕向けた志摩も面食らうくらい途切れなく言葉を紡いだ。用意された台詞をなぞるかのように、淡々と。無機質な“幸せ”の響き、眼鏡の奥の瞳はどんな光を湛えているのだろう。
授業も引けた祓魔塾の教室、二人しかいないのはほんの数分前まで志摩が補習を受けていたからである。理解度では燐もどっこいどっこいで居残り組に指名されかけたのだが、スーパーのタイムセールを理由に後日に延期してもらっていた(彼ら兄弟の食糧事情を考えれば譲歩せざるを得なかったのだろう)。
解説を受けての小テストで、及第点を貰えホッとした志摩は、寮の夕食にありつくまでの隙間時間を部屋には戻らず、目の前の担当講師との親睦を深めようと気まぐれに提案したのだった。立場は異なれど同い年、もしかしたら話が弾む可能性だってあるのではないか。
が、振った話題が「きのうどんな夢見ましたか?」では、どんな広がりようがあるというのだ。一対一で接するのに志摩は無意識に緊張していたのかもしれない。
最年少資格保持者で、新入生総代。対・悪魔薬学の天才。凄い同世代がいるのだとは明陀のために騎士団に属する兄たちから聞いていたけれど、直接教わること になるとは思わなかった。雪男は見た目も中身も少年らしさはあまり残しておらず(双子の兄とは随分ちがうことだ)、コートの下に高等部の制服を纏っている イメージさえ浮かばなかった。
夢という単語を持ち出したのは、志摩の希望する進路――つまりは“将来の夢”――がどうにも僧正家らしい詠唱騎士 でなく騎士に適正があるのでは、と徒然に自己問答していたからである。勝呂や子猫丸のようにすらすらと詠唱できるわけではない、ならば得意を極めた方が有 益ではないのか。
それなりに悩んではいるが、動機が「苦手なものにはさっさと見切りをつけて楽がしたい」だからそのまま雪男に相談するのは憚られた。どこまでも定めた目標に邁進していそうな彼には言いづらい。
「幸せな夢って、どんなです?」
乗ってくれたことに感謝しつつ、続きを促す。授業でないなら、雪男の低い声は途端に志摩の耳に心地よく届くものとなった。
――兄と僕は、孤児なんですよ。修道院の養父に預けられたことで、幼い頃はしっかり、肉親も敵わないような情を注いで育てられました。その当時を夢に見たんです。
といっても、実際とは多少違う点もありまして。養父が実の父だった、ということです。浅ましいですが、血のつながりを欲したくなるほどに慕っていたんですよ。兄も口にはしなくても何処かで思ってたはずです。
養父は、教会で働いていましたが悪魔祓いでなくちょっと乱暴なただの神父だった。虚無界すらも存在しない……そんな日々を送っていたんです。
「そりゃ、ええですね。そんな世界やったら青い夜かて起こらへんのやねぇ、サタンが来いひんのやったら」
志摩も思わずうっとり想像した、目に見えないものなどいない世界。恐らく明陀宗はあり、座主血統だの本尊だのは護られているのだろうが、一介の僧侶として、この学園自体が必要とされない生活。そこでなら志摩はずうっと京都で過ごしていた筈だ。
――臆病者の見る夢、ですね。
「そんなわけあれへん。先生は早いうちから訓練をはじめて、人一倍怖い思いもしてきはったんやろ?優しい夢くらい見とうもなるわ。俺かて憧れるし。ま、そうなったらここでせっせと補習受けることもなかったんですけど」
――そうですね、悪魔のいない世界では。兄と養父はいてくれるかもしれないけれど、塾の皆さんや……志摩君には会えない。それはそれで、寂しいかも。
「先生、すごい殺し文句ですよ、それ。こら女子が放っとかへんのも納得やわ」
――何か、妙なことでも言いましたか?
「いや、自覚ないんならそのままでおってください」
君に会えない世界は寂しい。ふっと唇の端を上げて、意訳でもそう告げられたら。
不思議そうに問う雪男をはぐらかしつつ、志摩は夕陽でかろうじて誤魔化せる程度には赤面した。
(俺のことなんてどうも思うてはらへんやろうに)
つまりはそれが、惹かれたきっかけだった。
雪男の仮定が、もっともっと重い意味を持っていたと知るのはそれから数ヶ月後だ。
(悪魔のおらへん世界。それはつまり、奥村君がふつうの人間やったら、ゆうこと?)
どこにでもいるような、当たり前の、兄と弟。
兄を守りたいと、叫んだ彼。
「……阿呆やなぁ。そんなん夢見てええに決まっとるやん。俺らの存在なんて霞んでしまうほどの幸福やろ」
願いは叶わない。燐はその血ゆえに連行されてしまい、志摩たちに出来ることなど僅かで。
意志を奪われた燐の苦痛や、雪男の孤独な背中がフラッシュバックする。
それなら、出逢って良かったという結論に導くまでだ。
(戦闘力なら先生には遠く及ばへん。足手まといやのうて、あの人が寄り掛かれるように)
強くて脆い、あのひとの支えになりに行こう。
志摩は錫杖を構えた。
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